第30話 碌でもない企み ※オルランド司教視点
キャピレット家の屋敷のジュリエットの部屋では、この部屋の主が物に当たり荒れ狂っているのをオルランドは笑みを浮かべて見ていた。
「こんなはずじゃなかったのに! どうして!」
お茶のカップは投げ飛ばされて割れ、ベッドの枕は引き裂かれ羽が部屋中に飛び散っている。
これは、部屋の掃除が大変だ。大変なのは使用人だが。
ジュリエットが使用人にも当たり散らすので、一時的に使用人はオルランドが下がらせた。ここの若い使用人の何人かは、すでにオルランドに落ちているので、優しく告げれば簡単に引き下がってくれるから扱いやすい。
キャピレット公爵夫人の目と足は、オルランドのお陰でほぼ完ぺきに治り、公爵夫人は健康体となった。最初は警戒心が高かったキャピレット公爵は、今ではすっかりオルランドに感謝し、現在では屋敷内は自由に行き来できるようになった。ジュリエットとも最初は会うことを許されなかったが、今ではこの通り部屋に入室しても、誰も止めるものはいない。
ジュリエットのこの荒れようについて、オルランドはほぼ理解していた。それくらい、すでにジュリエットの信頼も得ていた。
先日、キャピレット公爵に許可を貰い、タリア王国の王宮で行われたパーティーに参加できた。公爵に公爵夫人を助けてもらった礼をしたいと言われ、一度パーティーに出てみたいと告げたことが叶ったのだ。しかしそれは、表向きの理由。本当はディアナに一度会って、本人を見ておきたいからだった。
ディアナが六枚羽の印を持つことを知って以降、ディアナのことを調査した。情報ギルドに調査を依頼し、ディアナが一人になる時間を知りたかったのだ。隙がなければ、ディアナを帝国に連れ帰る算段を付けられない。
しかし、ディアナに隙はほとんどなかった。どこに行くのも護衛騎士が付き、時には魔法の天才で青騎士団でも最強と呼ばれる兄のロミオが付いて回る。一部の友人には、兄のロミオは重度のシスコンだと有名らしいのだ。
そんな最強な化け物のような兄の目を盗んで、ディアナを簡単に連れ出すことは難しいだろう。
ディアナを連れ出した後は、海の向こうの帝国までは当然船旅となる。王都から海までは、最低でも八時間はかかるのだ。だから、少なくとも八時間は、ディアナを連れ出しても誰にも気づかれないだけの余裕が欲しい。船にさえ乗ってしまえば、簡単にはディアナの連れ戻しは難しくなるだろうから、それまでの時間の確保が必要なのだ。
これからその時間をどうするか考える必要はあるが、ひとまずはディアナと対面しておきたかった。調査によると、ジュリエットのような性格ではないらしいが、人となりは知りたいし、顔の確認もしておきたかった。そのためのパーティー参加だった。
パーティーで会ったディアナは、ジュリエットとはあまり似ておらず、キャピレット公爵夫人に似て可愛らしい。話した限りは、礼儀を知る常識人で、令嬢らしく大事に育てられたのが伺えた。あれなら、帝国に連れ帰った後も扱いやすそうだ。それに、ディアナの手を握ったことで、神聖力を持っていることも感じた。
ディアナは完璧だ。オルランドが次期教皇になるための手土産として相応しい。それが確認できたのは良かった。
一方、パーティー会場の別室では、キャピレット公爵とモンタール公爵の話し合いが行われた。
数か月前、キャピレット公爵夫人がジュリエットが実の娘でないと気づき、それを夫人がジュリエットに伝えた。ジュリエットが実の娘でなくとも、今まで娘として接してきたジュリエットを実の娘以上に愛している夫人は、このままキャピレット公爵にも黙っていましょうと言ったという。ジュリエットは実の娘でないと知って、自室では理由を知らない使用人たちに当たり散らしていたが、公爵夫人には少しわがままな良い娘として甘えていた。
しかし、パーティーで実の兄というロミオを見て、あろうことか一目惚れしたらしい。それがモンタール公爵令息だと知り、実の兄であることに戸惑っていたが、ロミオの横に当然のようにいるディアナが憎らしくなったのだろう。本来は、ディアナのその位置はジュリエットのものだったはずと。
だから、公爵夫人にも内緒でモンタール公爵家を訪れ、娘交換のことを教えてやり、事実確認をしたいというロミオの言葉をイライラしながら待ち続けた。
しかし、モンタール公爵が先にキャピレット公爵に告げたことで、状況が変わってしまった。
結局、ジュリエットは話し合いの部屋に向かったが、どの部屋で話し合われているのか分からず、話し合いの場には入れなかった。
後から聞いた話し合いの場で決まったことは、赤ん坊時に娘の取り換えはあったが、双方の娘たちは、現在の家の娘のままで良いということ。キャピレット公爵もモンタール公爵も、実の娘でなくとも、これまで一緒に過ごした娘が可愛く、今更交換は不要、との結論を出したのである。
オルランドからしてみれば、キャピレット公爵に愛されていることに喜べばいいのにと思うが、ジュリエットとしては、モンタール公爵家で可愛がってもらえる確約があるなら、あちらの子になりたかったのだ。カッコいい兄がいるから、ということもあるが、現在のキャピレット公爵家にはジュリエットの座を脅かすものがいるからだった。
現在キャピレット公爵夫人のお腹には、公爵との間の子が育ちつつあることが分かったのだ。元々夫妻は仲の良い夫婦だが、公爵夫人の足と目が治ったことで、さらに愛情に火が付いたのかもしれない。
公爵夫人のお腹にいる子は、間違いなく夫妻の子。可愛がられ愛されていても、ジュリエットは実の子ではない。それがジュリエットは不安なのだ。
先日のパーティー以降、キャピレット家の屋敷の中では、ジュリエットが実はキャピレット公爵の娘ではなく、モンタール公爵の娘で、ディアナがキャピレット公爵の娘だという噂が使用人の中で話題に上っていた。そして、それをこっそり流したのはオルランドだ。オルランドと体の付き合いをしている女の使用人は、みんな総じて噂好き。あっという間に広がった。
そして、知られてはいけない人も知ることになった。ジュリエットの乳母だ。以前、キャピレット公爵に助けてもらったとかで、乳母の公爵への感情は、憧れと愛情が重くなったようなもののようだ。公爵は公爵夫人にしか目がいかないから、乳母は恋愛対象外。それなら、キャピレット公爵の役に立とうと、歪んだ愛情をジュリエットに注いだようだった。
モンタール公爵家はキャピレット公爵家の敵。キャピレット公爵家の娘であるジュリエットは、王国で王族に継ぐ高貴な令嬢なので、みんなから愛される存在。ジュリエットは好きなことだけして嫌いなことはする必要はない。高貴なジュリエットには、みんなが頭を垂れて言うことを聞いてくれる。などなど。そのように乳母は可愛がってくれたと、ジュリエットが話してくれた。オルランドからすれば、それはジュリエットの性格を捻じ曲げ、洗脳しているようなものだと思うが。
しかし、ジュリエットがキャピレット公爵の娘ではないと分かると、乳母はジュリエットを目の敵にするようになった。まさか、尊敬するキャピレット公爵の宿敵であるモンタール公爵の娘だったとは、騙された、汚らわしい、実は昔から可愛くないくらいわがままだと思ってた、などと手の平を返したのだ。
ジュリエットは、さすがに乳母の態度はショックだった。ここ数日、いつも以上に暴れている。
オルランドは、まだ興奮しているジュリエットを横抱きにして、ソファーに座らせた。
「触らないでよ!」
「ですが、ジュリエット嬢の綺麗な手から血が出ています」
カップを割った破片で切ったのだろう。オルランドは神聖力でジュリエットの怪我を治癒させる。
「他に痛いところはありませんか?」
ジュリエットは首を振った後、怒りの形相から、だんだんと涙を浮かべていく。
「事実確認が終わったら、ロミオ様とモンタール公爵は、あんな偽物なんていらない、私に帰っておいでって、言うはずだったのに! 絶対あの偽物が、邪魔したんだわ!」
「ディアナ様がこちらに帰って来ても、キャピレット公爵夫妻に可愛がられるわけないと、モンタール公爵やロミオ様に泣きついたのかもしれませんね」
「そんなの、当たり前よ! お父様もお母様も、私を愛してくれてるんだから! いくら実の娘でも、ディアナの方が可愛いなんて、あるわけないわ!」
そう言いながら、不安が透けて見える。キャピレット公爵夫妻に、ディアナの方がジュリエットより愛されたらどうしようと。強がりばかり言いながら、本当は不安で仕方ないのだろう。
「公爵閣下同士の話し合いでは、娘はどちらも現状のままということに決まったのでしょう。キャピレット公爵閣下は、ジュリエット嬢を誰にも渡したくないほど愛しているのでしょう」
「……そんなの、当たり前よ! 私は愛されてるんだから」
少し落ち着いたのか、ジュリエットは元の調子を取り戻してきたようだ。
「ジュリエット嬢は、どのようにしたかったのでしょうか?」
「……ロミオ様とモンタール公爵は、本当は私のほうがいいと思っているに違いないもの。だから、やっぱり私と偽物は交換したほうが良かったと思うわ。それが正しいはずでしょう? 私がモンタール公爵家に行って、ロミオ様に可愛がられて、モンタール公爵に愛されるの。でも、キャピレットのお父様とお母様が寂しがると思うから、時々はこっちに帰ってきてあげるつもり。妹か弟が生まれていたなら、可愛がってあげてもいいわ」
なるほど、キャピレット公爵家とモンタール公爵家の両方の愛情が欲しいということだ。
「それは良いですね。ですが、キャピレットに帰って来ると、ディアナ様がいるかもしれませんね」
「あんな偽物! きっとすぐにお父様がどこかに嫁にでも出すでしょう。愛せるはずないもの。これまで一緒に暮らしてもいない、突然娘だなんて言われてもね!」
自分がずいぶん矛盾を話していることを分かっていないようだ。ディアナの待遇は、ジュリエットにも起こりえることなのに。
「キャピレット公爵夫妻は、優しい方たちですから、ディアナ様のことも愛情を注ごうとするかもしませんよ」
「そんなの駄目! あんな偽物、そんな価値ないのに! どこかにいなくなってしまったらいいのよ!」
「……ジュリエット嬢の希望を、私が叶えましょうか?」
「え?」
オルランドは微笑んだ。
「キャピレット公爵夫人の目が治ったのは良い事ですが、ジュリエット嬢を悲しませたことは心苦しかったのです。ですので、ジュリエット嬢がディアナ様にいなくなって欲しいなら、それは私が叶えましょう」
「……どうやって?」
「キャピレット公爵夫人を治療できたのを見届けましたし、私はそろそろ帝国へ帰る予定でした。ですから、ディアナ様も、一緒に連れ帰ることにしましょう。そうすれば、ディアナ様はいなくなりますね。ただ、ディアナ様を連れ帰るにも簡単ではないでしょう。ですから、ジュリエット嬢に協力をお願いしたいのですが」
オルランドはジュリエットと内密の計画を立てるのだった。
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