第6話 父とのすれ違い

 逆行して三ヶ月が経過していた。ロミオとの関係は、今では仲の良い兄妹と自信満々に言ってもいいと思う。最初はディアナばかりしていた会話も、最近ではロミオからも普通に会話を振ってくれるのだ。


 勉強の合間のおやつの時間、ロミオと隣同士でお茶を楽しむ。


「え? 令嬢と会う機会? あるにはあるけれど。友達の姉妹とか」


 まだ幼いと言っていい七歳のロミオだが、もしかしたらすでに女性の好みとかあるかも。そんな探りでロミオに質問した。


「お兄様が素敵だなって思うような令嬢っていた? 可愛いなーとか、綺麗だなーとか、そんな風に思う令嬢は?」

「……いないと思う。みんな普通だよ。俺の周りの女の子ならディアナが一番可愛い」


 わぁ。さらっと妹を可愛いと言える兄。しかも、妹の頭をなでなでしながら。


 どうしよう。うちのお兄様が幼い内から、すでにスマートで格好いい件。


「ありがとう、お兄様!」


 身内びいきの褒めの言葉だとしても、素直に嬉しいです。ただ、探りは不発ですけれど。まだ幼いし、好みなんて早かったか。でも、いい感じに仲良し兄妹になれてるよね。


「そういえば、明日、父上が帰って来るって言っていたから、一緒に夕食をしようって父上に言おうか?」

「え……!? う、ううん! お父様は忙しいもの! 大丈夫!」


 父のモンタール公爵は、国政関係の仕事、事業の仕事に忙しい。屋敷にいないこともある。だから、ディアナが逆行してから、会ったのは片手で数えるくらいしかない。忙しい父を、娘が邪魔するわけにはいかないから。そんな言い訳で、父に会っても早々に父から離れた。本当は、もっと父と一緒にいたい。逆行してせっかく再び会えたのだから、もっと抱きしめてもらえたら。


 でも、そう思うと同時に怖かった。逆行前のように父に拒絶されたら、ディアナは泣く自信がある。


 逆行前、ディアナは忙しい父と話す機会は多くはなかったけれど、関係は悪くはなかった。モンタール公爵家の令嬢として、ディアナがやりたいことはやらせてもらったし、必要なものも与えてもらった。父は口数は少ないけれど、ディアナの望みを断ることもしなかったから、父はディアナを愛してくれていると思っていた。


 しかし、ロミオとジュリエットが死ぬと一転した。キャピレット公爵家が、実の娘ディアナを返せと父に依頼した。その依頼に同意し、父はあっさりディアナを手放した。「キャピレット公爵家に帰りたくない。モンタール公爵家にいたい」そうディアナが望んでも、父は首を縦には振らなかった。「ディアナはキャピレット公爵家の娘だから、あちらに返す」父はディアナの顔を見ずに、そう言った。


 父に愛されていた。そう思い込んでいたのは、ディアナだけだったのかもしれない。血が繋がらずとも、これまで親子だった関係は大きくは変わらないと思っていた希望は、父の拒絶に儚く散った。きっと、愛していたのはディアナだけだったのだ。


 それからというもの、キャピレット公爵家に帰った後、父とはパーティーや夜会で会うことはあっても、会話をすることはなかった。またあのように拒絶されたら、ディアナの心は死んでしまう。だから父を避けた。


 逆行前の気持ちを引きずっているディアナは、再び父とうまく会話できる自信がない。だから、できるだけ父とは会わずに済むなら。


 しかし、ロミオにはディアナの心の内など分かるはずもなく、兄らしく妹を父と会話させようとしている。ロミオはディアナの父に対する、遠慮する気持ちに気づいているのかもしれない。


 でも、ロミオには断ったし、いつものようにロミオとの二人での食事になるだろう。そう思っていたのに。


 父が帰ってきた日の夕食、ロミオと二人の夕食のはずが父も席にいた。ロミオと手を繋いで楽しく話をしながら食堂に入ったのに、ディアナの気持ちは萎んでいく。


「おかえりなさい、父上」

「お、おかえりなさい、お父様」

「ただいま。席に着きなさい。一緒に夕食にしよう」

「はい」


 ディアナと手を離し席に着くロミオを横目に、ディアナはワンピースのスカートをぎゅっと握った。きっとディアナは父に嫌われている。それなのに、ディアナと楽しくもない食事を父に一緒にさせるなど、父が可哀想だ。


「わ、私はお腹空いてないから、二人で食べて!」

「ディアナ?」


 ディアナは身を翻して走ったが、食堂の扉を開ける前にロミオに手を引っ張られてしまった。


「ディアナ! さっき、お腹空いたって言ってたじゃない……か。どうして泣いてるんだ?」

「泣いてないもん!」

「泣いてるだろ……」


 勝手に涙が出てくる。情緒不安定な乙女でもあるまいし。自分に嫌気がさしながらも、手を離してくれないロミオに抱きついた。


「ご飯はお兄様と二人っきりがよかった」

「……」

「ディアナは私と一緒に食事をするのは嫌か」


 いつのまにか、近くで父の声がした。ビクっと体を震わせると、ロミオがディアナを抱きしめてくれる。


「父上がいけないのです。知っていましたか? ディアナは寂しがりなんです。最近ずっと俺の傍から離れないし。父上の仕事大事は分かりますが、もう少しディアナに会ってあげてください。ディアナはまだ小さいんですから、会わないと顔を忘れられてしまいますよ。それに、父上は雰囲気がそもそも怖いんですから、ディアナを嫌いなのかと思ってしまいます」

「そ、そうか。私が悪かった」


 ロミオの兄らしい言葉に、父の困惑の声が聞こえる。


「ディアナ、私を向いてくれないか」


 父の声に、ディアナはロミオの胸に付けていた顔を少しずらして父を見た。父はディアナの頭を撫でながら口を開く。


「ディアナ、仕事が忙しくて会う時間もなくて悪かった。これでは、ディアナに忘れられても仕方ないな。だが、決してディアナを嫌いなわけではない。ディアナを愛してるよ」

「お父様は私を嫌いではない? 本当は、顔も見たく……っうぇ、見だぐない゛って、思ってるんじゃ……」

「思っていないよ。ディアナを愛している。……年々、フローラに似ていくディアナは、フローラを思い出して恋しく思うこともあるが。ディアナはもっと成長すれば、フローラのように綺麗になるだろう。私はそれを楽しみにしているよ。ディアナ、こちらにおいで」


 父の声に、ロミオから離れて父に抱きつく。


「私が悪かった。ディアナを寂しくさせてしまったな。もう少しディアナとロミオと一緒にいる時間を作ろう。愛しているよ、ディアナ。泣かないでくれ」


 子供のように泣きじゃくるディアナを父は力強く抱きしめてくれる。父の言葉も、それを言ってくれた時の表情も、心の底からディアナを愛していると言ってくれたように感じた。今はそれを信じたい。もしかしたら、父は母フローラに似ているディアナを見ると、母を思い出して辛く思うこともあったのかもしれない。だから、母を思い出さないために、仕事で忙しくしていた可能性もある。


 お父様。いつか、ディアナが本当の娘ではないと知ることがあっても、まだ愛してくれますか? 今度は手放さないでくれますか?


 ディアナにとっての父は、キャピレット公爵家の当主ではなく、温かく抱きしめてくれるモンタール公爵家の当主なのだ。


 愛しています、お父様。だから、繋いだ手を離さないで。ずっとディアナを愛していて。

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