第22話 聖女はいずこ

 定期的に教会を訪問しているディアナは、この日も手作りのお菓子を持って教会にやってきた。ロミオは仕事でいないが、護衛騎士はいつも通りいる。お菓子はいつも通り、教会の隣の孤児院の子供たちへのおやつだ。


 まずは教会で座ってお祈りを終え、立ち上がるとパオロ司教が近寄ってきた。


「ディアナ様、本日も孤児院に寄って下さる予定ですか」

「はい、パオロ司教様。今日のお菓子はアップルパイとベリーパイにしました」

「ありがとうございます。子供たちが喜びます」


 パオロ司教と孤児院へ向かって並んで歩きながら会話する。


「そういえば、先日、神聖帝国マリデンの司教が訪問されました」

「……神聖帝国マリデンの司教がですか? それは……珍しいこともあるのですね」


 神聖帝国マリデンの司教が他国を訪問することは別におかしい話ではないが、タリア王国の教会は、信仰している神は女神マリデンではない。信仰する神が違うから教会に行ってはいけないということはないが、珍しいことには間違いない。


「それはいつ頃でしょうか?」

「五日ほど前でした。半年以上タリア王国に滞在しているそうで、時々無性に神殿や教会の空気を吸いたくなるからということでした」

「そうですか……」

「特に問題はないとは思いますが、ディアナ様には伝えておいた方が良いかと思いまして」

「ご配慮をありがとうございます」


 ディアナの母が神聖帝国マリデンから亡命してきた皇家の一族だということは、この国のほとんどの人が知っている。なんせ、暗殺事件は、当時かなり騒がれたらしいから。パオロ司教も暗殺事件に関しては心を痛め、ディアナを気遣ってくれているのだ。


 神聖帝国マリデンの司教については、そこまで気にしなくていいのではないだろうか。それよりも、聖女の存在の方が気になる。


「パオロ司教様は、最近、神聖帝国マリデンに聖女が現れた、などという話は聞いたことがありますか?」

「聖女ですか……ありません。あの国にそこまで詳しくはありませんが、聖女が現れたというのは聞いたことがありませんね。聖女がいるなら、話題に必ず上るでしょうけれど、聞きませんし」

「そうですよね……」


 逆行前のディアナを刺した女性は、聖女であったことは間違いないはずだ。なんせ、ディアナに「聖女は二人はいらないの!」と言っていたのだから。この時はディアナが大人になる何年も前から神聖帝国マリデンに聖女が現れたと、タリア王国でも話題になっていた。だから、ディアナが刺された時、「この人が聖女か」と思ったものだ。


 では、なぜ、その聖女とやらがディアナに「聖女は二人はいらないの!」などと言ったのか。


 ディアナが第一王子と婚約すると、第一王子は王太子に決まり、『未来の王妃ディアナとは』というような話題が新聞にたくさん載った。『未来の王妃は神聖帝国マリデンの皇帝の血筋!』や『女神マリデンに愛された高貴な一族!』など、明るい話題に民たちは興奮していた。


 噂話は真実だけとは限らないのに、いつのまにか『亡命皇族の高貴なる聖女』などと、さもそれが真実のように語られ、貴族も平民もディアナを『聖女』だと言うようになった。ディアナ自身は、聖女でもなんでもないし、神聖力が使えるだけの一般人。こういうものは本人そっちのけで、勝手に付加価値を付けられてしまうものなのだ。


 王家もその噂を否定しなかった。女癖の悪い王太子の悪い噂を相殺したい目的もあったのだろう。ディアナは第一王子に『聖女』との噂をわざわざ否定するな、と言われていた。


 だから、ディアナが『聖女』だと神聖帝国マリデンにも噂が伝わったのか、当の本人の本物の聖女がディアナを殺しにやってきたのだ。二人も聖女はいらないと言って。ディアナははっきり言って、似非聖女だ。本物の聖女は偽物が現れて、さぞ頭に来たのだろう。とはいえだ、だからって、聖女が人を殺していいの? とディアナは言いたい。


 せっかく逆行したのだから、もう二度と聖女に殺されたくはない。だからこそ、できるだけ目立たないように、うっかり『聖女』などと言われないように生活してきたつもりだ。


 また、聖女がどんな人なのか詳しく知りたかったので、ロミオに頼んで内密に調査も定期的にしてもらっている。


 なのに。


 なぜか、神聖帝国マリデンに聖女がいるなどといった情報が上がってこない謎。そのせいで、いまだ聖女に関して何も対策できていないのが不安なのだ。


 パオロ司教と孤児院へ行き、子供たちにお菓子を楽しんでもらい、子供たちとしばらく楽しく話をしてから帰宅した。


 夕食時、父は本日夜会でいないため、ロミオと二人の夕食をする。今日のメイン、鴨肉のローストを食べつつ、口を開く。


「お兄様、最近、神聖帝国マリデンからの情報って報告は来た?」

「定期連絡は来てる。いつもと同じで、聖女は今のところ現れていないらしい」

「そう……」


 ロミオは情報ギルドに、神聖帝国マリデンの情報を得ることと聖女が現れたかどうかの依頼をしてくれているのだ。ディアナが亡き母の故郷に興味があり、「聖女が現れたら見てみたい」という適当な言い訳に、ロミオは首を傾げつつも、聖女の存在確認を定期的にしてくれている。


 実は今まで聖女が一度もいないわけではない。ずいぶん前、十年くらい前に数年くらい聖女がいたらしい、という情報は得ている。でもそれ以降、ぱったりと聖女はいなくなり、現在も現れていない。


「聖女なんて頻繁に現れるものではないらしいし、前回現れてから十年くらいか。しばらく現れないんじゃないか?」

「そうなのかな」

「聖女といえば、ディアナこそが聖女っぽいけどな」

「や、やめて!? 私は聖女なんかじゃないもの。ただの一般人」

「一般人が、他人を助けるために白ジェムなんて作らないと思うけど」

「そ、それは、私が神聖力が使えるから、役に立つならって思っただけだから」


 聖女だなんてあるはずない。そりゃあ、逆行後にディアナ自身が女神マリデンの寵児だということは分かったけれど、ただそれだけだ。間違っても今回は聖女だなんて思われて、殺されたくはない。まあ、聖女の定義が、ディアナには何なのか分からないけど。


 ちなみに、ポポに「逆行前にディアナを刺した女性について何か分かることがある?」と聞いたことがあるのだが、「神聖力を使ったなら何か感じたかもしれないけど、ナイフだったから分からない。あの時の私って力がなさ過ぎたし、とっさに自分の時間を逆行するしかなかったもの」と猫姿の後ろ脚で頭を掻きながら言った。最近のポポの仕草が本当に猫っぽい。


「聖女に関しては、情報が来たらディアナに教える。……あの国は、聖女が出たら、ますます神殿の権威が上がりそうだな」

「そうね……」

「最近は、神殿の助長を憂いた勢力が裏で動いてるらしい。とはいえ、あの神殿を簡単にどうにかできるわけもないが」

「そうだよね……」


 ロミオが話題を変えた。


「そういえば、十日後の舞踏会に出る予定だと言ってたな」

「うん」

「俺がディアナのパートナーになるから」

「……いやいや!? お兄様、デビュー時は親兄弟親戚がパートナーになるのは普通だけど、他のパーティーは、お兄様でなくても……」

「ディアナに変な虫が付いたら困るだろう」


 その変な虫という婚約者候補の子息を探しに行きたいんですよ。


「明日、お父様にパートナーを探してもらう予定でいたの! お兄様はお仕事も忙しいし、無理しないで――」

「無理なんてしていない。ディアナに関することが一番だから」

「……で、でも」

「父上がディアナに、その辺の得体のしれない貴族子息などを見繕ってくると思うか?」


 貴族子息なら、得体が知れないはずないんですけど?


 その後も、無駄な足掻きのロミオ説得が続くのだった。

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