第10話 シスコン気味の兄

 ディアナは十歳になった。兄のロミオは十三歳だ。逆行して四歳になり、すでに十歳とは月日が過ぎるのが早い。


 ディアナとロミオの兄妹仲は、順調に良かった。良かったというより、少し良すぎるくらいかもしれない。ロミオがシスコン気味なのだ。ディアナに対する心配性と過保護が重めかもしれない。そんな自覚はあったけれど、兄妹が仲良ければこんなものかも? 逆行前の兄妹仲が少しあっさりしすぎたのだ。そう思っていたが、他人から見てもロミオのシスコンは認めるものらしい。従兄妹のクリスがロミオに「このシスコン!」と言っている場面をよく見るから。


 まあでも、ディアナもすっかりロミオが大好きでブラコン気味だし、ロミオがディアナを気にしてくれるのは、愛されている証拠だと思うので悪い事ではないはず。これならば、いつかディアナが「ジュリエットと結婚しないで!」とわがまま言っても、聞いてくれるだろう。


 今日も今日とてディアナはロミオと手を繋ぎ、庭を散歩していた。そして、少しだけロミオに不満をぶつける。


「いいなぁ、お兄様。もうすぐアカデミーに入学だもの。私もお兄様とアカデミーに行ってみたかったな」

「そこまでいいものとは思えないけど。近しい年齢の子と一緒に過ごすだけだよ」

「女の人は少ないんでしょ? 将来的にも私は入学できないよね?」


 王都にあるアカデミーは、十三歳以上の試験が通った子が通う難関校だ。男子校というわけではないのだが、なぜか男子校のようになってしまっている。女性は通わない人が多いのだ。女性がいないわけではないらしいが、とても頭がいい平民の子が十人ほど在籍している程度らしい。


「ディアナも十三歳になって試験に合格すれば行けるよ。でもディアナには必要ない。男性ばかりだし、ディアナだけじゃあ危ないし。ディアナは可愛いから、あんな野獣ばかりいる学校に入れられないよ」


 アカデミーは動物園か何かですか。


「クリスも行くじゃない。クリスは美人だよ」

「クリスは男だろう。襲ってくる野獣くらい自分でかわせる。むしろクリスのほうが猛獣かもな」


 まあ、クリスは美人で美女風だけれど、男だし強いし容赦ない。


「ディアナは、アカデミーになんて行かなくていいよ。今まで通り、家庭教師で十分だろう? ディアナは頭も良いし、ディアナの飲み込みの速さで先生が教えてくれるし、他の子と学ぶ速さを揃える必要もないから楽じゃないか」

「それはそうなんだけど……。お兄様もいなくなってしまうから寂しいもの……」


 家庭教師から習う勉強の内容は違うものの、ずっとロミオも一緒に勉強していたのに、ロミオがアカデミーに行ってしまえば、ディアナは一人になってしまう。


 ディアナはぎゅっと眉を寄せて、それからロミオに抱きついた。


「お兄様、アカデミーに行っても夏休みや冬休み以外にも帰ってきて。時々、週末の休みにも帰ってきて欲しいの。同じ王都なのに、どうしてアカデミーって寮なの? お兄様に会えなくなるなんて寂しいのに」


 ロミオがディアナを抱きしめる。


「ディアナは相変わらず寂しがりだな。……言っておくけど、俺は毎日ここからアカデミーに通うんだよ」

「……え?」


 驚いて、顔だけ上げるとロミオの視線とぶつかる。


「アカデミーの生徒の大半は寮暮しだけど、王都在住の生徒は通学を選んでる人もいる。生徒の一割くらいは通学なんじゃないか?」

「そうなの?」


 てっきり寮暮しは強制だと思っていた。逆行前のロミオがアカデミーの在学中は寮暮しだったことも、思い込んでいた原因かもしれない。


「だから、日中はアカデミーで俺はいないけど夜はいるから。毎日会えるよ」


 ディアナは、ぱぁっと笑った。嬉しい。ここ最近、寂しくてもんもんとしていたが、一気に気分が晴れた。そんなディアナの額にロミオがキスを落とす。


「俺の方がディアナに会えないと不安だよ。昼間は俺がいなくなるんだから。ディアナが外出しても、俺はついて行けないから、必ず護衛は連れて行くように。あと、あまり一人で出かけすぎないで」

「分かってるわ。お兄様もお父様も心配するから、護衛は連れてくね。でも、もう私も十歳なのよ。これから少しずつ令嬢たちとお茶会をする機会も増えるだろうし、出かけるのは増えると思うの」

「お茶会とかの招待状は俺にも見せて。不要なお茶会には参加しなくていいから」

「えぇ? 不要だなんて招待状から分かるの?」

「分かるよ。ディアナをいじめそうな令嬢がいるところには行かなくていい」


 いじめそうな令嬢って、どんな令嬢? さすがに対立しているキャピレット公爵家からは招待状は届かないと思うし、そこまで気にする必要があるのか謎。


「とにかく俺にも見せること。いいね」

「うん」


 仲の良い兄って、こんなことまで妹の面倒を見てくれるんだね。兄って大変。


「それと、昼間は俺がいなくなるからディアナにお守りを渡しておく」

「なぁに?」


 ロミオはポケットからネックレスを取り出した。薄いピンク色の宝石が付いたネックレスだ。


「わぁ、素敵! これがお守り? 綺麗ね」

「それは良かった。でもこれ、チェーンをわざと長めにしてるから、服の中に隠して付けて」

「そうなの? 分かった」

「ほら、後ろを向いて。付けてあげる」

「うん」


 ロミオがネックレスを自らディアナに装着してくれる。


「本当に綺麗ね! ありがとう、お兄様!」

「どういたしまして。でもこの前、ディアナが腕時計をプレゼントしてくれたから、そのお礼でもあるから気にしなくていい」


 アカデミーの入学が決まった時、ロミオに腕時計をプレゼントしたのだ。ロミオは気に入って、毎日腕にしてくれている。


「ネックレスは錆ないように加工しているから、お風呂でも外さないで。ずっとしてるんだ。お守りだから外しては駄目だ」

「はぁい」


 お守りって何だろう。神様の加護を付加したものだろうか。

 うちのお兄様は心配性だな。でも、妹を思う気持ちが嬉しいので、ほっこりした気分だった。

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