第5話 取り替えっ子の悲劇

 ディアナが住むタリア王国に十数年前、海の向こうにある島国の神聖帝国マリデンから皇帝一家が亡命した。亡命したのは、皇帝、皇后、双子の第一皇女と第二皇女の四人。


 神聖帝国マリデンは、女神マリデンが愛する国。女神マリデンは建国皇帝を寵愛し、皇帝が治める帝国に多大なる力を与えたという。だから強い神聖力を持って生まれる国民もいて、そういう国民を集めていた神殿は力を持つようになった。そして、気づけば皇家よりも神殿の方が権力が強くなっていた。


 神殿の教皇は、ただいるだけの皇帝にこう打診した。第一皇女か第二皇女のどちらかを神殿に捧げよ。神殿に捧げる、そう言いながら結局は教皇の愛人となれ、ということだったらしい。


 娘たちの身の危険を感じた皇帝は、一家四人でタリア王国に亡命したのである。


 タリア王家に身を匿われた皇帝一家は、ある屋敷を与えられ、そこに住んだ。そして、運命の歯車は動き出す。


 タリア王国で代々対立しているモンタール公爵家とキャピレット公爵家の当主が、亡命皇帝一家の双子の皇女姉妹を見初めたのである。


 姉皇女はキャピレット公爵と結婚し、妹皇女はモンタール公爵と結婚した。モンタール公爵には死別した前妻がいたが、モンタール公爵と妹皇女との仲は睦まじいものだった。


 そして、姉皇女と妹皇女は同時期に妊娠し、両親の傍で出産するために、二人は揃って父の皇帝の住まう屋敷へ里帰りした。そして、皇女二人は、同じ日にそれぞれ女の子を出産した。名はジュリエットとディアナ。双子ではないのに母親同士が双子だからか、生まれたばかりの当初は、それはそれはそっくりだったという。


 そして、悲劇は起きた。暗殺者が皇帝の住まう屋敷に入り込んだのだ。モンタール公爵家とキャピレット公爵家の騎士たちが屋敷に入ると、皇帝、皇后、妹皇女はすでに息絶えていた。生き残ったのは、殺されかけて目が見えなくなり、足も怪我をして歩けなくなった姉皇女。そして、生まれたばかりの娘たち。


 キャピレット公爵家は、妻の姉皇女と青い瞳の女の子を連れ帰った。それがジュリエットである。この時、すでに取り替えられたことに気づかぬまま、本当はモンタール公爵家の娘であるジュリエットはキャピレット公爵家の娘となった。


 そして、残ったディアナがモンタール公爵家の娘として、連れ帰られることになった。


 なぜ、取り替えられてしまったのか。


 生まれたばかりの娘たちは、そっくりだった。見た目の違いは目の色。ジュリエットは水色のような青い瞳で、ディアナはターコイズのような青緑の瞳。どちらも青色の瞳と言える紛らわしい色。


 母たちは、生まれたばかりの我が子を、それぞれの夫に、「青い目の子」と伝えていたのだろう。目が見えなくなった重症な姉皇女を連れ帰る際に確認できなかったに違いない。たまたま目を開けた「青い目の子」のジュリエットを連れ帰ったのだと思われた。


 それからジュリエットとロミオが死ぬまで、娘が取り替えられたことに誰も気づかないのだから、運命とは怖い。


 せめて、ディアナにしかないものを誰かが確認してくれていたなら。ただ、赤ん坊が生まれた直後の悲劇だったから、伝えられていなかったのだろうと理解はする。あれは大々的に言うものでもないことだから。


 ディアナにしかないもの。それは、ディアナの背中側の左腰にある『六枚羽』の印。女神マリデンの寵児である証。女神マリデンが建国皇帝を寵愛し、その子孫に時々現れるその印は、現在はディアナにしかないものだった。その印については、逆行前にキャピレット公爵家の娘になって以降、実の母のキャピレット公爵夫人に聞いたのだ。


 今までは、女神マリデンの寵児である証など、あっても何も恩恵もないと思っていたけれど。まさかポポが女神マリデンの化身で、時間を逆行させてくれるなんて思ってもみなかった。


 それにしても。

 皇帝一家の暗殺は証拠はないけれど、神聖帝国マリデンの神殿、教皇の仕業だと思われる。そして、ディアナが逆行前に殺された時のことも。


 「聖女は二人はいらないの!」と言ってディアナを刺した女性は、フードローブで顔や体を隠してはいたけれど、神官服のようなものを中に着ていた。たぶん、あの女性も神聖帝国マリデンの神殿関係者だと思うのだ。


 まあ、そのあたりは、今考えても答えはでない。あの時の女性は、ニ十歳代半ばくらいに見えたから、今の年齢は四歳のディアナより五歳前後ほど上くらい。ということはまだ子供だ。今、彼女が動き出すことはないと思う。だから、これに関しては、少しずつ考えていこう。


 次の日、ディアナはロミオに提案した。


「教会に行きたい?」

「うん。お兄様と一緒に行きたいの。お礼をしたいんだ」

「お礼? ……まあいいけど」


 ロミオと一緒に教会を訪れたディアナは、お祈りをした。


 神様、逆行させてくれてありがとうございます。ポポがしてくれたことだけれど、それでも、感謝しています。やり直しの機会を与えて下さって、ありがとうございます。


「小さいのに、お祈りとは偉いですね」


 お祈りを終えたディアナに、大人が近寄ってきた。逆行前に見たことがある。四十五歳くらいの、優しいおじさん。


「私はこの教会の司教パオロです」

「初めまして、パオロ司教様」

「君たちは兄妹ですか?」

「はい」


 ロミオはディアナの手を握って、司教に頷いた。


「……妹さんは、教会に近しいお嬢さんのようだ」


 司教の言葉に、ディアナは曖昧に笑みを浮かべた。ディアナは魔力がない。その代わり、神聖力を持っている。司教は、そのことを言っているのだろう。ただ、それを知らないロミオは、怪訝な顔で司教を見ているが。


 お兄様、司教様は優しくていい人なんだよ。対立する家門同士のロミオとジュリエットを不憫に思い、思い合う二人をこっそり結婚させてくれようとした人なんだから。まあ、その結果、実の兄妹だということが分かって、二人は死んだから悲劇ではあるけれど。


 今度はディアナが、ロミオとジュリエットの二人が間違っても恋をしないように尽力しますので、見守っていてください。司教様。


 ちなみに、ロミオとジュリエットがなぜ実の兄妹かと分かったのかだが。


 結婚する際は、必ず教会に申請をしなければならない。その時、結婚する者同士が神聖力のかかった用紙に名前を書き、血判をするのだ。そうすると、神に認められ法律的に結婚できたことになる。しかし、その用紙には、結婚してはいけない相手の検査も一緒にできるようになっている。


 兄妹、叔父姪など、一般的に近親婚と呼ばれるものは我が国では結婚は許されない。


 用紙に押した血判により、ロミオとジュリエットは濃い血筋ということが分かり、結婚は否認された。


 時々いるらしい。見知らぬ伯母甥の結婚だったり、生き別れの姉弟だったりの知らない場合の結婚依頼。悲劇だと思う。


 でも、お兄様、心配しないで。今回はそんな悲劇、起こさせませんから。

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