第28話 父の気持ち

 ロミオと気持ちが通じた日の夕方、ロミオと一緒に夕食をしたが、これから父に話すことを考えると、食べ物が喉を通らなかった。


 それから、夕食後、ちょうど父が外出から帰ってきたため、ロミオが父に話をしにいく。


 そして、すでに二時間が経過していた。自室でポポを撫でて落ち着こうとするが、まったく落ち着かない。時間がかかっているのは、父がディアナの顔も見たくないと思っているからだったら、どうしよう。


 それからさらに三十分過ぎた後、使用人が呼びに来た。


「お嬢様、旦那様が執務室へ来て欲しいとのことです」

「……分かったわ」


 父の執務室へ行き、扉の前で深呼吸をする。すでに手は震えてるが、勝手に震えるので、ディアナにはどうしようもなかった。廊下から声をかけて、執務室に入る。


 ディアナが部屋に入ったと同時に、応接セットのソファーに座っていた父とロミオが立った。ディアナに近づく父、そして、不機嫌な様子のロミオ。なぜロミオは不機嫌なのか。怖くて父に震える声で話しかける。


「お、お父様、私……」


 父がディアナを力強く抱きしめた。


「モンタールの血筋でないと小さい頃に知ることになっただなんて、さぞ辛くて不安だっただろう。なのに、気づいてやれず、すまなかった、ディアナ」

「お父様……」


 父は体を離し、ディアナを見た。


「私はまさか娘が取り替えてられていたとは、まったく気づかなかった。不甲斐ないな。だが、ディアナ。これまでディアナは私の娘だと思っていたし、これからもそのつもりだ。ディアナはずっと私の愛する娘。ディアナが望まない限り、キャピレットになど渡さない」

「お父様……」


 涙が盛り上がる。娘の取り換え、ジュリエットが来たこと、ディアナの不安、キャピレットに行きたくないことも、全てロミオがうまく伝えてくれたのだ。良かった。このままずっと、父とロミオと一緒にいていいってことだ。


「ロミオに聞いたが、フローラの日記に娘の特徴が書かれていたらしいな。フローラを思い出すと辛くなるから、フローラの部屋にはあまり行かないようにしていたんだ。こんなことなら、私が先に日記を見ておくんだった。私にもロミオにも言えずに、辛かっただろう。悲しませてすまない」


 母の日記に娘の特徴が書かれてあったの? それは知らなかった。ロミオはディアナの呟きで妹の取り替えを知ったらしいので、その証拠探しのために母の日記を見たのかもしれない。そういえば、ディアナはどうやって知ったのかとロミオに聞かれなかったけど、ディアナも母の日記を見て知ったと思っているのかも。


「お父様。私はずっとお父様とお兄様といられるなら、それでいいの。……キャピレットに帰れって言わないで」

「そんなことは思っていないし、言わない。ディアナ、私の愛する娘。ずっと私の傍にいてもらわなくてはな」

「……ありがとう、お父様」


 ずっと立っていたディアナたちは、落ち着いて話そうと、ソファーに座る。ディアナは父の横に座り、ロミオはディアナの斜め横に座った。


「キャピレットの娘がキャピレット公爵はまだ娘交換の件は知らないと言っていたらしいから、今度、私からキャピレット公爵にこのことを話そうと思う。ロミオがディアナと血縁がないことの検査をした結果も見せるつもりだ」


 ロミオが資料として父に渡したのか、テーブルに置いてあった血縁検査結果の書類を父がディアナに渡す。


「……はい、分かりました」

「その後、もし、キャピレット公爵に娘交換を提案されても、ディアナを向こうにやるつもりはないから、心配しないように」

「はい」

「ただ、問題はキャピレットの娘だ」


 父は困惑の顔をする。


「キャピレットの娘といつまでも呼んでいても仕方ないな。……今後はジュリエットと呼ぶが、ジュリエットが私の娘で、本人がモンタールの娘になりたいというなら、ジュリエットはモンタールに迎えるつもりだ」

「俺は反対です。どんな教育をされてきたのか、非常識が過ぎる女です」

「私もジュリエットが娘と言われて実感はまだないし、本人を見たこともなく、色々と噂があるのは知っている。そうはいっても、娘と言うなら放っておくわけにもいかない。本人の意見次第では、モンタールに迎える。……ディアナは気まずい思いをするかもしれないが……」


 実の娘のジュリエットがモンタールに帰りたいというなら、それを叶えたいと思う父の気持ちは分かる。確かに、ジュリエットとディアナが同じ屋敷にいるのは、気まずいかもしれないが、ディアナは父とロミオと一緒にいられることになったのだから、それで十分だ。ジュリエットと仲良くなれるよう、努力したい。


「私は構いません」


 ほっとした顔で、父はディアナの頭を撫でた。それが、心地いい。


「ジュリエットの件は、今後次第なので、これまでとして」


 ディアナの頭から手を離した父は、厳しめの目をロミオに向けながらディアナに言った。


「ロミオに聞いたのだが、ディアナはロミオと結婚することに同意したのか?」

「え!?」


 娘交換のことだけでなく、結婚のことまで話していたのかと驚く。


「は、はい」

「駄目だ! ロミオと結婚など。私は許可しない」


 父とロミオが睨み合っている。


「俺と結婚すれば、ディアナはキャピレットに堂々と返さなくて済むんですよ」

「そんなことしなくても、法律上ディアナは私の娘だ。私の同意なしにキャピレット公爵がディアナを勝手に連れ出すことはできない。だから、ロミオと結婚などしなくていい」


 部屋に入った時から、ロミオの機嫌が悪かったのは、父に結婚を反対されたからなのかもしれない。


「突然結婚などと、ディアナに有無を言わさず同意させたのだろう」

「俺は前々から計画していたと言ったじゃないですか。俺はディアナを愛してるんです。ディアナには突然の求婚になったのは確かですが、無理矢理ではないです」

「無理矢理ではなくとも、お前のことだから、強引に頷かせてるんじゃないか?」


 今度は父はディアナを見た。


「ディアナ、ロミオの強引な求婚に無理に頷く必要はない。急に兄と結婚などと言われて、困惑しただろう」


 困惑は確かにしたけれど。


「……お父様、私もお兄様が好きでした。だから、結婚したい……です」


 顔が熱い。反対に、父の顔は青くなる。


「ロミオが好きだと!? それは、恋愛的な意味合いでか? 前は、好きな男はいないと言っていただろう!?」

「あ、あれは……! お兄様が好きだなんて、言ってはいけないと思っていたからで……う、嘘吐いて、ごめんなさい」


 しゅんとしていると、父がショックの顔でディアナを片腕で抱き寄せた。


「ディアナは私の娘だ! ロミオに嫁にはやらない!」

「何でですか! 他の家に嫁にやるとでも!? 他所にやれば、ディアナはいずれ屋敷からいなくなるんですよ!?」

「よ、他所にもやらん! ディアナに相応しい男はいない!」

「俺が一番ディアナと似合いです!」


 父とロミオはまだ不毛な言い合いをしている。

 父の結婚の反対は、ディアナが実の娘でないことが原因なのかと最初は思ったのだが、単純に娘を嫁に出したくない、というだけだったらしい。それが実の息子が相手だとしても、娘を取られる気分になっているのだろう。それを嬉しく思ってしまう。


 いつかは結婚を許してくれたらと思うが、今はまだ、この家族らしい喧噪にほっとするのだった。

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