第26話 兄の突飛な計画1
ジュリエットが去った後の応接室で、隣に座るロミオがディアナを向いた気配がした。
「ディアナ、俺を見て」
ロミオの声にビクっとしたが、ロミオの顔など怖くて見られない。膝上の震える自分の手を見るように、頭が下に垂れ、顔が上げられない。
すると、ロミオが席を立ち、ディアナの前にしゃがんだ。そして、ロミオの両手でディアナの顔を上げさせる。
「あーあ。泣き虫だな、ディアナは」
止まらないディアナの涙をロミオが指の腹で拭う。
「お兄様、ごめんなさい……」
「何を謝ってるんだ」
「だって、私はモンタール公爵家の娘じゃないからっ……」
「……」
「ジュリエット様が言っていた『六枚羽』の印は、私の腰にあるのを昔お兄様に見せたでしょ? 私はお兄様の妹じゃなくて、偽物で……」
感情がぐちゃぐちゃで涙が止まらない。
「事実確認をするのよね? お父様にもすぐに言う?」
「ディアナ」
「ごめんなさい、お兄様。謝るから、もっと良い子になって面倒かけないようにするから、私を捨てないで。キャピレットに戻さないで。憎まないで……」
「ディアナ、落ち着け」
ロミオはディアナを抱き上げ、そしてロミオがソファーに座ると、ディアナを膝に横向きに乗せた。そして、ディアナを抱きしめる。
「ディアナをキャピレットになど戻すわけないだろう。心配しなくていい」
「……でも、事実確認は?」
「事実確認もしない」
「……しない?」
ロミオの首元に顔をうずめて泣いていたディアナは、顔を上げた。ロミオはディアナを安心させるように笑みを浮かべる。
「で、でも……事実確認をしてから、ジュリエット様に報告するんじゃ?」
「そうだな。そのうちあの女に報告することにはなるだろうが、すぐには言わない」
「……? どちらにしても、事実確認はするんでしょ?」
「いや。事実確認はずいぶん前にしたから、もうしない」
「……ずいぶん前?」
「七年くらい前に、確認済みだから。ディアナが俺の実妹でないことは知ってた」
「………………え」
知ってた? そんなはずない。ロミオはずっとディアナに対し、良い兄のロミオだった。実妹ではないと知っていたなら、そんな反応ではないはず。
「そんなはずない。だって、お兄様は……」
「ディアナだって、俺の実妹ではないと知ってただろう?」
ひゅっと喉が鳴った。まさかそんな、なんでそこまで知っているのだろう。
「俺が知ったのは、ディアナがあの毛むくじゃらに言ってたのを聞いたから。ディアナは『実の妹でなくても、俺がディアナをいらないと言わないよね』と泣いてた」
そういえば、確かに昔、ポポにそんな泣き言を言った覚えがある。まさか、それをロミオに聞かれていたとは。
「……そんなに前から知ってたのに、どうして知らない振りを? 私が嫌いにならなかったの?」
「何でディアナを嫌いになるんだ。ディアナが可愛くて仕方ないのに。俺が知ったとディアナが知れば、父上にもディアナは隠せなくなるだろう。寂しがりのディアナが、父上や俺に遠慮するのを見たくなかった。だから黙ってただけだ」
「じゃあ……じゃあ、お兄様は、本当に私をキャピレットに戻す気はない?」
「戻すわけない」
「お兄様……!」
ディアナはまた泣きながら、ロミオに抱きついた。ロミオは実妹でないと知ってもなお、ディアナを捨てないと言ってくれた。嬉しすぎてたまらない。
結局、しばらく泣き続けてしまい、泣き止んで顔を上げると、ロミオが笑みを浮かべた。
「泣き顔も泣いた後もディアナは可愛いな」
「そんなこと言うの、お兄様だけよ」
泣いた後で恥ずかしいから、つい強がりを言ってしまう。
「……ジュリエット様に報告があるから、その前にお父様にも、私のことを言うよね?」
「……そうだな。あの女が来なければ、ディアナが十八歳になるまでは、黙っているつもりだったんだが」
「え……もし、ジュリエット様が来なかった場合でも、私が十八歳になったら、お父様に言うつもりだったの?」
「まあ、事を起こした後にな」
「事って?」
ロミオがニヤっと笑みを浮かべた。
「教会で俺とディアナの結婚の契約をしてしまおうと思ってた」
「………………けっこん?」
けっこんて何。頭に浮かぶ『結婚』であってるの?
「け、けけ、結婚!? お兄様と私は兄妹よ!?」
「血の繋がりはないだろう」
「そ、そうだけど!」
「キャピレット公爵がディアナを実の娘と知れば、もしかしたら、ディアナを返せと言うかもしれない。もちろん、簡単に返す気はないが、それでも、俺と結婚している事実があれば、絶対にディアナを向こうに取られないと言い切れるようになるから」
「そうかも……しれないけど、でも……」
そんなことしてもいいのだろうか。ロミオはずっと妹として傍にいたディアナを、妻として受け入れられるのだろうか。それに、キャピレットに返さず済ませるためだけに、ロミオの妻としてディアナを迎えるなど、ロミオの人生が台無しになってしまう。
「ディアナは、俺のことが好きだろう?」
「好きだけど、それはお兄様としてで」
「何故誤魔化す必要がある? 血が繋がらないと分かっている俺を、ディアナは男としても好きだと思うんだけど」
かぁっと顔が熱くなった。そんなことはない、と言い切れない。ここ最近、ロミオに恋する気持ちを必死に誤魔化していたのを気づかれていた?
「だって……! お兄様が愛して甘やかして構ってくれるから、好きになって……」
ああ、何言ってるんだろう。とっくにロミオが好きになっていたことを認めてしまうなんて。
「で、でも、結婚なんて駄目なの! お兄様が私を可愛がってくれてるのは知ってるけど、それは妹に対しての感情で! そのうち、妹として以上に愛せないことに気づいて、いつか離れて、私以外の人を好きに……」
ロミオがディアナ以外の女性と、どこかにいなくなってしまう想像をしてしまい、再び涙が溢れた。
「俺の一番は、昔からディアナだと言ってるだろう。妹として可愛いってのもあるけど、血が繋がらないと知ってからは、気づいたらディアナは誰にも渡さないと思うようになってた。俺はディアナを女性としても愛してるよ」
「……嘘」
「何で嘘なんだ。ディアナが十八歳になる直前までは、ディアナを愛しているし結婚したいって、言えなかっただけだ。これまで俺がどれだけ、ディアナを他の男に取られないように注意してたと思ってるんだ。ディアナは可愛いし、男どもに人気があるんだぞ。いつ誰かに掠め取られやしないか、心配だったし、ヤキモチばかりだった」
「そう、なの? いつものお兄様のシスコンなのかと思ってた」
小さい頃から、クリスやポポにもヤキモチ気味だったから、今もその延長だと思っていたのだ。
「……まあ、それもあるかもしれないけど、ディアナは女としても魅力がある。ディアナのように良い女で、血の繋がりがないと分かってて、ずっと傍にいる女の子に、恋をしないほうが難しいと思う」
なんだか嬉しい。
ロミオが溜息を吐いた。
「最近はディアナが婚約者を探している様子に焦るし、俺にも他の女を探しているようだし、正直俺も限界だった。あの女が来なければ、ディアナが十八歳になる前に、ディアナに愛してるって告げてたかもしれない」
「……本当に、私を愛してる? 妻にしたいくらい?」
「愛してるよ。ディアナの兄の座も、夫の座も、誰にも譲るつもりはない。ディアナは俺のだ」
ロミオはまた泣かせる気なのだ。目頭が熱い。
「お兄様を好きになったらいけないって、間違ってるって、ずっと自分に言い聞かせてた。でも、やっぱり私はお兄様が好き。お兄様として、男の人として、お兄様を愛してる」
ロミオが嬉しそうに笑みを浮かべる。
ディアナの頭の後ろにロミオの手が回ったかと思うと、ディアナの唇にロミオが口づけた。驚いて目を見開く。それから、口の中を探られるのにびっくりして、ロミオから離れようとするが、ディアナの頭の後ろを抑えられていて、逃げられない。
全身が熱くなってきたところで、ロミオが唇を離した。
「……ディアナは涙の味だな」
「お兄様!!」
真っ赤な顔で抗議しても、ロミオに効き目はない。
「愛してるよ、ディアナ。結婚しよう。俺のものになれ」
ずるい人。そんな風に愛しそうな表情で言われてしまえば、これ以上抗議などできはしない。
「……私も愛してるわ。お兄様のものになりたい」
今度の人生は、ロミオのものになれるなら、それ以上の幸せはないと思うのだった。
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