第7話 ※レナート視点

 レナートの執務室では、ラヴァルディ領の仕事をする部下、事業上の部下、レナートの個人的な調査を任せている部下などが多く行き交っていた。ある程度、本日の仕事を捌いていたレナートは、弟のブリスが部屋にやってきたのを見る。

 レナートの部屋にいた部下が去ると、レナートはソファーに移動した。使用人が紅茶を用意し、レナートの傍に置くと、部屋を出ていく。その間に、レナートの横にブリスが直立する。


 ブリスがリディと執務室を去ってしばらく経ったため、リディの状況を報告するのだろうと予想していた。


「医師にリディを見てもらいましたが、少し栄養失調気味ではありますが、体に異常はないようです。三ヶ月前にセザール兄上が亡くなったとのことでしたので、それまではまともな食事ができていたようですが、兄上が亡くなってからは、地方から帝都へ出てきて、孤児院にいたようです。孤児院では、提供される食事の量が少なかったようなので、痩せたのだと思われます」

「もう少し太らせろ。あれでは貧相すぎる」


 レナートから見て、リディはガリガリとはまでは言わないが、かなり痩せていると感じていた。屋敷に着いた時にリディを運ぼうとして、あまりに軽くて驚いた。もう少ししっかりと食べさせて、ふくふくとさせる必要がある。


「セザール兄上と住んでいた場所は聞いたか?」

「はい。帝都近郊の地域の西側に住んでいたようです。念のため、これから状況は調べておきます」

「兄上の死因も調べておけ」

「もちろん、その予定ですが……何か気になることがありますか?」

「兄上が死んだのが三ヶ月前、というのが気になる」

「……回帰に関係していると?」

「分からない。偶然かもしれないが、原因を調べておく必要はあるだろう」


 レナートは自身が回帰していることを、弟のブリスとルシアンには話をしていた。これに関しては、毎回、回帰する毎に弟には話している。毎度原因は調査しているが、毎回回帰は突然で時期も定まっておらず、きっかけも分からず、理由も分からないのだ。


 そして、毎度回帰しているのに気付いているのはレナートだけ。回帰前の記憶があるのも、レナートだけだ。レナートは、過去六回の回帰の記憶があり、現在七回目の人生を生きているのである。


 最初の回帰のきっかけだけは、なんとなく分かっている。誰かに聖水を飲まされ、最終的にレナートが死んだからだ。


 聖水は一般的には人間の体には害はない。ただ、それはラヴァルディ公爵家の直系は含まれず、むしろラヴァルディ公爵家の直系からすれば、聖水は毒だ。国の上位貴族であれば、ラヴァルディ公爵家の直系にとっては、聖水は毒になるということを知っている。


 レナートの立場やレナート自身を憎む者は当然いる。そういった誰かに、レナートは聖水を飲まされた。


 しかし、あの時の聖水を飲まされたことにも疑問は残る。ある上位貴族の食事会に招かれ、ワインを飲んだ。ワインは、直前にボトルを毒見までしてもらっていて、それがただのワインだとも分かっていた。それなのに、レナートが飲む段階では、ワインが聖水に変わっていたのだ。


 毒見をしたのはレナートの部下なので、そこまではワインだったのは間違いない。では、ワインのボトルを持っていたのは誰だったか。招かれた先の貴族の使用人だったのは間違いないが、あまりにも意識していなかったために、顔も思い出せない。ただ、やけに小さかった覚えはあるので、女かもしれない、とは思っているのだが。


 あの時死んだ記憶はそれ以上はないが、あの死が最初の回帰前の人生の終わりだった。それからというもの、レナートが知る限り、レナートだけが回帰中も記憶を持ち続けている。最初以外は死んでから回帰するわけではないが、ある日突然食事中に回帰したり、ベッドに寝ていたはずが、次に目が覚めたら回帰していたりして、レナートの与り知らぬところで回帰するのは気分が良くない。


 だから、回帰については毎度調査しているものの、ラヴァルディ公爵家の力をもってしても、いまだ原因が分からず難航している。


 回帰については、もう一つ、原因の一つでは、と思っていることはある。

 帝都にある皇宮。その奥深くにある世界樹。皇帝が守る世界樹は、あと何十年かすれば、代替わりして千年に到達する。その千年の節目に近づいているから、何かが起ころうとしているのではないか。


 先日、皇帝に呼び出されて皇宮に行ったものの、今回は別件であったため、世界樹の話は皇帝とできなかった。だから、近い内にもう一度、皇宮へ行くべきかもしれない。


「承知しました。調査次第、ご報告します」

「ああ」


 レナートの横に直立していたブリスは、この話は終了とでもいうように、少し態度を代えてレナートの前のソファーに座った。


「ところで、兄上。リディを娘にするのでしたら、もう少しリディに優しく接してあげてください」

「……俺は優しく話をしているつもりだが」

「どこがですか。私やルシアンにするような態度では、五歳にはまだ酷ですよ」


 自称十二歳のリディは、年齢の数の木の実を食べた時点で、五歳だとバレている。リディは体が小さいため、四歳くらいだと予想していたのに、五歳と聞いて少し驚いた。


「いずれ、帝都の皇帝陛下や他の貴族にも紹介するのでしょう。今のままでは、よそよそしすぎて、誰も本当の親子など信じませんよ。ただでさえ、兄上は二十一歳、リディは五歳です。このままの年齢でいくなら、リディは兄上の十六歳の時の子になるのですよ」

「何がおかしい? できない年齢ではないだろ」

「兄上を知る者でしたら、ありえると思われるでしょうけどね。それでも、今のままでは怪しすぎです。リディはまだ兄上を警戒しまくっていますよ。この状態を見られたら、兄上とリディが親子ではないと疑う人は出てくるはずです」

「……」


 レナートは眉を寄せた。

 レナートは誰かの機嫌を取る必要もなければ、気を使う必要もない。だから、子供と仲良くなるなどといった行動は、より一層よく分からない。


「では、どうしろと?」

「五歳なら、まだ親の愛情をたっぷり与えないと。抱き上げてあげたり、キスしてあげたり、愛を囁くのです」

「愛を囁く? そんな、その辺の女にするようなことをしろと?」

「愛情あふれる親は、みんな子供にそうしていますよ。母上だって、愛情表現は豊かなほうですよね?」

「俺はあれが苦手だったんだが」

「まあ、兄上はちょっと一般的ではなかったんでそうでしょうが、リディには必要だと思います」

「……」


 子供は食事と教育さえあれば、勝手に育つものだと思っていたレナートは、人生で初めて、難解なことに直面しようとしていた。

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