第7話 父と兄の過保護

 逆行したディアナは、あっという間に七歳になった。今日も今日とて、兄ロミオと魔法の訓練場に行くために、ロミオと並んで玄関ホールを横切る。


「……あ! お父様!」

「ディアナ」


 これから仕事で出かけるのか、同じく玄関ホールにいた父へ向かって走る。父はディアナを抱き上げると、頬にキスをした。だから、ディアナも父にキスを返す。


 四歳のあの時に父と話をして以降、父はディアナとロミオと一緒にいる時間を増やしてくれた。それでも父は忙しい人なので、夕食を三日に一度程度、一緒にするくらいではあるけれど、逆行する前より長い時間を父と過ごすことができて嬉しい。


「お父様は、これから仕事でお出かけ? 今日の夕食は一緒に過ごせる?」

「もちろんだ、ディアナ。夕食には必ず帰って来るよ。ディアナはロミオの魔法の訓練の見学だろう。危なくない場所で見るんだぞ」

「はぁい」


 父と話すことが増えると、実は父が心配性なことを知った。ディアナはロミオについて行くだけなのに、危ないだの、疲れるだろうだの、少し過保護だった。大げさだけれど、心配されるのは嬉しい。間違いなく父に愛されているはず。そう再確認できて、ほっとするのだ。


 父は、ロミオの母である前妻をロミオが一歳になる前に病気で亡くし、その後迎えたディアナの母(本当はジュリエットの母)を暗殺により亡くした。だからか、親しい女性がいなくなることが特に怖いのか、女の子のディアナがすぐに壊れそうな存在に見えているのかもしれない。


 父による抱っこから地面に降ろされると、すかさずロミオがディアナの手を握った。


「ロミオ、ディアナが危なくないように配慮するんだぞ」

「任せてください」


 なぜか年々ロミオまで過保護になっていく件。


 父と別れ、ロミオと一緒に馬車に乗り込んだ。隣同士に座ったが、まだロミオはディアナの手を握ったままだ。


 十歳になったロミオは、元々整った美形だったけれど、可愛かった顔がだんだんと大人びて格好よくなっている。これはもっと成長したら、すごくモテそうだ。女性に不自由しなさそうだけれど、逆行前もそんな感じだったのに、ジュリエットに一目惚れしたのだ。でも、今回はそうはさせない。ジュリエットに惚れぬよう、最近ディアナは『派手めな迫力のある美人な女性って素敵』とロミオに刷り込みをするようになったのだが、ロミオに効いているのかは謎。


 ジュリエットが清楚で可憐な容姿の美人さんだったから、違う系統の女性を勧めてみているのだが、まあ焦るまい。少しずつ刷り込めればいいのだ。


 ちなみに、母が顔も似ていた双子で、同日に生まれた時は双子のようにそっくりだと言われていたディアナとジュリエットだが、大人になると、実はあまり似ていなかった。成長すると顔って変わるものね。母が生まれた娘たちは見分けがつかないと父に伝えていたらしいから、そっくりだったのは間違いないのだけれど。


 逆行前にジュリエットとパーティーで会ったことがあるが、ディアナとは似ていないとディアナ自身も思った。ディアナは母似で、ジュリエットは母の母である祖母に似ているのだと思う。祖母の絵を見たことがあるけれど、ジュリエットと似たような清楚で可憐な容姿の美人さんだったから。


 魔法の訓練場に到着すると、ディアナは二階の見学席に座った。訓練場にいるロミオとクリスに手を振る。クリスは父の妹の子でつまり従兄妹。エデッド侯爵家の次男で、一昨年前くらいからロミオと一緒にここで魔法の訓練をしている。


 クリスは父の妹に似ているらしいが、驚くほどの美貌を持っている。しかし、綺麗なものには棘があるというように、クリスは毒舌家だ。茶金髪をボブにして下を綺麗に切りそろえ、菫色の瞳は、とっても魅惑的。でも兄ロミオと同じ年だけれど、少し子供っぽい。


「あっ!? 少しくらい、手加減しろよ、ロミオ! 僕の美しい顔に傷がついたら、どうしてくれるのさ!」

「これくらい避けられないでどうする。将来、魔術師団に入るんじゃなかったか?」

「当然入るさ! 美貌のままでね! 僕は美貌の魔法騎士になるんだ!」


 うーん、子供の喧嘩かしら。魔法だけでなく、武術や剣も交えて模擬交戦している。まあ、楽しそうだから、いいけれど。


 ロミオが魔力を込めた蹴りをクリスに喰らわせた。あれ、すごく痛そうだ。クリスは魔法でガードをしたようだけれど、「痛ぁ!」と言っている。魔法使いでなければ、骨くらいは折れるだろう。あんなのを軽々と訓練する二人のやんちゃっぷりも、いつものことだ。


 ディアナは五歳の時に魔力測定を行い、案の定、魔力がないことが判明した。それと同時に、神聖力を持っていることも分かった。しかし、海の向こうの隣国の神聖帝国マリデンのように、タリア王国は教会に重きを置いていない。どちらかといえば、魔法国家のタリア王国では、神聖力は重要視されないのだ。


 だからディアナの立場は、神聖力が使える一般人というところだ。魔力を持っていないからと、馬鹿にされることもない。魔法国家とはいえ、魔法が使えるのは国民の二割程度。魔力を持っている人は、魔力を使う仕事に就くことが多いが、国が特に力を入れているのは魔道具の生産だ。魔力持ちでなくとも、道具を使えば魔法が使える研究に商機を見出しているのだ。魔道具が売れれば、国が潤うのだから。


 ディアナの将来としては、魔力がないので魔法の道はないが、せっかくだから神聖力を使った道具化の研究をしてみるのもいいかもしれない。神聖力は治癒の力を得意とするから、道具化できれば国の医療の道が開けるかも。


 魔法の訓練は休憩なのか、ロミオとクリスがディアナの元に近寄ってきた。ディアナは家から持ってきた籠から、お菓子と飲み物の瓶を取り出す。


「お兄様、クリス、お疲れ様。水分と糖分補給をどうぞ」

「ありがとう、ディアナ」

「ありがと、ディアナ。でも、君もお菓子を食べる気? ディアナって運動してないよね? ぶくぶく太るよ?」

「もう、クリスったら! お菓子くらい食べてもいいでしょ? 運動してないけれど太ってないもん!」

「心配して言ってあげてるんじゃないのさ。うちの母上なんか、太るからって運動もせずに、食事だけ減らして体形キープしてるよ。運動すれば一発で痩せるのにさ。努力の仕方が間違ってる。せっかく僕に似て美人なのに、母上に太られたら困るよ」


 クリスに叔母さんが似ているのではなく、叔母さんにクリスが似ているの間違いでは?


「ディアナは可愛いよ。太ってないからお菓子を食べていい」

「お兄様! 大好き!」

「ロミオ、妹を甘やかしすぎじゃない? 若い内だけだよ、太らないのは」

「クリス! 嫌い!」

「なにさ! 本当のことを言ってあげただけなのに!」

「口は災いの元なのよ! 本当のことだとしても、クリスは少し気を使った方がいいと思う!」


 ディアナは覚えている。逆行前、クリスは口が災いし、我がモンタール公爵家と対立しているキャピレット公爵家の家門のジュリエットの従兄妹と争って、クリスは死ぬのだ。


「クリスが心の内で思うだけなら自由だけれど、それを口の外に出すのは一度考えた方がいいと思うの! 言い方を変えなくちゃ!」


 ロミオだけでなく、クリスも今回は死んでほしくないから。


「何だよ、分かったよ!」

「よし、いい子!」


 ディアナはクリスの頭を撫でる。


「君はいつも僕を何だと思ってるのさ。いい子はないんじゃない? 僕のほうが年上なんだけど?」

「頭を撫でられるのは嫌い?」

「嫌いとは言ってないじゃないのさ」


 どっちだよ。でも、嫌ではないらしい。ディアナの撫でる手を止めようとはしないから。しかし、クリスを撫でる手をロミオがやんわりと攫んだ。


「ディアナ、俺にもお菓子をくれる?」

「うん、いいよー」


 ディアナは、ロミオにお菓子をあーんする。あーんとするロミオが可愛い。


 ロミオは時々、ディアナがクリスと仲良くし過ぎると、それを止めようとする行為をする。クリスに妹を取られると思っているんだったりして。真偽は分からないけれど。


 わいわいとお菓子休憩は、楽しい時間だった。

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