第16話 迫りくる危険の序章1 ※オルランド司教視点

 神聖帝国マリデンの神殿所属である司教オルランドが、海を隔てた隣国タリア王国へ入国したのは、約半年ほど前だった。それからキャピレット公爵家を訪問し、現在はキャピレット公爵家の客人として屋敷に住まっている。


 オルランドがキャピレット公爵家へやってきた目的は、公爵家の娘ジュリエットだった。オルランドは十九歳で聖職者ではあるが、銀髪に水色の瞳で美形と名高く、聖職者と知ってもなお、オルランドに近づこうとする女性は多い。つまりは、オルランドの美貌と色仕掛けにより、ジュリエットの心を掴み、神聖帝国マリデンに連れ帰ろうと思っていた。


 神聖帝国マリデンは、過去、皇帝一家がタリア王国へ亡命し、それからというもの、仮政府として皇家より権力が高かった教皇が皇帝代理として国の最高責任者として立っている。皇帝の血筋は国内に遠い親戚程度の人物しか残っておらず、代理というものの教皇はほぼ事実上の皇帝として、十年以上君臨している。


 しかし、教皇の権威は最近は陰りが見えている。というのも、神殿の象徴である聖物が約七年ほど前、急に効力がなくなったからだ。


 国の建国当初、聖物は五個ほど作られたと聞く。一番大きいのはゴブレットで、中央神殿の祈りの場にあった。ゴブレットからは勝手に水が溢れ出し、その水は神聖力を含んでいることで、飲めば怪我や病気は一気に消え去る。誰もが神殿を敬い、神殿には信者による布施として金銭が多く集まった。


 もう一つの聖物は、教皇の持つ指輪。教皇は神聖力が多い人だったが、その指輪でさらに神聖力を増やし、その影響力で権力を欲しいままにした。


 残りの三つの聖物だが、建国から何百年と年数が経ち、紛失したと聞いていた。しかし、そのうちの一つは、オルランドの六つ上の姉アンナが持っていたのだろうと推察していた。


 神聖力のなかったアンナだが、急に神聖力が使えるようになり聖女として崇められていたのだ。どこで探し当てたのか分からないが、アンナの額にしていた飾りが聖物だったのだろう。それも、ゴブレッドなどの聖物の効力が無くなったと同時に、アンナの神聖力も無くなり、今ではアンナはどこにいるのかも分からない。聖女であることで横暴に振る舞っていたから、誰かの恨みでも買っていて消されたのかもしれない。


 まあ、アンナの消息など、どうでもいい。血の繋がりは父の半分だけで、兄妹なんて十人は超えているのだから。


 オルランドは教皇の息子だった。教皇は結婚できないが、父には愛人がたくさんいる。その分、子供もたくさんいるのだ。


 その子供たち、オルランドの兄弟間で、現在次期教皇候補の争いが激化している。その中でも、オルランドを含む三人の兄弟の誰かが次期教皇になるだろうと目されていた。三人とも神聖力が豊富で、年齢も近い。もちろん、オルランド自身も教皇になるつもりで動いている。


 聖物の効力が無くなり、聖物のゴブレッドは神聖力の豊富な水を出さなくなった。しかし、神殿はそれを誤魔化すために、神聖帝国マリデンでは忌み嫌われる魔力を使った魔道具を使って、勝手に水を溢れさせるだけのゴブレッドを祈りの場に置いている。ゴブレッドは神殿の象徴でもあり、信者たちが毎日加護にあやかろうと祈りにやってくるからだ。ゴブレッドは金の生る木なのだ。


 しかし、聖物の効力はなくなったのではという噂が広まっている。それと同時に、神殿の権威と影響力も落ち気味なのだ。神殿には神聖力を持つ神官がいるからまだ体裁は保てているが、それもいつまで持つか。


 だからオルランドは、タリア王国に亡命した皇帝一家の生き残りを連れ帰ろうと思ったのだ。聖物の効力がなくなったのは、皇帝一家が国にいなくなったからの可能性がある。


 聖物は建国時、皇帝から神殿に贈られたもの。教皇は認めないが、女神マリデンは神殿ではなく、皇帝の血筋に加護を与えたのだ。それを建国から年月が過ぎ、神殿の神官にこそ女神マリデンから加護を与えられたと勘違いした。しかし、教皇も聖物が使えなくなった今では、皇帝こそ女神マリデンの寵児だったと思い直している。


 皇帝一家の血筋を帝国に連れ戻し、傀儡としてもう一度皇帝として君臨させる。そうすれば、女神マリデンの加護は聖物に戻り、神殿の権力も昔のように戻って来るだろう。


 教皇が昔、皇帝一家に暗殺者を送ったらしいが、全員は殺せなかったと悔しがっていた。しかし、今となっては生き残りがいて良かったと思うべきだ。


 必ずオルランドが皇帝の血族を一人連れ帰る。そうすれば、その功績でオルランドこそが次期教皇になれるはず。


 そして、半年前にタリア王国に入ったオルランドは、キャピレット公爵家へ足を踏み入れた。


 しかし、オルランドは最初こそ門前払いだった。それはそうだ。皇帝一家の暗殺事件は黒幕こそ分からなくても、教皇の関係者だろうことは想像しているだろうから。それでも、熱心にキャピレット公爵に会いに行った。神聖帝国マリデンの聖職者として、帝国の主、皇帝の血筋に敬意を払うために来たのだと。


 オルランドは、キャピレット公爵に公爵夫人の目と足を治してみせるという甘言で懐に入った。暗殺事件で目が見えなくなり、歩けなくなった元皇女の公爵夫人をキャピレット公爵は今でも大事にしているとのことだったから、付け込むのは簡単だった。


 タリア王国にも神聖力の使える聖職者はいるが、神聖帝国マリデンの聖職者ほど神聖力は高くない。神聖力より魔力が重要視される国でもあるから、神聖力を頼って怪我や病気の治癒をさせることは一般的ではないという。


 しかし、それこそオルランドの出番。だが、一気に公爵夫人を治すことはしない。少しずつ治していく。その間、キャピレット公爵家に滞在中に、目を付けたジュリエットの情報を探る。公爵夫人を治癒させているからといって、オルランドの信用は高いわけではないため、ジュリエットには簡単に会わせてもらえなかったからだ。


 ジュリエットに近づくことへの警戒が強くても、使用人の警戒は緩かった。ちょっと女性使用人と懇意になれば、彼女らはペラペラと主人たちの情報を教えてくれた。


 そして、公爵夫人の目がはっきりと見えるようになるまで回復した頃、オルランドの滞在する客室で裸で横になる女性使用人から、面白い話を聞いた。

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