第12話 何かが生まれた瞬間 ※ロミオ視点

 ロミオはその日、アカデミーの試験の日だった。試験さえ終えれたなら、例え試験時間内でも早く帰宅できる、そういう日だった。


 早々に試験を終えたロミオは、早めに帰宅した。きっと早く帰ればディアナが喜ぶ。甘えっ子で寂しがりで、いつもロミオを追いかけてばかりいる妹。


 早く帰って驚かそうと思ったのに、ディアナは講義室にも自室にもいなかった。ということは、きっとディアナは義母の部屋にいるに違いない。


 案の定、義母の部屋から話声が聞こえた。どうやら得体のしれないポポと話しているようだ。静かに扉を開けて、ディアナを驚かそう。そう思って扉を少しだけ開けた時だった。


「お父様は愛してるって言ってくれるし、お兄様も私を可愛がってくれているもの。これなら……いつか実の家族じゃないって分かっても、手放さないでくれるよね?」


 ディアナがそう言っているのが聞こえて、扉を開けるのを途中で止める。


「捨てないよね? 実の娘でなくても、実の妹でなくても、お父様とお兄様、私の事をいらないって……言わないっ……よね?」


 泣きながら不安そうにそう口にするディアナに、ロミオは困惑し驚いて、ディアナの前に出るタイミングを失ってしまった。


 実の家族ではない? 実の妹ではない? ディアナは何を言っている?


 いつもなら泣いているディアナを慰めるロミオなのに、ディアナが泣き止み、義母の部屋から出ていくのを隠れて見ているだけだった。


 何も聞かなかったかのように、ディアナと夕食をして、今日あったことの会話をして、ディアナにお休みと告げた。夕食時、ディアナの顔はいつも通りなのに、うっすらと泣いた痕が見えた。もしかして、ロミオが知らぬ間にいつも泣いていたのだろうか。妹をそんな風に不安にさせて、泣かせていたかと思うと、気づかなかった自分に腹が立つ。


 夜、ディアナが寝た後、ロミオはこっそり義母フローラの部屋へ行った。ディアナの不安は、きっとディアナの勘違いだ。ディアナは妹で間違いない。そのはずだ。義母にあれだけ似ているのだから、まさかそんなはずはない。


 ただ真偽を確認するだけ。「ほら、ディアナは妹で間違いない」そのようにディアナに言えるだけの、明確な答えを得たかった。


 生前から日記を書いていた義母は、出産で両親の家に戻った時も日記は持っていったはず。義母が亡くなった後、義母の形見は父が持って帰ったと言っていたから、きっと日記もあるはずだ。


 本来、他人の日記など見る趣味はないロミオだが、この時は本棚に日記を発見して躊躇なく中を読み進めた。


 ほら、あった。日記の終わりの方に、出産後のことが書かれてあった。


『痛かった! 出産って大変! でも、その痛みも大変さも、私のディアナちゃんの顔を見れば吹き飛んでしまう。私と同じ白金髪に青色の瞳の女の子。とっても可愛くて愛らしい。あの人に生まれたことを手紙で報告したら、とても喜んでくれた。なのにキャピレット公爵と鉢合わせしたくないからって、こちらに見に来ないで私とディアナちゃんに早く帰ってきてというの。もう、そういうところ駄目なんだから。それをエレナに言ったら、エレナの夫も「モンタール公爵と鉢合わせたくない」と言って来ないのよって怒ってたわ。まったく、実は似た者同士なんじゃないかしら。こんなに生まれたてホヤホヤの娘を見られるなんて、今しかないのに馬鹿なんだから。早くディアナちゃんを見て欲しい。それに、ロミオにも抱かせてあげたい。弟妹ができるって、楽しみにしていたから。ロミオは良いお兄ちゃんになると思う』


 優しかった義母。遠い昔の記憶をすぐに思い出せる。


『私のディアナちゃんとエレナのジュリエットちゃんは、とてもそっくり。父親が違うのに、母親が双子だとやっぱり似るものなのね。お父様とお母様は見分けがつかないって混乱していたわ。エレナと私も、娘たちが眠って目を瞑ると見分けがつかない。でも、目を開けていれば見分けがつくの。娘たちは二人とも青い瞳なんだけど、ディアナちゃんは青空のような水色の瞳、ジュリエットちゃんは青色に少し緑色の入ったターコイズのような瞳。よく見ないと二人の色の違いは分からないけれどね』


 ロミオは思わず手で口を覆った。ロミオの傍にいる妹ディアナは青緑の瞳だ。


『あと、驚くことに、ジュリエットちゃんには、腰に『女神マリデンの寵児の印』があったの。もう百年以上生まれていない女神の寵児。お父様もお母様も初めて見たと驚いていたわ。まさか亡命後に生まれた子に印が現れるなんて。これも何かの因果なのか。でも私たちは、もう二度と帝国には戻らない。だから、気にしないことにするってエレナは言っていた。私もそれでいいと思う。私たちの娘は、過去を振り返らず未来を生きるの』


 寵児の印。ディアナの腰にある印。


 まさか本当に、ディアナはロミオの妹ではない? それに、この感じだと、ディアナは……


「キャピレット公爵家の娘?」


 ロミオは、ふらっと眩暈がしてソファーに腰を下ろした。





 ロミオの幼少期、物心ついたときには、すでに実母は亡くなっていた。父は母とは幼馴染と言える関係でもあったらしく、母とは婚約期間も長くて仲も良かったらしい。だからか、母に似た顔立ちのロミオを見るのが辛いのか、父は仕事にのめり込み、うんと小さい頃のロミオは父と接点少なく過ごした。


 それが変化したのは、父が義母と恋に落ちてからだった。いつの間にか結婚した父と義母。義母はロミオにも優しく、ロミオは初めて母ができた喜びを知った。義母がいたから、父も家にいる時間が増えた。父はやっとロミオを見ても、ロミオの母を思い出して辛くなることがなくなったのだろう。


 義母がいて父がいてロミオがいて、弟妹ももうすぐ増える。そんな幸せな時間も義母が暗殺されて、終わってしまった。


 暗い雰囲気の屋敷。ロミオも義母がいなくなって悲しくて、あまり考えたくなくて勉学や武術や魔法の訓練に打ち込んだ。


 時々、屋敷の遠くで見かける妹ディアナ。ディアナは小さくて壊れそうだった。ロミオは赤ん坊とどう接すればいいのか分からず、ディアナとはあまり会うこともなかった。いつの間にか、ディアナは大きくなり、歩くようになってしゃべるようになっていた。それでも、あまり話さないようにしていた。


 いつか、義母のようにいなくなるかもしれない。大事なものを増やすと、苦しくなるのはロミオだ。関わらなければ、無くしても悲しくなることもない。


 でもある日、妹ディアナはロミオに近づくようになった。「一緒にいて」「寂しい」そう言って、ロミオに付いて回る。ロミオが邪険にしても、めげずに時には泣きそうな顔でロミオに抱きついてくる。


 まるで、ロミオだけがディアナの世界にいるかのよう。ディアナは可愛い。義母のように温かい。ロミオしかいない世界にディアナが入ってきた。


 ロミオの妹。こんなに小さくて可愛いディアナは、ロミオが守ってあげなければならない。ディアナはロミオの妹だから、ロミオのもの。


 そのはずだったのに。


 ディアナは妹ではない。キャピレット公爵家の娘。キャピレット公爵家の娘ジュリエットが本当の妹。


「……はは」


 ほの暗い何かが胸を渦巻く。


 ディアナが妹ではないのなら、ディアナはロミオのものではないことになってしまう。それは駄目だ。可愛いディアナは、ロミオのものなのだから。


 ジュリエットが本当の妹?


 ジュリエットなんていらない。血の繋がりなんてどうでもいい。あちらはあちらで、キャピレット公爵家の夫婦が可愛がっていることだろう。一人娘なのだから。噂では溺愛しているということだったから。だったら、ロミオが気にすることでもない。


 よく言うではないか。『遠くの親類より近くの他人』と。ロミオが大事なのはディアナだけ。遠くの実妹など興味もない。


 ディアナをキャピレット公爵家になど絶対に渡すわけにはいかない。そのためには、ディアナとジュリエットが交換されたなどと、誰にも言うわけにはいかない。


 しかし、ディアナはどうやって自分がモンタール公爵家の娘ではないと知ったのだろう。義母の日記はディアナは見ていないと思う。前に「日記はその人の秘密なんだから、見ちゃいけないの」とディアナは言っていたから。


「……あの毛むくじゃらか?」


 ディアナをストーカーする『女神マリデンの化身』のポポ。ただディアナに付きまとうだけで、何も役に立たない生き物。


 ディアナの『六枚羽』の印が『女神マリデンの寵児の印』だと、ディアナに教えたのはポポだと聞いた。あの役に立たない生き物は、余計なことだけディアナに口出ししているに違いない。ポポが、ディアナが実はモンタール公爵家の娘ではないと教えたのだろう。


 ロミオは舌打ちした。あの使えないポポは物理的に潰してしまいたいが、ディアナが庇うのでそれもできない。


 可哀想に、ディアナはロミオに「いらない」と言われるのではないかと、不安がって泣いていた。それもこれも、あのポポのせいだ。


 ロミオがディアナを「実の妹ではないことを知った」ことは秘密にしておく。これ以上ディアナを泣かせるわけにはいかない。不安がる暇などないほど、ディアナを可愛がって甘やかしてロミオ無しではいられないようにするんだ。


 そうすれば、もしディアナが本当はモンタール公爵家の娘ではないと世間が知ることになったとしても、ディアナはロミオを選ぶはず。キャピレット公爵家などいらないと言うに違いない。


 そうなれば、名実共にディアナはロミオのものだ。

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