第二章 大人時代
第14話 自他ともに認めるシスコン
子供の期間は過ぎるのが早いもので、気づいたらディアナは十七歳になっていた。
この日は、友人の侯爵令嬢ベルタの屋敷でお茶会の予定だ。馬車から降りたディアナは、にこやかに出迎えてくれた友人の、しかしどこかニヤニヤとした感情が含んでいることに恥ずかしく思う。
「ようこそ、ディアナ」
「お招きありがとうございます、ベルタ」
「ロミオ様も。招待はしていませんけれど、席は用意していますわ」
「ありがとう」
そう、親しい友人だけが集まる令嬢たちのお茶会に、なぜか勝手にロミオが付いてきている。しかも友人たちはみんな、最初からロミオがついて来るだろうことも想定済みのようだ。
ああ、恥ずかしい。なぜ十七歳にもなって、お茶会に保護者付き。無駄だと分かっていたけれど、ロミオに「一人でお茶会に行ける」と言ったのだが、もうね、この通りですよ。
侯爵家の敷地の一室には、ディアナを含む六人の令嬢の席が用意されていた。そして、同じ部屋の少し離れた場所に、ロミオが座る席が用意されている。一応、ロミオの席からこれだけ離れていれば、よっぽど大声でなければ話の内容は聞こえないだろう、というくらいの距離は取られているけれど。
ディアナがロミオのエスコートで部屋に入ると、すでに到着していた令嬢たちが「きゃあ」と黄色い声を上げた。それは、ロミオがニ十歳になり、幼少期から美形だった顔に磨きがかかり、美形過ぎると有名、かつ、公爵令息で現在婚約者にしたい筆頭だからだろう。友人たちは、ロミオをいつも見ているだけで幸せだと言っている。まあね、黄金のような眩い金髪に碧眼は、どこからどうみても正統派王子様だものね。
しかし。
「ほーら、やっぱり、いらっしゃったわ」
「ベルタの家が会場では心配ごとがあるものね」
「でもこれじゃあ、賭けにならないわ。みんな来る方に賭けたのでしょう?」
みんな、一応小さい声で話しているものの、全部聞こえてますよ。
もう、令嬢が賭けとか止めなさい。そう言いたいけれど、ディアナ自身も十中八九ロミオは一緒について来るだろうと思っていたので、何も言い返せない。恥ずかしいばかりだ。
ロミオはディアナを席までエスコートすると口を開いた。
「ディアナ、楽しんで。俺はあっちにいるから」
「うん」
ディアナが席に着くと、友人たちの視線が一斉にニヤニヤとディアナを見た。
「相変わらずのシスコンっぷりね」
「ソウデスネ……」
「愛されてるわぁ! まあ、私たちはロミオ様の美顔を拝見できて役得ですけれど」
「もう、みんな、面白がってるでしょ……」
ロミオがシスコンだと最近では友人たちの中で有名になっていた。ロミオの世界はディアナを中心に回っている。ロミオの友人もディアナの友人も、それが共通認識になっているのだ。
ディアナの行動範囲は広がり、令嬢の友人ができるようになると、ロミオはたびたび一緒についてきたり、送り迎えしたりしてくれた。仲の良い兄というものは、こういうものなんだ。ディアナはそう思い、特に違和感を持っていなかった。友人たちも「美形のロミオとお近づきになれるなんて」という感じで、「カッコいいお兄様で羨ましい」と言われ、兄が褒められると嬉しいものだった。
しかし年を重ねるにつれてまだついて来るロミオに、さすがに友人たちは「ロミオは重度のシスコン」というレッテルを貼った。十七歳のディアナは、婚約者がいてもおかしくない年頃なのに、悪い虫がついたら困ると、ロミオはディアナに近づく男性には容赦ない。
しかし、令嬢しか来ないお茶会にまで、ロミオがついて来るのは毎回ではない。今日のお茶会は、侯爵令嬢ベルタの屋敷が会場で、ベルタにはロミオと同じ年齢の兄がいるのだ。それを分かっているから、ついて来るのである。
そう、今日も今日とて、ロミオはディアナの虫よけなのだ。ああ、丁度、ベルタの兄が部屋に入ってきた。それを目ざとく察知したロミオに、ベルタの兄はロミオの席まで引っ張られて行く。ベルタ曰く、ベルタ兄はディアナを婚約者にしたいらしいとのこと。
「お兄様もディアナのことは諦めればいいのにねぇ。ロミオ様が許すはずないわ」
コロコロと、友人たちが可笑しそうに笑った。ディアナは嘆息するしかない。
ディアナは少し声を抑えて、口を開いた。
「みんなはお兄様を素敵だと言っているでしょう? どうなのかな。お兄様の婚約者になりたいって思う?」
友人たちは、「まさか!」と笑った。
「ロミオ様は素敵だけど、私は観賞用なのよね」
「私もそうよ。そりゃあ、昔はロミオ様と結婚できたらなって思ったこともあるけれど、ディアナが妹ではねぇ」
「妻より妹を大事にする夫。ないわぁ」
「私たちは、基本、家同士の結婚でしょ? 恋愛結婚は端から諦めてるけど、結婚したら少しは愛が欲しいじゃない? ロミオ様じゃ、最初から愛は諦めなければならないでしょうし。ないわね」
そうですか。婚約者にしたい筆頭なのに、ディアナの友人からはなんて残念な評価。
「ディアナだって、十分ロミオ様にブラコンじゃない。ロミオ様に婚約者なんてできた日には、泣くんじゃない?」
「う……」
それはそうかもしれない。ディアナも立派なブラコンだった。ロミオのシスコンに、ちょっと重めかしら、と思うことはあるし、友人の前でもシスコンなロミオに恥ずかしいとは思うものの、ロミオに可愛がられるのも構われるのも好きなのだ。十年以上、一緒に過ごしてきたロミオの愛情が婚約者に向くとなると、間違いなくこっそり泣くと思う。
しかし、ロミオがジュリエットと恋に落ちる前に、何としてでもロミオに婚約者を作っておきたい。ロミオがジュリエットと出会うまでに、もう一年も残っていないのだ。ずっと、ロミオにジュリエットとは違うタイプの女性を好きになるよう刷り込みしているが、それが効いていない気がしている。だから、ディアナは少し焦っていた。
友人たちはロミオに多少なりとも関心がある。友人たちでもロミオの妻になるのは嫌と思ってしまうけれど、友人たちの誰かなら、ディアナも諦めがつくかもしれない。そう思っての質問だったのだが、友人たちは揃って「ロミオはない」らしい。なんだか残念な兄と言われているようで悔しいような、ほっとするような、そんな複雑な気持ちだ。
「た、確かに、お兄様に婚約者ができたら泣くかも。……私も早く婚約者を見つけなくちゃ」
「それも難しそうよね。ロミオ様が許さないだろうから。私も早く婚約者が欲しいわ。人のことを言ってる場合じゃないわね」
「私もよ。この中では、婚約者ありは二人だけだものね。いいな、私も早く見つけたい」
「あら、この前、いい感じの令息がいるって言ってなかった?」
「……それが、他の令嬢と婚約したんですって」
「あらあらあら。……次に行きましょ」
令嬢たちのお茶会の話題といえば、最近は婚約者候補の話題が多い。ディアナの仲の良い友人たちは、気を使うことも少なく、ディアナも気が楽だ。楽しく会話して、あっという間に時間が過ぎていく。
気づいたら夕方になり、お茶会はお開きとなった。
ロミオのエスコートで我が家の馬車へ向かっていると、ベルタとその兄がお見送りをしてくれた。
「ディアナ嬢、また……」
ベルタ兄が話しながらディアナの手を取ろうとしたところ、ロミオが彼の手を取った。
「……ロミオ。俺には男と仲良く握手する趣味はないんだが」
「俺もだ」
二人とも、握手する手に力が入っていませんか? ディアナは苦笑いしながら、ベルタとその兄に挨拶して、ロミオと馬車に乗った。
馬車が動き出す。ロミオはディアナの腰を抱いて口を開いた。
「今日は楽しかった?」
「うん。色々と情報交換もしてきた」
「ふーん。どんな話題で?」
「婚約者候補に誰が人気かとか、そういう話」
「ディアナには必要なさそうな話だね」
「私にも必要でしょ? 私だって、いつかは結婚したいもの」
ディアナには、第一王子という結婚したくない相手もいるのだ。
「そんな話、ディアナにはまだ早いよ。ディアナは寂しがりで、まだ子供だから。俺がずっと一緒にいて甘やかしてあげるから、他の男のところに行くような話はしないで欲しい」
他の男って、兄は兄、婚約者は婚約者で別ものだろうに。
「お兄様だって、そろそろ婚約者ができるかもしれないでしょ? 私にばかり構ってはいられないわ」
「そんなことない。俺の一番はディアナだから」
ロミオはディアナの額にキスをする。もう、何でうちの兄は、こうも甘々なのか。これだから、兄なのに、ロミオが恋人にでもなったような錯覚をしてしまう。これではいけない。いけないのだ。
「お、お兄様も婚約者ができたら、私よりその人のほうが一番になるんだから」
「ありえないよ。俺の一番は、いつでもディアナだ」
頬が熱い。嬉しがってる場合ではない。久しぶりに、探りでも入れてみよう。
「お兄様が好きなタイプの女性って、どんな感じの人?」
「タイプ? そうだな。金髪で青い目の子とか好きかな。あと、笑顔が可愛くて、泣き顔も可愛い子もいいね」
なにそれ。泣き顔が可愛いかは分からないが、それってジュリエットじゃない。まさか、ディアナが知らぬ間に、ジュリエットと出会っていたのだろうか。さーっと青ざめるのを感じながら、こうなったらもっと直接的に聞くしかない。
「ええっと、お兄様は、もしかしてキャピレット公爵令嬢と会ったことがある?」
「いや? ないけど」
「ないの?」
あれ? やけに具体的だったから、ジュリエットを思い浮かべて言っているのかと思った。
「金髪で青い目の子が好きって言うから、会ったことがあるのかと思った」
「キャピレット公爵令嬢は金髪で青い目なんだ? ディアナはよく知ってるね。会ったことがあるの?」
やっばい。逆行前に見ただけで、逆行後は見たことないのに。
「ええっと、キャピレット公爵令嬢のことは、お茶会でも話題になるから。金髪で青い目のすごく綺麗な人だって有名なんですって」
「ふーん。俺の聞いたことのある噂とは違うね。わがままで傲慢で思い込みが激しい子だって有名らしいんだけど」
「……」
そうなのだ。容姿はともかく、なぜか人柄はそういう噂なのだ。逆行前のディアナが知るジュリエットは、優しそうな人というイメージだったのに。逆行後はどういうわけか、「わがままで傲慢で思い込みが激しい子」として有名になっている。
「で、でも……キャピレット公爵令嬢も金髪で青い目の子だよ。お兄様の好みだから好きになる?」
「……ディアナ、それって嫉妬?」
「……え?」
「俺がキャピレット公爵令嬢に盗られるかもって、思ってるんだ?」
「そ、そんなこと」
あるかも。かぁっと顔が熱くなる。いや、でも、別におかしくはないよね? ジュリエットとは恋に落ちないで欲しくて、ブラコンのディアナは兄を取られたくもなくて、色々と感情がごちゃまぜになっているだけだ。別におかしくない。うん。
「まったく、俺のディアナはヤキモチ焼きで可愛い」
ロミオが頬に何度もキスをする。
「もう! お兄様! ちょっとだけ嫌だなって思っただけなの! だから、何度もキスはやめて!」
「ディアナが可愛いから、止められない」
逃げようとするディアナを離さないで、抱きしめてくるロミオ。このままではディアナのほうがロミオから離れられなくなってしまいそうだ。どうにか、少しずつでも兄離れしなければ。でも、できるのだろうか。不安になるディアナだった。
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