第29話 話し合い
父と話をした次の日、話声で目が覚めた。ベッドから体を起こすと、ロミオがベッドの傍まで歩いて来て、侍女が一礼して部屋から去っていくところを目の端に捉える。話声は二人のものだったようだ。
「お兄様、おはよう……」
「おはよう、ディアナ」
ロミオはディアナが寝ているベッドの上に腰かけた。すでにロミオが出かける前の恰好をしていた。
「……? お兄様、もう出かけるの?」
「ああ。ディアナはもう少し寝ていていいよ。昨日遅かったから、眠いのだろう」
「今何時?」
「九時半」
「……九時半!?」
大寝坊である。いつも八時前には起きるのに。
「起きられなくて、ごめんなさい。お兄様は一人で朝食をしたのよね」
「気にしなくていい。仕事で外に行く前に、ディアナの顔だけ見て行こうかと思っただけだから。ディアナはまだゆっくりしていればいい」
ロミオは笑みを浮かべて、ディアナに顔を近づけた。いつものように行ってきますの頬のキスかと思いきや、唇へのキスだった。
驚いている内に唇を離したロミオが「行ってきます」とディアナの頭を撫で、ベッドから立った。不意打ちに顔が熱くなりながらも、「い、行ってらっしゃい」と返事をする。ロミオは嬉しそうな表情で部屋を去っていく。
そして、実はその一部始終をベッドの上で唖然とした顔で見ていたのはポポだ。
『なぁああ!? ちゅーした! 私のディアナの唇にちゅーした! 私がディアナにちゅーするのは禁止になったのにぃ! なんで!? ずるい!』
昨日の応接室にはポポはついてこずにディアナの自室でお留守番だったから、昨日のキスは見てなかったのだ。猫なのに、ショックの表情がよく分かる。
「昨日、お兄様と気持ちが通じあったから……」
『そんなの、前からでしょ!? いつも互いしか見てなかったじゃない!』
「……そんな感じに見えた?」
ポポはずっとディアナの傍にいるから、近くで見ていたポポには、ディアナとロミオの感情に気づいたのだろう。
『私もディアナにちゅーしていい? 疲れを取る時の方法をちゅーに戻して』
「……お兄様がいいって言ったらね」
『あの魔王がいいって言うわけないー! 魔王め! こんなに可愛い猫ちゃんの私に全然優しくないし! 魔王の横暴反対!』
ひとしきりロミオへの不満を叫んでいたポポは、ディアナに甘えるようにディアナの膝の上で仰向けになりゴロゴロ音を出す。こんなところが、ロミオ曰く「あざとい」らしいのだが、ディアナは可愛く感じるので、何も問題はない。部屋に侍女が戻って来るまで、ポポを構い倒すのだった。
それから、約一ヶ月の月日が経過した。この日は、王家主催のパーティーが催される。ディアナは父とロミオと王宮へ向かう馬車に乗っていた。ディアナはロミオの隣に座り、父は前に座っている。
「今日はキャピレット公爵と話をしてくる。もしかしたら、顔合わせでディアナを呼ぶかもしれないから、パーティー会場にいてくれるか?」
「はい、お父様」
「俺も父上と一緒に行くから、ディアナは友人の令嬢たちと一緒にいるんだぞ」
「うん、お兄様」
普段、仲の悪いモンタール公爵家とキャピレット公爵家の当主が、顔を合わせる機会は、国政に関係する場合か、王家主催のパーティーに限られる。国の誰もが仲違いしていることを知っているので、同じパーティーに二人が揃って招待されることもないからだ。
今日、モンタール公爵とキャピレット公爵が揃うパーティーのため、父がキャピレット公爵に話すことを決めたのだ。
この一ヶ月、ジュリエットから事実確認はどうなったのかと、催促の手紙がロミオ宛に三回届いていた。ロミオは一度も返事をしておらず、そろそろジュリエットも限界に近いと思う。またモンタール公爵家の屋敷に突撃してくるかと思っていたが、今日時点で来ることはなかったから、ほっとしていた。
ここまでキャピレット公爵に連絡しなかったのは、父がキャピレット公爵が嫌いだからだ。話さなければいけないけれど、顔を見たくない。父が色々と葛藤しているのは分かる。ただ、父のキャピレット公爵嫌いのその矛先は、あくまでキャピレット公爵自身のみ。キャピレット公爵の実の娘のディアナのことは、今でも可愛いと思ってくれているのが、態度でも分かる。
では、逆行前は、なぜディアナを手放したのだろう。今ほどではないが、父との関係は悪くなかったのだ。もしかしたら、ロミオとジュリエットが亡くなり、それまでキャピレットの娘だったジュリエットが亡くなったのは、ロミオが関わったからだと負い目があったのかもしれない。本当はディアナをキャピレットに返したくないけれど、返すしかなかった。その想像は、ディアナの勘違いの可能性はあるけれど、逆行前も本当は父はディアナを愛していたのだと信じたいと思うようになった。
少し前向きになれたのは、今の父とロミオのディアナへの愛を信じられるからだ。
王宮に到着し、パーティー会場入りする。キャピレット公爵を探しつつ、見つかるまでは父とロミオと三人で挨拶まわりをする。
「……父上」
「来たか」
ロミオがキャピレット公爵を発見した。父は嫌そうな顔でロミオに返事する。
「ディアナ、こっちにおいで」
ロミオのエスコートで少し移動し、ディアナの友人の二人が談笑していたところまで歩く。
「あら、ディアナ、ロミオ様」
「失礼、二人とも。すまないがディアナと一緒にいてくれないか」
「もちろん、よろしいですわよ」
「ありがとう。ディアナ、あまり移動せず、このあたりにいてくれ」
「うん」
ロミオはディアナの手をすくって、甲にキスすると去っていく。
「相変わらずね、ロミオ様は。そういえば、ディアナ聞いた? この前、第一王子殿下と、ある令嬢が夜会で――」
令嬢が二人以上集まると、すぐに噂話が始まるのは世の常だ。ロミオの過保護に耐性のある友人たちは、すでにロミオのことは忘れて別の話題に花開く。ディアナは、父とロミオが気になるが、あまり気にし過ぎるのは良くないからと、二人と一緒に会話を楽しむ。
それから、さらに友人が一人増え、どれくらい話していたのか分からないが、ディアナは後ろから話しかけられ振り向いた。そこにいたのは、ジュリエットだった。上等な生地の神官服を着た美青年を後ろに連れていた。神官なのだろうか。
「ロミオ様はどこにいるの!? ここに来てるのよね?」
「来ていますが……」
「手紙の返事も一向に寄越さないし! あれからどうなってるの? あの事、お父様に言いつけるわよ」
「……」
ジュリエットはまだキャピレット公爵に言っていないのは間違いないようだ。
「……今、その件でお父様とお兄様が、キャピレット公爵閣下と話し合われています」
「……は? 聞いてないわよ!? どうして勝手にそんなこと! 事実確認したら、私に連絡するって言ったじゃない! あんたがロミオ様に直接お父様に言うように言ったのね! 偽物のくせに!」
ジュリエットは手を振り上げ、ディアナを叩こうとした。思わず目を瞑ったディアナだが、何も衝撃が来ない。目を開けると、ジュリエットの腕を美青年神官が握っていた。
「ジュリエット嬢、殴るのはさすがにどうかと。それよりも、閣下が話し合われているなら、その場に行った方がよいのでは?」
ジュリエットはイライラしながら美青年神官が止めた腕を離すと、ディアナをキッと睨んで去っていった。
「何なの、あれ……」
友人たちが、呆れた顔をジュリエットに向ける中、ディアナは美青年神官が前に立って一礼するのを見ていた。
「私は神聖帝国マリデンの司教オルランドと申します。ディアナ・モンタール様とお見受けします。よければ、少しお話させていただきたいのですが。……ジュリエット嬢とディアナ様の事情は少し知っておりますので、その件で。少しだけでよいので、お連れのお嬢様方とは少し離れた場所で話させていただければ助かるのですが」
ジュリエットとディアナの交換は、今、友人たちに知られるわけにはいかないので、ディアナは仕方なく頷く。しかし、友人たちからは十メートルほどしか離れていない場所で話すことにした。
「オルランド司教様は、なぜ私のことをご存じなのでしょう」
「亡命された皇帝陛下とご家族様のことは、大変心傷めております。あの頃は、私も小さかったものですから、後からそのことを知り、何もできなかったことに悔しく思っておりました。大人になり、ようやく皇帝陛下の血筋の方に役に立つこともあるかと思い、タリア王国にやってきました。ですから、ディアナ様のことも知っておりました」
そういえば、以前、パオロ司教が教会に神聖帝国マリデンの司教が来たと言っていたのを思い出す。このオルランド司教のことかもしれない。
「キャピレット公爵夫人となられた皇女殿下が、目が見えず歩けないと聞いておりましたから、まずは治癒して差し上げたく、キャピレット家を訪問したのです。それで、キャピレット公爵夫人の目と足の治癒が進んだところで、どうやら、ジュリエット嬢とディアナ様の不幸な事実が発覚したのです」
ジュリエットがモンタール家に訪問した際、キャピレット公爵夫人の目の話をしていた。逆行前の時は、ディアナがキャピレットに引き取られた後に、キャピレット公爵夫人の目と足を神聖力で治癒させたのだが、今回はこのオルランド司教が治癒してくれたらしい。ここでも逆行前との違いに驚くが、キャピレット公爵夫人が治癒できたなら、良かったと思う。
「そうでしたか。キャピレット公爵夫人を治していただき、ありがとうございます」
「……やはり、本物は違いますね」
「え?」
「ジュリエット嬢には、私が余計なことをしたから、知りたくなかったことを知る羽目になったと叱られました」
「……」
確かに、キャピレット公爵夫人の目が治ったから、娘の入れ替えが発覚した。ジュリエットの様子からは分からないけれど、もしかしたら内心辛い思いをしていたりするのだろうか。
「ところで、ディアナ様からは、女神マリデンの気配を感じますね。キャピレット公爵夫人に聞いたのですが、『六枚羽』の印がディアナ様にはあるのだとか」
「そ、それは……」
「私にははっきりと分かります。ディアナ様の神々しさが。……女神マリデンの寵児に祝福を」
オルランド司教は、急にディアナの手を取り、ディアナの手の甲に口づけた。司教からのキスは、本人の言うように祝福なのだろう。なのになぜか、ぞわぞわとする。
それから、オルランド司教は一礼して去っていく。
友人たちの傍に戻ると、オルランド司教に手の甲にキスされたのを見られていたようで、彼女たちはニヤニヤとディアナを質問攻めにするのだった。
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