第19話 役に立つ娘になりたい2
白ジェムの話題は終わり、苺タルトを食べ終わったクリスが、一度立って何かを持ってきた。それをテーブルに置いて、クリスは再び椅子に座る。
「何これ?」
「ディアナ用の通信具。ちょうど今朝できたから渡しとく」
「ありがとう?」
通信具は魔道具でもあり、騎士同士がやり取りするときに使うと聞いている。通信具は価格が高いから、資産持ちの貴族の家にもあるが持っている人は少ない。ちなみに、モンタール公爵家には父とロミオで二個ある。それぞれ、騎士団にも所属しているからだ。
でもなぜ、通信具をディアナが持つことになる? ディアナは騎士団に所属していない。
「ったく、これ作るの大変だったんだからね。ロミオが煩いから、わざわざ映像も出るようにしたんだから」
「映像も?」
普通、一般的な通信具と言えば音声のみだったはず。
「さっき言ってた毒ガスが発生した沼の任務の件。あれ、ロミオも一緒の任務だったんだ」
「うん。二日くらいかかったやつだよね」
「それだよ。瘴気だけならまだしも、毒の対処も必要になっちゃって、急遽泊りになったでしょ。もう、それのせいでロミオの機嫌が悪いのなんのって。ディアナに会えない、顔が見たい、声が聞きたい、抱きしめたいって、ずっと僕に言ってたんだから」
「あはは……」
「笑いごとじゃないんだけど?」
そんな文句言われても、ディアナには何もできません。
「シスコンも行くところまで行ってる感じだよね。ディアナはロミオがウザくないわけ」
「うーん……あまり? お兄様、すごく優しいし可愛がってくれるし、お兄様が大好きだもの。まあ、お友達とのお茶会にまでついて来るのは、ちょっと恥ずかしいんだけど嫌ではないかな?」
「そういえば、ディアナもブラコンだったね。需要と供給がぴったりだから二人はいいけどさ。ロミオのシスコンは、周りは少し迷惑だからね。ロミオの機嫌が悪いと他の騎士が怖がって、僕に伝言してとか言ってくるんだから。みんな怖がり過ぎじゃない?」
「お兄様って時々怖いよね。うちのポポとよく喧嘩してる」
「ポポってディアナの飼い猫だよね。なに、ロミオってペットにまで牽制対象なの? 人間動物性別関係なく、ディアナに近づく何かは敵なわけ」
うん、そうかもしれません。
ちなみに、クリスには見えていないだろうが、ポポは猫姿のまま今もディアナの傍にいる。外出するときは、いつもディアナ以外には見えないようにしてついて来るのだ。相変わらずのストーカーである。
「ロミオのシスコンの深さは底が知れないね。……まあいいや。これの説明をしとく」
通信具は、いつかまたロミオが泊まりで仕事に行く日なんかに使ってとのことだった。
クリスはディアナの横に椅子を寄せ、再び座った。そして、見た目は手乗りサイズの紫水晶な通信具を指す。
「ロミオから通信が来た場合は、通信具自体が震えるから分かると思う。何か固いテーブルの上にでも置いておいて。すると震えれば若干音がするはずだから。あと、音を鳴らしたり光らせたりも可能だけど、今はその機能は切ってる。そのあたりの設定をしたければ、こっちを触ればいいよ。試して分からなかったら僕かロミオに聞いて」
「うん」
「ロミオからの通信に出る場合は、てっぺんを一度押せば繋がる。ディアナからロミオに通信する場合は、てっぺんを三秒くらい押せばロミオに繋がる」
「そうなんだ。クリスに繋げるには?」
「僕には繋がらないよ。これ、対ロミオだけの通信具だから」
「そうなんだ!?」
「ディアナの可愛い声と顔を僕が見るのは許せないらしい。まったく僕に作らせといて、どういうことなんだか」
クリスはぶつぶつ言っている。
「で、どうする? 一度試しにロミオに通信してみる?」
「うん! ……でも今のお兄様って仕事中だよね? 通信してもいいかな?」
「駄目な場合は通信に出ないだろうから、してみるだけならいいと思うよ。まあ、君の通信に出ないはずないけどね」
試しに、ロミオに通信してみることにした。通信具のてっぺんを三秒ほど押して、ロミオへ通信してしばらくすると、ロミオの顔が空中に映し出された。映像でもロミオの美形はいつも通りだ。
「お兄様! わぁ、これすごーい!」
『ディアナ。出来たんだ通信具』
「うん。今、クリスに貰ったの。近くにいないのに、お兄様の顔が見れて声が聞けるなんて不思議」
『ディアナは映像も音声も可愛い。……ところでクリス、ディアナに近すぎ。離れてくれる?』
「……!! 通信具を作ったの僕なんですけど!? 文句より感謝が先じゃないかな!? 君の兄は、シスコンが過ぎるよね!」
「ごめんね、クリス」
通信具が上手くいくか、確認の意味でディアナと一緒に横で通信具を覗き込んでいただけのクリスなのだが、ディアナと顔が近いのがロミオは気になったのだろう。苦笑するしかない。
クリスは従兄妹で小さい頃から仲が良いので、クリスと二人で会うことはロミオは許してくれてはいるが、ディアナが騎士団の施設へ行くのはロミオはあまり好きではない。騎士は男性ばかりなので、「ディアナを口説こうとする奴がいるかも」と警戒しているのだ。青騎士団では、ロミオのシスコンもまあまあ有名なので、誰もディアナに声はかけないだろうとディアナは思っていたのだが、そうでもない。時々、ロミオの目を盗んでディアナに話しかけようとする騎士はいる。
つまり、ロミオの予想通りというわけだ。父やロミオがディアナの夫に推す騎士ではないなら、ディアナとしても仲良くする気はない。だから、騎士団へ行く時は護衛騎士も連れてるのだ。
でも、このままではディアナに婚約者ができる日は、いつになるのだろうか。公爵令嬢のディアナにも婚約の打診は来ているだろう。父は何も言わないってことは、父の眼鏡に叶った人はいないということだ。こうなると、自分で探してもいいとは思うが、お茶会にもついて来るロミオが近くにいる時は難しいだろう。
ディアナはもうすぐ社交界へデビューする。そうなれば、夜会などでまだ婚約者のいない貴族子息と会う機会は増える。そこが婚約者探しの本番だ。自分で良い子息を見つけて、第一王子から打診がある前に誰かと婚約しておきたい。
ふと、まだクリスとわあわあと言い合いをしているロミオに目が行く。ロミオにもまだ婚約者はいない。ジュリエットと出会う前に、ロミオにも婚約者を作りたい。再びそう思うと同時に、ロミオと婚約する見知らぬ未来のロミオ妻を想像して、少し胸が痛くなる。その痛みに、ディアナは気づかぬ振りをするのだった。
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