第23話 前途多難な恋人探し
十日後の舞踏会当日。
王都のとあるパーティー会場には、多くの貴族が集まっていた。華やかな雰囲気に、ディアナの心も少し弾んでいる。デビューする前までは、こういったパーティーには出られなかったので、気持ちは高い。
ロミオがパートナーでなければ、もっと良かったのだが。
ちらっとディアナをエスコートするロミオを見る。相変わらず顔が良いロミオは、パーティー用に恰好を決め込み、それはもう素敵過ぎる。そこかしこで、貴族令嬢たちの熱視線がロミオに向いている。
いくらシスコンだからと言って、あれだけの熱視線を浴びながら、わざわざパートナーに妹を選ぶなんて、過保護が過ぎる。ジュリエットと出会う日まで、半年も残っていないのだから、ディアナの婚約者候補を探すついでに、ロミオにも素敵な人と出会ってもらわなくてはならない。
途中でディアナの友人令嬢に会い、少し会話をした後に友人と別れ、ロミオが口を開いた。
「舞踏会だから踊ろうか」
「……! うん!」
ロミオに素敵な女性と出会って欲しいが、今日は舞踏会。小さい頃からダンスレッスンもしていたし、ディアナは踊るのが結構好きだった。だから、とりあえずダンスを楽しんだ後、素敵な女性は探すことにしよう。
ロミオとダンスホールへ向かい、他に踊っている男女の中へ紛れ込む。そして、ロミオとダンスを開始した。ゆったりとしたワルツからだけれど、それも楽しい。踊りながら、ロミオと会話する。
「お兄様と踊るなんて、屋敷でいつも一緒にダンスレッスンするのと変わらないね」
「でも楽しいだろう。屋敷でも今も楽しそうにしてるじゃないか」
「うん。お兄様はダンスも上手だもの。だから楽しい。でも、私、お兄様かお父様としか踊ったことないのよね」
「十分だろう」
「他の人とも踊りたい」
「駄目だ。足を踏まれるかもしれない」
「え……それはヤダ。みんな踊り慣れてるでしょう? 足は踏まないと思うのだけど?」
「いつまでたっても慣れないで足を踏みまくる男はいる」
「……」
「諦めろ。俺が満足するまで相手してやるから」
足を踏まれたくないという思いと、ロミオ以外と踊りたいという思いで葛藤する。結局、その後五曲ロミオと踊り、その日の他の人ともダンスをしたいという熱は、ディアナから消えかかっていた。ロミオはリードも上手だから楽しいし、満足してしまったのだ。
ダンスを終えて、ダンスホールの脇へ寄っていくと、男性が近寄ってきた。知り合いではないが、ディアナより少し年上くらいの貴族子息だ。ディアナはその男性にダンスを誘われた。
「たった今踊り終えて妹は疲労しているので、これ以上踊るのは許可できない」
ロミオの美しい顔で凄まれ、男性はタジタジになりながら去っていく。やっぱりこうなると思った。
「あと一曲くらい踊れるのに」
「あれは女性の足を踏みまくる系の男だ。ディアナが怪我したらどうする」
どんな男だよ。呆れつつも、ロミオが本気か冗談なのか分からず、足を踏まれるかもしれないなら、止めておこうという気分になる。すでにそれこそロミオの思うつぼなのだが。
「二人ともここにいたんだ」
「……クリス」
近くにクリスが立っていた。クリスも本日の舞踏会に参加していたらしい。魔道具作りばかりしているいつものクリスとは違い、今日は麗しい貴族令息の恰好だった。
「クリスのパートナーは?」
「さっき会場内で分かれた。今日の僕のパートナーは従兄妹だから」
クリスからすれば、ディアナとロミオは母方の従兄妹で、今日のパートナーは父方の従兄妹だったらしい。
「元々会場に一緒に入るだけの予定だったから。あっちの方で仲の良い令嬢たちと集まってる。だいたい、僕は来たくなかったのに、母上が行けって煩いから」
クリスは不本意そうな顔をしている。たぶんだが、魔道具作りをしたかったのだろう。
「叔母様はクリスが屋敷に帰りもしないから、心配なのよ。あと恋人を作って欲しいとか、そういうことでしょう?」
「それだよ、それ。うちには長男の兄上がいるし、兄上はすでに婚約者いるし、僕は関係ないと思わない?」
「うーん」
「ロミオだって恋人いないじゃないのさ。僕よりロミオが先だと思うけど。公爵家の長男なんだから」
「ですってよ、お兄様」
「俺はディアナを構うのに忙しいから、恋人はいらない」
「でたよ、シスコン」
クリスは呆れた顔でロミオを見ている。ディアナも苦笑しつつ、三人で色々と話をしていると、男性が一人近づいてきた。彼はロミオの友人であり、事業関係でも繋がりがある人らしい。少し話をしたいという彼に、ロミオが渋っている。
「お兄様、行ってきて。私はクリスといるから」
ロミオは渋い顔でディアナを見て、ディアナの頭に手を置いた。
「……クリス、ディアナの傍から動くなよ」
「はいはい」
すごく不機嫌な顔でロミオは去っていく。
「あーあ。嫌そうな顔しちゃって」
「今のうちに、一緒に踊る?」
「嫌だよ。ロミオに殺されたくない。それに、僕は踊るの好きじゃないし」
想像していた通りのクリスの返事に笑いながら、ディアナは溜め息を吐く。
「今日はお兄様以外のパートナーが欲しかったんだけれど、お兄様に却下されちゃって」
「だろうね」
「私は今までパーティーに出てなかったから噂程度しか知らないけど、お兄様ってモテるのよね?」
「モテるね。僕が見たことがある限り、女性に囲まれてる」
「その中に、お兄様の好きそうな女性っていない? 特別親しくしている人とか」
「いないと思うよ。ロミオはディアナが絡まなければ、基本的に外面はいいと思うけど、女性に特別優しくするほどでもない。他の子息より、どちらかというと女性にはそっけない態度なんじゃない?」
「え? そう? 私の友達には優しいんだけど……愛想も良いと思うし」
「そりゃあ、ディアナの友達にそっけなくして、その友達がディアナに当たりでもしたら、目が当てられないからでしょ」
ディアナは目をパチパチと瞬く。
「もしかして、私のため?」
「もしかしなくても、それしかないよ。ロミオの頭の中はディアナを中心に回ってるんだから。愛する妹が少しでも悲しむのを嫌うしね」
ディアナは改めてロミオに大事にされているのを感じた。
昔、同じ年代の令嬢たちからお茶会の誘いを受けだした時期、他家のどの令嬢と仲良くすべきか分からず悩んでいた。こういったことは、普通であれば母に助言を貰うものだけれど、ディアナには母もいないし相談相手がいなかった。
逆行前の子供の頃も分からず、お茶会の誘いはほとんど出席したのだが、苦手な人がいたり、どうしても合わない令嬢がいたり、令嬢たちの中にも派閥があったりと、結構失敗したものだ。嫌な思いもたくさんした。こういったことをディアナは苦手としているのだ。
だから、今度は失敗しないようにと招待状を厳選しようとしていたが、その時にロミオが助言をしてくれた。家門などの派閥関係、令嬢の性格、ディアナとの相性などロミオが考えて見繕ってくれたのだ。ロミオが選んでくれた令嬢たちとは、ディアナと性格が合い、今でも良い友人関係を続けている。あの時は、妹の面倒を見てくれる良い兄だと思ったものだが、今でもロミオのディアナに対する気遣いは、大事にしてくれているのだと改めて認識するものだった。
それは感謝しているし嬉しいが、ロミオに恋人を作る目的がある以上、どうにかしてロミオに良い人を作る必要がある。
「お兄様って、派手めな迫力のある美人さんが好きそうだったりする?」
「は? 何その具体的な人物像。ロミオにそんな好みはなさそうだけど」
ジュリエットとは違うタイプの『派手めな迫力のある美人さん』を好きになってもらおうと、ディアナが小さい頃からロミオに刷り込みしていたのに、まったく効き目がないようだ。くそう。
「クリス、どこかに素敵な令嬢っていないかな? お兄様に紹介してみてくれない?」
「僕がほとんど騎士団の中で過ごしていることを忘れてない? 僕にそんな知り合いいるわけないじゃん。それに、紹介なんかでロミオが恋人や婚約者を作るとは思えないけど」
確かに、ロミオは結構手ごわいので、紹介という作られた出会いで恋人を作るとは思えない。ああ、前途多難。
そうこうクリスと話をしていると、令嬢が三名近寄ってきた。ディアナの友人ではないが、綺麗で愛想のよい令嬢たちだ。美麗なクリスに気があるのかと思いきや、彼女らの目当てはロミオの方だったらしい。
「ロミオ様の好きな女性のタイプを教えてくださいませんか? ロミオ様の妹の令嬢であれば、ご存じでしょうから」
そんなの、ディアナが一番知りたいことである。
「お、お兄様に特出した好みがあるとは聞いたことがありませんわ」
「そうなんですか? では、ロミオ様には現在恋人はいらっしゃるの?」
「いませんわ」
「でしたら、ロミオ様と二人で話せる機会を作ってくださいませんか? ぜひ、ロミオ様と仲良くなりたくて」
「それは……」
ちょっと彼女らの肉食な視線が怖い。圧もすごいし。クリス曰く、ロミオは女性にそっけないらしいので、ロミオが駄目なら妹から攻略しようとしているのかもしれない。でも、彼女らがディアナ的には好きになれるタイプではないので、ロミオには紹介したくない。知人でもないし。こんなことを感じることが、ブラコンなのだろうけれど。ロミオに恋人を作りたいのに、この相反する感情が邪魔してしまう。
「ディアナ、待たせて悪かった」
「お兄様!」
いつの間にか戻ってきたロミオが、ディアナの腰を抱き寄せた。そして、令嬢三人に目を向ける。
「何の話をしていたの?」
「えっと……お兄様と話す機会が欲しいのですって」
令嬢たちは、高揚した表情でロミオに笑みを向けた。
「へぇ。悪いけど、今日はまだ挨拶しなければならない人もいるし、難しいな」
「であれば、別の機会に話させていただいても?」
「いいよ。……来世あたりになら」
「……え」
「ディアナ、あちらに行こうか」
「う、うん」
唖然とする令嬢たちを置いて、ディアナたちはその場を離れる。ディアナの後ろに付いてきたクリスが「やっと離れられた。女性が集まると、一気にずうずうしくなる上に面倒になるのは何でなんだろうね。群れると気が大きくなるわけ?」と毒づいている。どうやら、よくある事象らしい。
そういう人ばかりではないと思うけれど、ロミオに恋人を作りたいなら、こういう令嬢たちとも上手く付き合う必要があるのだろう。ディアナにできるのだろうか。かなり不安になるのだった。
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