第13話 フラグを折って立てる

「え? 義母上の本を順に読んでる?」

「うん。まだ全部は読めてないんだけど、ちょっとずつ読み進めてるんだ」


 週末の休みのある日。この日はロミオと王都の街へ出かけて買い物して、先ほど帰ってきたばかりだ。母の部屋にある本を順番に読んでいるところで、先日一冊読み終わったから、別の本を取りに行くとロミオに告げたのだ。


「……義母上の日記は読んだ?」

「あの花柄の表紙やつだよね? 日記は読まないよ。お母様の秘密だもの。読んじゃダメなの」


 ディアナは日記を書いていないが、もし書くなら、自分の本音とか書き連ねると思う。それを、例え家族だとしても見られたら恥ずか死ぬ。だから絶対に人の日記は見ない。


 ロミオがなぜかほっとしたような表情をしている。


「でも、何で順に読んでるんだ? 義母上の本は、物語とかではなくて専門書みたいなものが多いよね? あとは女神メリデンに関するものとか。ディアナには難しすぎるんじゃないかな?」

「うん、そうなの。結構難しい。でも、分からなくてもいいんだ。どんな本をお母様が読んでたのかなって、興味があったことを知れるだけでも嬉しいから」

「……そうか」


 ロミオもついて来るというので、一緒に母の部屋へ行く。本棚の上の方に読んでた本を戻し、その隣の新しい本を取ろうとして、その隣の別の本が落ちてしまった。


「あっ」


 本が顔に落ちてくると思い目を瞑ったが、ディアナは痛くなかった。そろっと目を開けると、ロミオがディアナの腰を引いて守ってくれた。


「……ありがとう、お兄様。ごめんね、お兄様に当たった?」

「いや。大丈夫」


 ロミオがしゃがみ本を掴む。ディアナもしゃがんで本の題名を見た。


「……何の本だろうね、これ。題名がない」


 やたら古そうな本。本の背表紙にぎっしりと紋様が描かれている。ロミオがぺらっとその場で本を開くと、何やら中には変わった記号や模様が記載されていた。ディアナはロミオの肩に顔を付けながら、記号をじっと見る。


「何の文字だろう、これ」

「……私、これ読めるかも」

「え?」


 その時、ぴゅーっとやってきたポポが本の上で跳ねだした。何かディアナに訴えているようだけれど、よく分からない。ごめん、ポポ。


「邪魔だな、コイツ」


 なんだか最近、ロミオのポポに対する視線が昔より冷たい件。


「えーっと、この本が気になるの? ポポ」


 ポポはぴょんぴょんと跳ねた。


 ロミオと顔を見合わせ、とりあえず二人で母の部屋のソファーに座る。ディアナが膝の上に本を開いた。その間、ロミオがディアナの腰を抱き寄せていた。しかも、ディアナの額の横あたりにロミオの頬を付けている。ちょっと重い。最近、ロミオが前よりディアナを構っている気がする。気のせいだろうか。


「読めるって、この記号のこと?」

「うん。たぶん、これは神官とかが読める言語だと思う。私も神聖力があるから読めるのだと思うのだけれど」


 一緒に本を覗き込んでいたポポが、勝手に本をパラパラとめくりだした。


「ポポ?」


 ポポは何か、本の内容を見つつ、パラパラ、パラパラと捲る。そして、あるページまで来た時、ページの上でぴょんぴょんと跳ぶ。


「ええっと……このページが何? ……読めってこと?」


 必死にぴょんぴょんと跳ぶポポに戸惑いつつ、ディアナは口を開いた。


『×××× ×××××× ×× × ××××……』


 わりと長いその文章を最初から最後まで読む。すると、シャンッと耳の奥で鈴のような音がした。


「……終わりか? 何て言ってたんだ?」

「うーん……長い言葉だけど、要約するなら『解放』って言ったと思う」

「解放?」


 ポポがプルプルと震えたかと思うと、急に声が聞こえた。


『やったわぁぁぁぁ! やっと解放されたわぁぁぁ! ありがとう、ディアナ! 私の愛し子!』

「へ?」


 今の可愛い声、もしやポポですか?


『あんのクソ野郎どもに力を使われて! 肝心の私のディアナには力を使えないしぃ! もう呪ってやる!』

「……お兄様にもポポの声は聞こえる?」

「聞こえる」

『どうしてやろうかしら。神殿ごと、ぺしゃんこに――っふぎゃ』


 ロミオがポポを掴み、そして力を入れているようだ。


『や、やや、止めなさいよ! 弱い者いじめ反対! 助けて、ディアナ! 魔王よ、魔王がいるわ!』

「お兄様、中身は出さないでね……」

「分かった」

『中身って何よ!? 動物虐待反対!』

「お前は動物か?」


 なんだかカオスな世界。とりあえず、状況説明が欲しいです。


「ポポ、どうして急に話せるようになったの?」

『それは、ディアナが解放宣言してくれたからよ。クソ野郎どもに力を使われずに済むようになったから、私が力を使えるようになったの!』

「クソ野郎どもって誰?」

『そりゃあ、神聖帝国マリデンの神官どもに決まってるじゃない』

「……なるほど?」


 ディアナは女神マリデンの寵児であり、神聖帝国マリデンは女神マリデンの愛する国だったはず。だから、女神マリデンの化身が、というか女神マリデン自身が国に力を与えた。だから、帝国の神官にも力を与えていたということだろうか。


「えっと、ということは、女神マリデンの力は、もう帝国にはないってこと?」

『そうね。そもそも帝国に力を与えていたのは、初代皇帝が願ったからよ。本当は、皇帝の家系のみの加護だったはずなのに、神官どもにも分け与えてくれってお願いされたの。だから、仕方なく与えたんだけれど、神官どもはその力を自分たちの力だと勘違いしているし、皇帝の子孫は年々、権力を神官に奪われていくし。結局、皇帝一家が亡命したのだから、もう帝国に加護を与える必要はないでしょ。私はディアナにだけ加護を与えたかったから夢が叶ったわ!』

「それって、大丈夫? 神官たちの神聖力がなくなったってこと?」

『ああ、違う違う。私が与えたのは聖物。ゴブレットとかネックレスとかそういうものに私の加護を与えてるの。力はさまざまだけれど。その聖物が使えなくなったってこと。本来のその人にある神聖力がなくなるわけではないわ』

「そうなんだ」


 だったら、そんなに影響はないのか? うーん、分からない。


「それで? 力が戻ったというなら、ディアナにどんな恩恵があるんだ?」

『な、ななな、何よ。そろそろ放してよね!』

「俺の質問に答えてからな」

『これからは、思う存分ディアナを見守ることができるわ!』

「今までと何も変わらないじゃないか」


 ポポがぷるぷる震えながらロミオに答えている。女神の化身なのにロミオが怖いのか。


『みんなディアナに平伏せさせるわ!』

「やめて。そんな目立ちそうなこと。私、目立ちたくないの。お父様やお兄様と一緒にいれればいいの」

「ディアナ……。そうだな。ディアナは俺と一緒にいればいいんだ」

『じゃ、じゃあ、神聖力をたくさんディアナにあげる!』

「私の神聖力は元々たくさんある」

『じゃあじゃあ! ディアナがしてもらいたいことがあるなら言ってくれれば、できることは何でもするからぁ! 捨てないで! ディアナの傍にいたいの!』


 なんだか必死なポポが不憫だ。この気持ちは、ディアナの父とロミオに対する気持ちと一緒だ。ディアナを捨てないで欲しい。家族の傍にいたいだけ。だからか、ポポの気持ちが理解できる。


「捨てないわ。ポポはずっと私といていいからね」

『……!! 嬉しいぃぃ! ありがとう!』


 表情は見えないけれど、ポポが嬉し泣きしている気がする。ロミオは嫌そうな顔をしているけれど。


『あのね! ディアナが前に言っていた妖精の姿に今ならなれるわ! なりましょうか? 足を生やす!?』

「足を生やさないで」


 あれは気持ち悪かった。妖精は止めよう。


「他の姿にもなれるの? もしかして、ポポの力が強くなったから、他の人にもポポの姿が見えるようになったりする?」

『見えるようにも見えないようにも、どちらにもできるわ。今はディアナにしか見えないし聞こえないはず。あ、あと、そこの魔王は、ディアナに触ってるから見えるだけ』


 ロミオに魔王は止めなさい。


「じゃあ……猫になれる? 猫なら他の人に見えても私の傍にいても、飼い猫って言えば不自然じゃないから」

『不自然じゃないー!? そんな堂々とディアナにくっつける素晴らしい姿があるなんて! 猫! なりますとも!』

「できれば、白っぽいふさふさの毛並みの短足猫がいいな。青い目の子」

『分かったわ!』


 白い綿毛のポポは、みるみるうちに白い短足猫になった。……可愛いんですけど。


「お兄様、ポポが猫になっちゃった。可愛いね」

「……そうかな」


 ロミオの不機嫌が増した気がするが、無視しよう。うーん、猫なポポが可愛い。抱っこしてポポの体に顔を寄せる。「みゃぁあ」とポポが鳴くと、ロミオがポポのしっぽを攫んだ。


「ディアナに愛嬌を振りまくな」

『別にいいでしょぉおお!?』


 うん、いいよいいよ。可愛いから。


 ポポとロミオの、水と油のような二人の言い合いを聞きつつも、なんだか和むディアナだった。


 まさか、この日の出来事が、逆行前の死のフラグをへし折り、逆に別の不穏なフラグが立ったとは、まだ知る由もない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る