第9話
ラヴァルディの庭は、草木や花が見目好く配置されており、かっこいい銅像とかもあったりする。つまりは、夜であれば、小さなリディがこっそりと隠れる場所はあるということだ。
こそこそとリディは木や銅像に隠れるようにして進み、正門からは逸れた場所の塀を目指していた。銅像などがなくなると、今度は木が多めに植えてある区域に入る。そうなれば、もう屋敷からは見えないだろうと走る。ひたすら走る。
それにしても、結構走っているのにまだ塀が見えない。この敷地、広すぎないか?
ずいぶん走り、息が切れてきた頃にやっと塀に到着した。
「……うそ」
塀が高すぎる。三階建て分くらいはありそうだ。さすがに、これはリディでは登れない。とりあえず、どこか塀が低くなっているか、もしくは塀に穴があったりするかもしれない。正門とは反対側へ、塀の傍をひたすら走る。
走る、走る。でも、まだ抜け道を見つけ出せない。
もう部屋を抜け出して、ずいぶん経った気がする。朝まではまだ時間があるだろうけれど、早く敷地から抜け出して、屋敷から少しでも遠くへ逃げたい。
しかし、走っても走っても、塀が低くなっているところもなければ、穴もない。
その時、少し遠くでなにやら獣の鳴き声がした。屋敷の方から聞こえた気がする。リディはピタッと足を止めた。
「な、何の動物の鳴き声?」
『……犬かしら』
「ほ、本当に犬?」
ちびっちゃいそうなんですけれど! リディは焦った気持ちで再び走り出す。
リディはまた何かの鳴き声を聞く。それが、さっきより近づいている気がする。
「ふえぇぇん……!!」
怖い。めちゃくちゃ怖い。顔面はすでに恐怖の涙で濡れていた。
その時、何かがリディより先のところに走ってきた。リディは急いで立ち止まる。リディの前にいたものは。
「ま、魔獣ぅぅ!!」
真っ黒の靡く毛、そして鋭い牙、そして鋭い爪。目は赤く光り、体は馬の二倍くらいはありそうだ。姿形は犬といえば犬には近いだろうが、犬ではない。リディに唸り、恐ろしいほど顔が怖い。
リディは来た道を戻りだした。先ほどよりスピードを上げるが、また目の前に魔獣が現れる。
「ふみぃッ」
リディはまた反対側へ走ろうとするが、そちらにも魔獣がいた。魔獣は二匹いるようだ。
その時、リディの中から光の妖精ララが現れた。
『リディ! 逃げるのよ!』
ララはそう言うと、ピカッと自身が光った。魔獣がまぶしそうに目を細めたが、その時、声が聞こえた。
「うわっ、眩しッ」
「……??」
魔獣の後ろから出てきたのは、ルシアンだった。
「なんだぁ? そのちっこい妖精。光の精霊?」
『魔獣め! コノヤロッ!』
またもやララがピカッと光るが、ルシアンは目を細めただけだった。「眩しいなぁ、オイ」と言って、ララを虫のように叩いた。地面に叩きつけられたララは『痛ぁい!』と言っている。
ええぇぇ、光の妖精なのに。叩いていいの? リディは泣いていいのか、驚いたほうがいいのか、突っ込んだほうがいいのか、混乱している。
ルシアンがリディに近寄ってきた。地面で光ったままのララと外の暗闇の陰影が、ルシアンを恐ろしいものに見せている。ガタガタと震えるリディの前にルシアンが立った。
「ル、ルシアン……」
「違うでしょ。『お兄様』」
「お、お兄様……」
ニヤっと笑ったルシアンは、リディを抱え上げた。
「なんだぁ、リディはやんちゃっ子だったのか? 俺と一緒だな?」
「うー……」
滝のように涙を流すリディに、ルシアンがリディを抱きしめて背中をぽんぽんとした。
「屋敷を抜け出す遊びがしたかったなら、俺に言えばいいのに。遊びに連れ出してやるよ」
「うぐっ……で、でも、お兄様、魔獣が」
「魔獣? ああ、あの犬? あれは俺のペットだから。リディを捜すのに連れ出してきただけ」
「ペ、ペット?」
もう何が何だか分からない。
結局、リディはルシアンにより、屋敷に連れ戻されるのだった。
屋敷に戻ってきたリディは、閣下の執務室でソファーに座り足を組む閣下の目の前に立ち、涙を流しながら服を握りしめていた。閣下がリディを怖い目で見ている。リディの横では、ブリスがしゃがんでリディの涙を拭いていた。
「リディ、見つかってよかったです。部屋にいないのに気付いた時は、心配しましたよ」
「ご、ごめんなさい……」
ルシアンも部屋にいるが、なにやら閣下を見ながら成り行きを見ているだけだった。
「それで? なぜ部屋を抜け出した?」
閣下の低い声に、リディはビクっと体を動かした。
「えっと……さ、散歩?」
「そんな理由がまかり通るとでも?」
恐怖で、だーっと再び涙が大量に流れだしたリディに、ブリスが慌ててリディを抱き上げた。
「ああ、もう! 兄上、優しくするのではなかったのですか?」
リディを抱きしめながら、ブリスが小言を言っている。ブリスは静かに泣きながらガタガタ震えるリディの背中を、落ち着かせるように撫でつつ、口を開いた。
「まだリディは兄上の娘になることを納得いっていないんです。親子になるなら、優しく接しませんと! そのように話をしたら、リディは萎縮して会話もできません」
閣下は舌打ちすると、口を開いた。
「わかった。でも、明日からだ。今日はもう寝かせろ」
結局、リディは再び客室に戻ってきた。いつのまにか、リディが使ったシーツは新しいものに取り替えられていたようだ。
リディはブリスによりベッドに寝かせられ、お腹をトントンとされる。
「今日は寝るまでいますからね。もう夜中に抜け出さないでくださいね」
「……今日はもう寝る」
「今日は、ですか。まあいいです。ぐっすり寝てください。子供は寝ないと駄目ですよ」
もうかなり朝に近い時間だ。抜け出して疲れたこともあり、リディはすぐにウトウトと寝入るのだった。
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