第32話 期間限定の娘交換
ジュリエットと三日間だけ互いの家を交換して滞在する予定の一日目。
三日も会えないからと、ディアナは出かける準備で忙しいのに、ロミオが侍女を追い出し、三日分の口づけをされた。ロミオを寂しくさせてしまうし、仕方ないよね。というのは自分に言い聞かせる言葉で、本当は嬉しいんだけど。
それから、準備して、まだ渋るロミオに苦笑しつつ、モンタール公爵家の屋敷を出た。
馬車に乗り、キャピレット公爵家にやってきたディアナは、キャピレット公爵夫妻と使用人達に出迎えられた。すでにジュリエットはおらず、今頃モンタール公爵家に到着しているだろう。
今回、ジュリエットがモンタール公爵家に滞在することが決まってから、モンタール公爵家の使用人にも正式にディアナたちの入れ替えが昔あったことを通知した。すでに巷で噂になっているし、使用人の中にはすでに知っている人もいた。
キャピレット公爵家でも、すでに使用人は娘の入れ替えは知っているのだな、と肌で感じる。
キャピレット公爵夫妻は今回初めて会うのだが、逆行前にも会っているので懐かしいという気分にはなる。逆行前との違いは、表情が暗くないこと。ジュリエットが生きているからだろう。公爵は公爵夫人に似たディアナに驚愕と少しだけ目元を和らげ、公爵夫人は嬉しそうな笑みを浮かべている。
「ようこそ、モンタール公爵令嬢」
「お招きいただき、ありがとうございます。公爵閣下、公爵夫人」
「まあ、その子はモンタール公爵令嬢の猫ちゃんかしら」
「はい。私の飼い猫でポポといいます」
「可愛いわね。私も猫が好きなのよ」
玄関先から室内へ場所を移し、三日間住まう客間へ案内された後、ポポを客間に置いて早速ディアナは公爵夫妻と昼食会をすることになった。
昼食会は和やかに進む。
「モンタール公爵令嬢、よければディアナ嬢と呼ばせてくれないかしら」
「もちろん構いませんわ」
「……ディアナ嬢、突然入れ替わっていたと知って、さぞ驚いたでしょう」
「……はい」
「私の目が見えなかったばかりに気づかず、ディアナ嬢にもジュリエットにも可哀想なことをしたと思います。ごめんなさい」
「いいえ、謝らないでください。赤ん坊の入れ替えは襲われた後の不幸な事故で、公爵夫人が悪いわけではありませんから」
「ディアナ嬢は、その……モンタール公爵家で辛い思いをしていたりはしないかしら? もし、嫌なこととかあったとしたら――」
「いいえ」
ディアナは笑みを浮かべる。
「私たちが入れ替わったことは不幸な事故だとは思っていますが、私はモンタール家の娘で幸せですから良かったと思っているのです。モンタール家の父と兄が私の家族だと思っています。二人はとても優しくて、私を愛してくれていますから」
血が繋がらない家で育っても、間違いなくディアナは幸せなのだ。
公爵夫人はほっとした顔をした。
「……そうね。そうよね。ディアナ嬢がこれだけ素敵に育っているのは、モンタール公爵と公爵子息のお陰ね。感謝しなくてはいけませんね」
「私も父と兄には感謝しています。それに、公爵閣下と公爵夫人にも感謝しています。私を産んで下さって、ありがとうございます」
「まぁ……」
公爵夫人は涙を溜め、笑みを浮かべた。公爵も若干涙ぐんでる? こういう表情は初めて見たな。ちょっと意外。
その後も公爵夫人主導でディアナと会話が続く。キャピレット公爵は、二人の会話を聞いているだけが多い。モンタールの父と仲が悪いため、ディアナにどう接するかと少し身構えていたけれど、今のところ敵対心はまったく感じない。
和やかに昼食が終わると、公爵は仕事で一度去り、ディアナは公爵夫人とお茶をしながら話すことになった。庭のガゼボに移動する。昼食後なため、茶菓子はなくお茶だけを楽しむ。
「そういえば、目と足を負傷してらしたのが治られて良かったですわ」
「ありがとう。この綺麗な庭も久しぶり見られるようになって、本当に嬉しいの」
「神聖帝国マリデンのオルランド司教様が神聖力で治癒してくださったのだとか」
「あら、ディアナ嬢はオルランド司教と会ったことが?」
「はい。以前、王宮のパーティーでジュリエット様と一緒におられるところでお会いしました」
公爵夫人は頷いた。
「そうなのね。……私が住んでいた国ですけれど、かの国の方が訪ねて来られて、最初は再び命を狙われるのかと警戒していたの。でも、過ぎた警戒心だったと思うわ。目と足を治して頂いて、今では時々話し相手にもなってくれるの。オルランド司教は良い方よ。もうすぐ司教は帝国に帰国されるの。一年近くおられたから、寂しくなるわ」
「一年もおられたのですか?」
「ええ。私の怪我がひどかったようで、治癒に時間がかかったものだから」
あれ? 司教って、位は結構上の方だったはず。帝国の神殿の神官たちの位は、神聖力の多さも位に関係したはずだが。
公爵夫人は神聖力を持っていないが、ディアナには神聖力がある。神聖力は遺伝は関係ない。タリア王国は神聖力を重要視していない国だからか、神聖力がなくても、少なくても、神官の位には大きく影響しない。そもそも神聖力を持っている人が少ないというのもある。
逆行前のディアナは、公爵夫人の目と足を治癒したが、その期間は一日だった。ディアナの神聖力が強すぎるのかもしれないが、オルランド司教はそれでも治癒に時間をかけすぎな気がする。もしや、司教という位は、神聖力の実力ではなく、コネか何かで得たのだろうか。解せない。
ディアナは無意識にお腹をさする公爵夫人に気づいた。
「……もしかして、公爵夫人はお腹に赤ちゃんが?」
「あ、やだわ、私ったら」
恥ずかし気に公爵夫人が顔を赤らめた。
「お腹に二人目の子がいるの。まだ性別は分からないのだけれど」
「それは、おめでとうございます!」
「ふふふ、ありがとう」
驚いた。逆行前には二人目はいなかったのに。目や足が治ったことが影響しているのかもしれない。
「今度は赤ちゃんの頃から見続けることができるから、とても楽しみにしているの。ジュリエットの時は、目が見えないこともあったけれど、足の怪我も痛みも酷くて、ジュリエットの世話は乳母に任せきりになってしまったから。でも、ジュリエットはとても良い子に育ってくれて、乳母には感謝しているわ」
良い子? 良い子の定義とはいったい。ディアナの知る今のジュリエットとは人物像が離れている。
「乳母は今も屋敷に?」
「ええ。……最近、ディアナ嬢との入れ替えが発覚してから、ジュリエットも少し落ち込んでいて荒れたりするようで、時間が必要かもしれないと今は乳母とは距離を置いていると乳母が言っていたわ。ジュリエットは私には荒れたところなど見せてくれないから……いつも乳母には甘えられるのでしょう」
乳母は逆行前はジュリエットが幼い時に殺されたはずだが、今も生きているということは、やっぱりあの時、ディアナが殺される寸前の乳母を助けた、ということになるのだろう。
「いずれ、お腹の子が生まれたら、乳母が子育てを手伝ってくれる予定なの。ジュリエットを育ててくれた乳母だから、色々とアドバイスをくれるでしょうから」
「そうなんですね」
ディアナが会った乳母は、大人として人として、正直どうなのって言いたくなるような人だったけれど、仕事はきちんとやるタイプなのだろうか。
その後、身重の公爵夫人は少し部屋で休むとのことだった。
ディアナが客室に戻ろうとすると、オルランド司教が廊下で声をかけてきた。これから公爵夫人の様子を見に行くところだったらしい。もうすぐ屋敷を離れるから、その前に治癒したところを確認するためとのことだった。もしかしたら公爵夫人が身重だということも知っているのかもしれない。
「ディアナ様はあと二日は滞在すると聞いておりますが、もしどこかで時間がおありでしたら、よければ話す機会をいただけたら嬉しいです」
「はい。時間がありましたら、その時は」
互いに礼をして離れる。ディアナはなんとなくだが、オルランド司教は苦手かもしれない。以前会った時に感じたぞわぞわとした感覚が蘇る。
それからディアナは一時的に客室に戻った。
その後、夕食は再び公爵夫妻と行い、客室に戻って風呂などの寝る準備を整えて、ディアナはベッドにごろんと寝転んだ。ポポがやってきて、ディアナの顔の横に寝転ぶ。
それからディアナはベッドに横になったまま、通信具を繋げた。すぐにロミオの顔が映し出される。
『ディアナ、無事だな? 嫌な思いとかしていないか?』
「大丈夫だよ」
『護衛はちゃんと連れてるか』
「もちろん」
護衛は連れているが、基本、部屋を移動するときについて来て、廊下や近場で待機が基本だ。危ない目にさえ会わなければ、彼らが出しゃばって来ることもない。
「公爵夫妻は良い方だったわ。お父様とキャピレット公爵は仲が悪いでしょう? でも、私にはそんな感じはなかったし、公爵夫人とも和やかに話をしたわ。そういえば、公爵夫人のお腹には赤ちゃんがいるの。ジュリエット様はもうすぐ姉になるのね」
『……あの女が姉? それは大丈夫か?』
「大丈夫かって、何が?」
『ディアナも会って話しているから分かるだろう。同じ性格の弟妹ができるかもしれない』
「……うーん、赤ちゃんって可愛いと思うし、年が離れた弟妹なら、すごく可愛がるんじゃない? 公爵夫人が言うには、ジュリエット様を育てた乳母が赤ちゃんを育てるのを手伝ってくれるらしいわ。赤ちゃんの養育自体はジュリエット様がするわけではないし、性格は似ないと思うのだけど」
小さい弟妹なんて、ディアナなら可愛くて溺愛してしまいそう。
「それに、公爵夫人に対しては、ジュリエット様はとても良い子らしいから、身内とそれ以外の人には態度が違うのかも」
『……それはあるかもしれないな。今日のあの女は、前回とは別人かというくらい猫被ってた。父上には令嬢らしい態度で、物分かり良く演じてたな。俺は前回の態度を知ってるから騙されないが、父上は気づいていないようだった。聞いてた噂と違うって、俺に困惑してたから』
「そうなの」
『ただ、あの女の担当を頼んだ使用人たちに聞いたところ、使用人に対しての態度は良くないと言っていた。夕食前に使用人が化粧を施したらしいが、それが気に入らないってひっぱたかれたそうだ』
「え!?」
化粧が気に入る気に入らないはあったとしても、苦言を言うのがせいぜいで、さすがに叩くのはやり過ぎだろう。使用人に対し、横暴な態度を取る貴族は多いが、ジュリエットもそのタイプなのか。
『あの女の性格は本来のものもあるだろうが、乳母とやらにも原因はあるんじゃないか?』
「……そうかもしれないわね」
急に不安になってきた。今度生まれる赤ちゃんに乳母を付けるとしても、ジュリエットの乳母は止めたほうがいいのかもしれない。お節介にはなるが、公爵夫人に提言してみようか。
『他にあったことは?』
「そういえば、オルランド司教様にお会いしたわ」
『……誰それ』
「公爵夫人の目と足を治癒してくれた神聖帝国マリデンの司教様よ」
『神聖帝国マリデン? ……そんな奴に近づくな。何があるか分からないだろう』
ロミオは眉を寄せた。皇帝一家の暗殺に帝国が関わっているだろうことは、ロミオも知っているから、あの国の人には警戒するのだろう。
『廊下で数分立ち話しただけよ。公爵夫人の治癒も終えたから、もうすぐ帝国に戻るのですって』
『ならいいが……』
「お兄様は、そちらでどんなことがあったの?」
『こっちは――』
その日、結局夜遅くまでロミオと会話し一日を終えた。ロミオとは朝会っているのに、早く三日が経たないかなと、ロミオに会いたくてたまらなくなるのだった。
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