第24話 運命の出会い

 舞踏会から十五日ほど過ぎたこの日は、別の夜会の日だった。夜会はあえてパートナーは必要ない。ディアナとしては、ロミオに黙って参加する予定だった。


 夜会の会場では、ディアナは友人の一人を見つけて声を掛ける。


「あら、ディアナも参加していたのね。でも、ロミオ様付き」

「……」


 そう、パートナーはいなくてもよい夜会なのに、ロミオは今日もディアナのパートナーとしてディアナをエスコート中なのだ。友人のニヤニヤな表情が恥ずかしい。


「一人で行く予定だったのに、出かけるときになぜかお兄様が玄関ホールで待ってたの……」

「読まれてるわねぇ」


 ディアナの予定をいつもロミオに把握されているので、今回は使用人にもロミオに黙っておくようにと口止めしたのに。おかしい。なぜバレている。


「ディアナの行動は分かりやすいから。俺に隠しても無駄だ」

「お兄様が付いてこないなら、隠さないんだけどね」

「パーティーにディアナが一人で行くなんて、危ないだろう」


 何が危ないのか、まったく分からない。パートナー無しで参加している女性も多いのに。こんなに毎度ロミオ付きでは、ロミオ離れなど一向にできやしない。


 友人と別れ、ディアナは知り合いが少ないので、ロミオの挨拶まわりに付いて行く。ロミオはモンタール公爵家の後継者であり、事業でも広く知人がいるようで、一緒に挨拶にまわるだけでも勉強にはなる。だが、なぜかその挨拶相手が年齢層が高め。なんで、もっとディアナに近い令嬢令息には挨拶しないんだ。ちょっと期待しているのに。


 挨拶まわりにひと段落ついた頃、休憩がてら、軽食コーナーにやってきた。ロミオが二人分の飲み物を取り、ディアナは二人で食べる用の軽食皿を一つ取った。そして、小さく切られているチーズ生ハムを口に含む。


「美味しい、これ。お兄様、はい、あーん」


 ロミオにも同じものを口元へ持っていく。口を開けたロミオにチーズ生ハムを入れ、今度はディアナはオリーブを口に入れた。


「あ、これも美味しい。夜だからかな? 塩味を欲してたのかも」

「何で夜が関係あるんだ」

「お酒を飲む時間だから?」

「ディアナは酒は飲まないだろう」


 ディアナはまだ成人していない十七歳なので、お酒は法律的に飲んではいけないのだ。ロミオが持っているディアナの分の飲み物は、桃ジュースである。


「いいの。雰囲気よ、雰囲気。はい、あーん」


 ロミオにオリーブをあーんする。


 それからジュースと軽食で一息つき、再び会場に戻る方へ足を向けた。軽食コーナーを横切っていると、その横切っていた傍で、令嬢が令嬢に飲み物をぶっかけた。ぶっかけられた令嬢がよろけ、ディアナにぶつかりそうになる。それをロミオがディアナの腰を引いて守り、もう片方の手でよろけた令嬢を支えた。


 何事だろうとドキドキしながら、よろけた令嬢に飲み物をぶっかけた令嬢を見て、ディアナは大きく目を開けた。


 あれは、ジュリエットだ。逆行後、初めて見たけれど、間違いない。


「私が参加するパーティーには、一切参加しないように言ったわよね。なのに、何で参加しているの? 私を馬鹿にしているの?」

「そ、そういうわけでは……! ですが、キャピレット公爵令嬢の出席しないパーティーというものを完全に把握はできませんし……」

「だったら、全てのパーティーに参加しなければいいでしょ」

「そんな! それは、あまりにもひどすぎます!」

「私に逆らう気? 私はキャピレット公爵家の娘なのよ? そんなこと言って、今後がどうなってもいいの?」


 何かのトラブルの延長なのか、軽食コーナーは一気に緊迫した雰囲気だ。


 それにしても、ジュリエットは逆行前と同じ容姿なのに、なんだか顔つきが違う。人を馬鹿にしたような視線。それだけで、こうも逆行前と印象が変わるものなのか。


 結局、ジュリエットに責められていた令嬢は、泣きながら去っていく。それを、横柄な態度で見ていたジュリエットが、顔をロミオに向けた。すると、みるみるうちに、ジュリエットの表情が乙女な表情になる。


 え、ちょっと待って。その表情は何。ロミオに恋したとか言わないよね。ジュリエットに気づいた時点で、この場を早く離れれば良かったと後悔しても遅い。ディアナは青くなった。


「あら、あなた、初めて見る顔ね。どこの令息かしら。自己紹介してくれる?」


 体中が冷えていくのを感じながら、ロミオを見る。ロミオはどんな顔をしているのだろう。やはり、逆行前のように一目惚れしていたりするのだろうか。嫌だ。


 しかし、ロミオの表情は、ただの機嫌の悪い表情だった。あれ? ジュリエットに恋はしていないの?


「ディアナ、行こう」


 ジュリエットを無視してディアナの腰を寄せながら歩き出したロミオに、ジュリエットが目尻を上げて待ったをかけた。


「待ちなさい! 行っていいなんて、許した覚えはないわ!」


 ジュリエットの声にも足を止める様子がないロミオだったが、今度はジュリエットが走ってディアナたちの目の前に立った。ディアナたちは、強制的に足を止める羽目になる。


「どいてくれ」

「そんなこと、私に言っていいと思ってるの? 私はキャピレット公爵家の娘なのよ」

「それしか言えないのか。この場から去るだけなのに、知人でもない、同じ家格の令嬢から去る許可を得る必要はない」

「なんですって? 同じ家格? ……まさか、モンタール公爵家の息子?」


 この国には、公爵家は二つしかない。おのずと誰なのかは予想できるのだ。


 ジュリエットは戸惑いの表情になり、先ほどまでの勢いがなくなっていく。ちょっと落ち着いたのだろうか、と思っていると、ジュリエットがディアナを見た。


「あなたは誰?」


 う、これは、自己紹介しなくてはいけない流れ? 嫌だったが、口を開く。


「私はモンタール公爵家の娘ですわ」

「……モンタールの娘」


 ジュリエットの表情が今度は憎しみのように変化する。何で。まったく接点ないはずなのに。敵対する家の娘だから? それにしては、ロミオに対しては嫌悪は感じないのに、どうしてディアナだけ。


 ジュリエットはロミオに再び顔を向けた。


「モンタール公爵家の息子なら、その堂々とした態度も納得ね。私に相応しいわ」


 ちょっと待って。


「私の婚約者にしてあげてもいいわ」


 駄目ー! あなたたち、本当の兄妹ですから! 絶対に駄目!


 しかし、そんなディアナの心配など、不要だった。いまだ機嫌の悪いロミオは、嫌悪感たっぷりの表情で口を開く。


「なぜ、キャピレット公爵家の娘の婚約者にならなくてはならないんだ。勘弁してくれ。遠慮する。俺はモンタール公爵家の人間だ。キャピレットの君とはそういう仲にはならない」


 ロミオはそう言い捨てて、今度こそディアナを連れてその場を離れた。ジュリエットが「待ちなさい!」と言っているが、ロミオは完全に無視である。それから、夜会を再び楽しむ気にはなれず、帰宅するためにモンタール家の馬車に乗った。馬車に揺れながら、さきほどのことを考える。


 ロミオがジュリエットに興味がなさそうなことは良かった。ほっとした。


 けれど、何かが胸につかえるような、そんな苦しい気持ちが支配する。ロミオの言った通り、歴代のモンタール公爵家とキャピレット公爵家の関係は悪く、決して交わらぬ相手。本当はキャピレット公爵家の血筋であるディアナまで、ロミオに拒否されたような感覚になってしまった。


 隣に座るロミオがディアナの腰を抱き寄せていない方の手で、ディアナの手を握る。


「手が冷たい。さっきのに動揺したか」

「……うん」

「噂通りの令嬢のようだな。何をされるか分からないから、ディアナは彼女に近寄らないように」

「うん」

「……キャピレットとモンタールの名を出して、彼女を拒否したが、あれはわざとだからな」

「え?」

「ああ言えば、とりあえずあの場は離れられると思ったから、ああ言った。けれど、キャピレットだから彼女を拒否したわけではない。あのような態度の彼女と今後も付き合っていく必要性を感じないから、完全に突き放したかっただけだ」

「……そうなの?」

「キャピレット公爵は父上と仲が悪いから、俺も親しくする気はないが、キャピレット公爵夫人には悪い感情はないし、もし会うことがあれば、普通に接するつもりだぞ」


 つまり、ある国は嫌いだけど、嫌いな国の国籍を持つ友人がいたとしても、その人自体は嫌いにはならない、そういう意味で言っているのだ。

 少しほっとする。そうであるなら、ディアナがもしキャピレット公爵家の娘だと分かることがあったとしても、ロミオはディアナを嫌いにならないかもしれない。


「……手に温度が戻ってきたな」


 ロミオはそう言って、ディアナのこめかみにキスをする。


「今日のことは気にするな。忘れて、帰ったらゆっくり休めばいい」

「……うん」

「何か不安か? 今日は寝るまで手を握ってやろうか?」

「……うん」


 ディアナがロミオに抱きつくと、ロミオが抱きしめ返してくれる。


 いつまでも、ロミオに甘えてばかりではいけないのに。なんだか不安がぬぐえず、落ち着かない。


 どうして、今日ジュリエットと出会ってしまったのだろう。逆行前より時期が早い。逆行前と同じ日にロミオと出会うのかと思い込んでいたが、違ったのだ。


 しかも、ジュリエットの性格も、逆行前とはまったく違いそうだ。


 でも、考えてみれば、ディアナ自身が逆行前とは違う行動ばかりしている。だから、他の人も逆行前と同じ動きするわけではないのだと、もっと考えておかなければならなかったのに。


 ロミオがジュリエットと恋に落ちなかったことに安心すればいいはずなのに、この不安はなんなんだろう。


 その日の夜、寝て起きた後も、一向に不安はなくならないのだった。

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