第4話 ※レナート視点
リディが内心『閣下』と名付けていた男の執務室では、この部屋の主人と、まだ少年といえそうな人物が二人で話をしていた。そこにブリスがやってきた。
「兄上、お待たせしました」
執務机の前にテーブルとソファーセットが用意されている。そこに座っている少年の横にブリスは座った。少年はブリスの弟でルシアンという。
「あの子供は寝たのか?」
「ええ、たった今。名前はリディというそうですよ」
「へぇ、リディね……」
リディの名を告げたブリスの言葉に、弟ルシアンが興味を持った顔で呟く。
ブリスとルシアンの兄のレナート・ラヴァルディは、ラヴァルディ公爵であり、東北の大地ラヴァルディ領の領主でもある。国にいくつかある公爵家の中でも、国に莫大な影響力のある権力者でもあった。
そんなレナートは二十一歳の若き当主でありながら、ラヴァルディ公爵家配下の家門も束ねる当主でもある。眉目秀麗であるものの不愛想かつ冷酷で、レナートを畏れるものは数多い。
レナートが畏れられるのは、ラヴァルディ公爵家が唯一闇魔法に精通する一族であるからだ。その中でも魔力も大きいレナートは、東北一帯の魔獣や魔物の一掃を担っており、レナートに楯突こうなどと愚かなことをするものは少ない。
そんなレナートにも、面倒だと思う煩わしいことがあった。
「兄上、馬車の中でリディはどんな様子でした?」
「やはり、ヴァルバスのことが見えているようだった」
「では、リディは……」
「ラヴァルディ家の血族ということだ。それも、より近しい血のな」
「……ということは、考えうる近しい血といえば……リディはセザール兄上の娘ということになりますね」
「ああ」
レナートは本来、ラヴァルディ公爵家の後継者になるはずではなかった。レナートはラヴァルディ公爵家の次男であり、ラヴァルディは長男の兄が継ぐのだと小さい頃は思っていた。しかし、兄は後継者の立場を捨て去った。だから、レナートが後継者となり、公爵となったのだ。
去った兄を探すことはしなかった。それが兄の意思でもあったからだ。その兄はいつの間にか結婚でもしたのか、子供までいたとは想像していなかった。
「それで、リディを今後どうされるのですか? リディのあの恰好……とてもセザール兄上が傍にいたとは思えません。場合によっては、セザール兄上は……」
「死んでいると言いたいのだろう。その可能性は高いだろうな。状況はまずリディに聞くしかない。もしセザール兄上がただ単純に失踪しているというなら、一度捜索させるつもりだ。どちらにしても、リディはこのままここで保護する。俺の実子としてな」
「……!? 実子としてですか!?」
レナートには、面倒だと思う煩わしいことがある。それは、レナートの妻の座を狙う女性が後を絶たないことであった。しかも、その筆頭に皇女が挙げられる。今回、帝都へ行ったのは皇帝に呼び出されたからだが、そのついでに皇女からいつもの求婚をされた。毎度毎度、面倒くさいし煩わしい。
しかし、ラヴァルディ公爵家は国でも特殊な一族で、血族が途絶えるというのはあってはならない、というのは事実であった。レナートもいずれは後継を残す必要がある、というのは頭の隅にはあったが、正直、レナートもまだ若いし、今である必要はないと思っていた。
女が苦手というわけではない。傍におきたいと思うほどの女がいないだけだ。
それに、女は婚約している間も煩いし、結婚した後も煩い。別にこれは他人の誰かの話を聞いたから、こういう感想をもったわけではなかった。実はレナートは、何度か回帰した人間だった。
回帰、それは突然起こる。今回も三か月前に回帰したばかりで、レナートはその原因を探っているところだ。
過去、何度目かの人生で皇女からの求婚に疲れて、実はレナートは一度皇女と結婚したことがある。その時に、もう二度と皇女とは結婚しない、そう決心したのだ。
それから毎度回帰しては、皇女の求婚に辟易していたレナートは、降って湧いたようなリディという存在に目を付けたのだ。他の女性との間に子供がいると分かれば、皇女もこれ以上求婚はしてこなくなるのではないか。
「セザール兄上の子ならば、血筋も能力も俺の子としても申し分ないだろう」
「まさか、兄上の後継者にされると?」
「そのつもりだ」
「……皇女殿下の求婚が、そんなに嫌ですか……」
「ブリスが欲しいならやるぞ。俺はいらない」
「私もいりません。というか、皇女殿下も私には興味がないでしょう」
皇女はレナートの容姿と家柄身分、その権力と財力が好きなのだ。レナートが例え今すぐ死んだとしても、ブリスはレナートの弟だとしてもラヴァルディ公爵家は継げないので、皇女はブリスに興味がない。
レナートとブリスとルシアンは、血の繋がった兄弟ではあるが、その繋がりは母親の半分だけであった。レナートの母は父の前公爵と離縁し、カルネ伯爵と再婚した。カルネ伯爵との間にできたのがブリスとルシアンである。つまり、レナートだけラヴァルディ公爵家の血筋なのだ。
父は違えど、レナートとブリスとルシアンの兄弟仲は悪くない。現在はブリスとルシアンはラヴァルディ公爵家の屋敷に住み、レナート配下の部下として働いている。
ちなみに、ブリスは十六歳だが、頭がよく、小さい頃からレナートの傍で学んでいたので、すでにレナートの右腕的存在になりつつある。ルシアンは十三歳とまだ少年といった年齢で、子供っぽい部分があり、まだブリスほどの働きはできないが、将来は有望なのだ。
「とにかく、リディは俺の娘にする。明日は医師を呼んで、体に異常がないか確認しておくように」
「承知しました」
レナートとブリスの会話をずっと聞いていたルシアンが、ニヤっと笑った。
「レナート兄上、兄上の娘になるってことは、俺の妹にしていいってこと?」
「ルシアンは兄上の弟なのだから、叔父でしょう」
「叔父とか嫌だ! 俺、十三歳だよ? それじゃあ、じじぃみたいじゃん」
「……そういえば、リディ本人は十二歳と言っていたのですが、本当はいくつなのでしょう? 兄上は聞いていますか?」
「俺にも十二歳と言っていたな。どうみても四歳くらいだと思うが」
「そうですよねぇ。何か言いたくない事情があるのでしょうか。そのあたりは、おいおい探っておきます」
「ああ」
「ねぇ、結局、俺の妹にしていいの?」
「好きにしろ」
「やった!」
リディがすやすやと安眠する中、こんな会話が繰り広げられているとは、リディは知る由もなかった。
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