第18話 役に立つ娘になりたい1

 ディアナはその日、護衛を連れてモンタール公爵家の持つ青騎士団へ向かった。目的は、騎士団の施設の中にある魔術師団の建物の一室だ。そこは魔術師団所属の従兄妹クリスが構える実験部屋。アカデミーを卒業し、クリスが昔から言っていた通り、彼は魔法騎士の一人として配属されているのだ。


 クリスの部屋をノックし、どうせ返事などないと分かっているので、ディアナは勝手に部屋に入室した。ディアナが家から連れて来た護衛騎士は、クリスの部屋の前の廊下で待機だ。


 部屋の中はガラクタのような物で散乱しているが、クリス曰く、「どこに何があるか把握しているので、勝手に片付けるな」とのこと。ディアナは家具や物の間を縫うように歩きながら声を出す。


「クリスー?」


 そう声を掛けながら部屋の奥へ進むと、何やらクリスは机の前で真剣な顔で没頭している。ディアナはクリスに近づき、音を遮断する用の耳当てをしているクリスの頬を指でツンとした。


「わぁ!? ……ディアナ? あれ、今日って君が来る日だったっけ?」


 耳当てを取るクリスに頷いた。


「今日は会う日だよ。集中してたみたいだけど、大丈夫? ちゃんと寝てるの?」

「当たり前じゃないさ。寝不足は美貌の大敵なんだからね」

「ならいいのだけれど。きりがいいのならお茶にしましょう。苺タルトを持ってきたの」

「いいね。すぐに行くから、あっちのテーブルに行ってて」

「分かった」


 部屋は散乱してはいるが、一つのテーブルだけは綺麗なままだ。いつもここで食事したりはしているらしい。クリスはエデッド侯爵家の次男だけれど、あまり家には帰らずここで寝泊りしている。


 テーブルの上にあるポットに水を入れ、そのままテーブルに置いておく。これは魔道具の一種で、五分ほどするとお湯が沸く仕組みなのだ。家から持ってきたお茶セットと苺タルトを用意していると、クリスが椅子に座った。


「君が来てくれてちょうどよかったよ。お腹空いてたかも」

「朝食と昼食は食べてないの?」

「朝食は食べたよ。昼食は忘れてた」

「もう。食事はしないと駄目よ。また魔道具の開発に熱中してたのね」

「まあね。任務のない時しかできないからさぁ」


 青騎士団所属のクリスだが、その中でも魔術師団は特殊で、一般騎士より外での活動の拘束時間は長くない。その代わり、特殊な任務に就くことことが多いわけだが、任務以外の時間は比較的自由があるという。魔力が高く魔法の才能もあるクリスは、魔道具作りを趣味にしていて、時間があれば自室で魔道具作りに精を出しているのだ。


 クリスと共にお茶とお茶菓子を楽しみながら、口を開いた。


「この前、私の白ジェムを持って任務に行ったのでしょう? どうだった? 使ってみた?」

「使ったよ。ロミオに感想聞かなかった?」

「お兄様は、ほら、反対してるでしょ? 聞きづらくて」

「相変わらずの心配性だね、ロミオは」


 ジェムは、いわゆる宝石などの鉱物のことだ。


 数年前、魔道具作りが得意なクリスに相談した。ディアナの神聖力が役に立つような魔道具が作れないかと。魔道具は魔力を動力源とするため、神聖力を使う道具をすぐに作るのは難しいとのことだった。その代わり、魔力を持つ魔法石のように、石に神聖力を付与することは可能かもしれないという代案を貰った。


 そこで、いろんな宝石にディアナの神聖力を込める実験を繰り返した結果、神聖力を込められる宝石を見つけたのだ。その宝石が白色をしているので、ディアナは「白ジェム」と呼んでいる。


 その白ジェムに治癒治療に特化するようイメージしながら神聖力を込め、クリスに渡したのだ。特殊な任務で怪我や体に異常があった時に使ってみて欲しいと。


「この前の任務、地方の人があまり住まない沼地で瘴気溜まりが発生していて、瘴気と、あと沼から毒ガスが発生してたわけ」

「毒!?」

「瘴気溜まりは年に数回は発生するからいいとして、問題は沼と毒ガスの方。瘴気溜まりから発生した魔物が毒系で、沼を毒化させてた。まあ、人が住まない場所だからそこは良かったとして、瘴気は別として毒は予想外だったから、毒に当たった騎士が何人かいたね。まったく、アホなのかな。瘴気溜まりがあるんだから、魔物がいる場合もあるし、魔物がいるなら、毒系の可能性もあるじゃないのさ。それを油断しすぎと思わない? 騎士なのに。アホかな」


 クリスは相変わらず毒舌家だ。まあ、昔は誰にでも毒を吐いていたけれど、今はディアナやロミオなど親しい人を選んで毒を吐いている。そのあたりは成長したと言っていいだろう。


「で、そこでディアナの白ジェムの出番。どれくらい効くかなって、実験のつもりだったんだけど、毒で状態異常になってた騎士は全員回復したよ。さすが僕の従兄妹。やるじゃないのさ、白ジェム」


 クリスがディアナの頭を撫でた。ディアナは照れながら笑みを浮かべる。


「あと、ついでに、怪我した騎士もいたから怪我にも白ジェムを当ててみたら治った」

「そうなんだ! 良かった!」

「これ、すごく効くね。神聖力に対する認識を変えた方がよさそう」


 クリスはポケットから白ジェムを取り出すと、テーブルに置いた。


「じゃあ、もう少したくさん神聖力を込めた白ジェムを作って来るね。騎士は怪我が付きものだし、必要でしょ?」

「ありがたいけど、ロミオが反対してるでしょ。騎士団で使うにしても、当分は青騎士団の中で僕がいる時に使うことになるだろうね。しかもディアナが作ったことは内密になると思うよ。神聖力が使われてるとも今は言えないし。僕がいる時のみってなると、僕が作ったのかもと周囲に思われることになると思うけど、ディアナはそれでもいいの?」

「当分内密って……どうして?」

「これをディアナが作ったって、大々的に知られたらどうなると思う? ディアナの争奪戦が始まる」


 ディアナはきょとっとした目でクリスを見た。


「……? 争奪戦って?」

「白ジェム製作者の囲い込み。青騎士団だけでなく、他の騎士団もディアナが欲しいだろうね。まあ、ディアナは公爵令嬢だから、表向きは白ジェムの製作者としてではなく、誰か貴族子息の婚約者に欲しいと言ってくると思う」

「……えー」

「そのうち、騎士団だけでなく、商会とかからも取引の打診が来るようになると思うよ」

「な、なるほど。もしかして、お兄様が反対してるのは、そういう意味だったの? 私が疲れるからとか、体調が悪くなったらどうするとか言ってたんだけど」

「ディアナの体調が気になるのも本当だと思うけどね。神聖力を使ったからって体調が悪くなるとは聞いたことないけど、僕等は魔力が枯渇するとぶっ倒れるし、そういう意味でディアナが心配なんでしょ。しかも、白ジェムに神聖力を使うってことは、ディアナのためでなくて他人用のためってことだから。シスコンロミオは、妹が他人のために疲れる様子を見るのは嫌なんだ。……まあでも、一番の理由は、ディアナを婚約者にしたいと目の色を変える男どもの前に出したくないだけだろうけどね」


 ディアナがクリスに神聖力を使ったものを作りたいという相談をしていた時から、それに関してロミオにも伝えていたのだが、ずっとロミオは反対だった。とはいえ、反対はするけど、邪魔をするわけでもない。だから、クリスとやり取りできていたわけだが、ロミオはディアナが考え付かないことを色々考えているんだなぁと感心する。


「そういう理由なら、私が製作者っていうのは内密でいいよ。クリスが当分は隠れ蓑になってくれるんでしょ?」

「隠れ蓑っていうか、僕が作ったのと聞かれても、肯定も否定もしないってだけ」

「いいよ、それで。白ジェムを使えば騎士たちが助かるなら、使って欲しいから」

「欲がないね。普通、制作者は自分の名前を売りたいものなのに」

「私は、神聖力が役に立てればいいなって思うだけだから」


 ディアナにだって欲はある。ディアナには魔力がなく、代わりにあるのは神聖力。神聖力を重要視しないタリア王国では、ただの一般人。公爵令嬢で何もできないディアナは、深窓の令嬢と言ってもいい。それって、あまり役にも立たない娘のような気がしていた。政略結婚で他家に嫁ぐしか役に立たない娘。


 政略結婚が嫌なわけではない。公爵家の娘である以上、家同士の結婚となったとしても理解している。とはいえ、第一王子のようにどうしても結婚したくない相手はいる。もし、そういう相手から婚約の打診があった場合、「嫌」と言っても許されるくらいにはなりたい。それに、今では父やロミオから愛されている自覚はあるから、きっとディアナが本当は実の娘ではないと分かっても、手放さないでいてくれる。そう思いつつも、少しの不安はまだある。


 だからこその白ジェムだ。白ジェムのように人の役に立つものが作れるなら、父やロミオに絶対に手放したくないと思ってもらえるのでは。そういう欲から作った白ジェムなのだ。騎士たちの助けになるなら、という理由は本音ではあるけど、理由としては二番目だ。

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