第21話 遠慮したい婚約者候補
ディアナが社交界にデビューして、数日後。
ディアナは父の執務室をノックして、父の返事の後に部屋に入った。
「お父様、お仕事中にごめんなさい。少しお話したいのだけど、いいですか?」
「いいよ。来なさい」
父は笑みを浮かべ、執務机の前の椅子から立ち上がると、テーブルソファーセットに移動した。ディアナは父の斜め横のソファーに座る。使用人がお茶を用意してくれて、父がカップを取る。
ディアナは少し緊張していた。ずっと気になっていた第一王子との婚約について、王家から話が来ていたりしないのかを聞こうとしていた。もし来ていたらどうしようと思いつつ、もし来ていても拒否すれば父に嫌われたりしないかなど悩んで、今まで聞けなかった。ただ、一人悶々とするのもそろそろ限界で、勇気を出して聞くことにしたのだ。
「ディアナ、話とは何だ?」
「あの……私に縁談って来ていますか?」
げほっと父が咳き込む。
「お父様!? お茶が熱かったのでは……火傷なさっているんじゃ……」
「……いや、大丈夫だ。気にしなくていい」
カップをテーブルに置いた父は、困惑と怪訝が混ざったような表情で口を開いた。
「ディアナに縁談は、昔から時々来てはいるが……何故急にそんなことを聞く? もしや、す、好きな男でもいるのか?」
「え!? いいえ! そういうわけではなく……その……不敬だと思われたら困るので、ここだけの話にして欲しいのですが、王子たちのどちらかから縁談が来ているなら、嫌だなと」
「……そういうことか」
父はほっとした顔をした。
「正式な打診は来ていないが、確かに王家から王子のどちらかと婚約しないかと話題になったことはある」
「そ、それで、お父様は何と返事を?」
「もちろん、うちの娘はまだどこにも嫁に出す気はないと答えた」
ディアナはほっとして、父に笑みを向けた。
「ディアナは……第一王子の女癖が悪いという噂を知ってるんだな。だから嫌なのだろう」
「はい。……でも、それだけではありません。二人の王子のどちらが後継になるのか決まっていませんから、公爵家の娘の私がどちらかと婚約すれば、その方が後継になられるかもしれません。そうなれば、私は将来王妃の可能性もあるでしょう。私は……王妃になる自信はありません。とても荷が重いので、遠慮したいです」
第一王子と第二王子は、母も父も同じ二歳差の兄弟だ。タリア王国の王族の後継者は、第一子だとは法律上も決まっていない。ただ、基本的には、順当にいけば第一子が次期王となるのが歴代の常だった。
しかし、第一王子は女癖が悪いと評判で、あまり真面目でもない。逆に第二王子は女性との噂はまったくなく、真面目と評判だ。だからか、第二王子を後継者にと推す声も上がっているのである。
逆行前は、キャピレット公爵家に戻ることになったディアナは、後継者になれぬかもと焦った第一王子に利用され、あのクズの第一王子と婚約することになってしまったのだ。キャピレット公爵家の後ろ盾を得た第一王子は、王太子となった。それは、ロミオとジュリエットが一緒に亡くなるというスキャンダルも絡んだからこその婚約であった。王家と公爵家の醜聞を払拭させるため、また繋がりを強くさせるための婚約。
逆行前はせめて第二王子なら、とも思ったディアナだが、逆行後はどちらの王子も遠慮したい。それは、父に言った通り、ディアナには王妃は荷が重いからだ。よっぽど思い人相手ならともかく、情もないのに逆行前に受けた王妃教育を再びしたいとは思えないし、将来はもう少し穏やかに過ごしたい。
「心配しなくていい。もし王家から正式に縁談が来たとしても、断るつもりだ。どちらの王子にもディアナを渡す気はない。ディアナの意に沿わぬ婚約などさせはしない」
「ありがとうございます、お父様! ……あ、でも、もしそうなった場合、王家を怒らせたりはしませんか?」
「王家からの縁談だとしても、モンタール公爵家でなくとも断る権利はある。それに、我がモンタール公爵家は、王家の顔色を必ず伺う必要のある家門ではない。ディアナは何も気にしなくていい」
王子を断っても何も問題なさそうと聞き、ディアナはほっとした。逆行前とは状況が違う。ロミオとジュリエットが生きていて、公爵家に醜聞もない。だから、王子とほぼ強制的に婚約する必要もないのだ。
「良かったです。……そういえば、王子以外にも私に縁談は来ているのでしょうか?」
「……まあ、来てはいるが。全部断った」
「全部断った!?」
「私の娘に相応しい相手がいないのでな。ディアナはまだ社交界に出たばかりだ。まだ小さいし、今は見分を広げるくらいがちょうどいいだろう」
「お父様? 私は十七歳です。あと数か月すれば、十八歳で結婚できる年齢です。もう子供ではありませんわ」
「ディアナは寂しがりだから、まだ子供だ」
あっれぇ。父とロミオの認識が一致しているが、何かがおかしい件。
父はディアナの頬に手を伸ばした。
「十七歳など、まだ親元にいなければならない子供だ。だから、まだ私の近くにしばらくいなさい。焦らずともディアナには縁談は多い。私がディアナに相応しい夫を見つけるまで、のんびりと待っていればいい」
これは、結婚すれば娘が離れていくと寂しがっているのは父のほうだ。ディアナを手放したくないと思ってくれていることに感動する。
席を立ち、ディアナは父の横に座って父に抱きつく。父はふっと笑った。
「ほら、ディアナは寂しがりだろう」
「本当ね、お父様」
きっと、もう大丈夫。本当の親子以上に親子の愛情があると思えるから。
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