第4話 ストーカー綿毛とは

 ディアナが逆行して、一ヶ月が経過していた。兄ロミオとの関係は順調だ。一緒に勉強したり、ロミオの魔法の訓練を見学したり、ロミオの武術の訓練を見学したり、一緒に食事をしたりと、ほぼ毎日ロミオと過ごしている。最初は冷たかったロミオも、最近は一緒にいることが普通のような雰囲気で嬉しい。


 ロミオは意外と優しく面倒見もいい。最近はディアナが転んでいないか、泣いていないか、寂しがっていないか、それとなくディアナを観察して確認してくれている気がする。良いお兄ちゃんだ。


 しかし、ロミオにも独自の人間関係というものがある。ディアナという荷物を連れて行けないところ。今日のロミオは、貴族の子息たちの友人と予定があるらしく、一人で出かけてしまった。


 さすがにディアナもロミオの友人のところまでは、一緒について行ったりしない。


 この日は仕方なく、自室で一人で窓の外を眺めていた。


 窓から見えるモンタール公爵家の庭は広くて美しい。庭師がきちんと手入れをしてくれている。そんな庭が見える窓もピカピカに掃除されている。だから、うっすらとディアナの姿も鏡のように映っている。


 そして、余計な『もの』も映っている。


「……」


 実は、逆行前の人生から気づいていた『それ』。なんだか気味が悪いし、いつも見られているし、あえて無視していたのだ。だって、これが見えているのはディアナだけだから。気づいていないフリをしていれば、きっとディアナには害はない。そう思い、ずっと後回しにしていた『もの』。窓に映っているということは、たぶん実体があるもののはず。


 でもね、さすがにそろそろ突っ込んだほうがいいかと思うのだ。逆行後の今も傍にいるということは、なんとなくだがディアナの逆行に関係していると思うから。


 ディアナは窓から離れ、綺麗な花が飾られている花瓶に近づいた。花瓶の下には、花瓶に隠れるように、ディアナをそっと伺う『それ』が若干、花瓶から体がはみ出ている。


 『それ』は、大人の手の上に乗るくらいの大きさの、白くて半透明のタンポポの綿毛のようなもの。白い毛糸のポンポンのようにも見える。足や手、目や口は何もなく、生き物かも怪しいよく分からない『それ』は、間違いなく生き物だと思う。だって、ディアナが近づいたことで、何やら慌てる仕草をしているのだもの。わたわたとしている。


「ねぇ、あなた、ずっと私を見てるよね。あなたってストーカー?」


 慌てている様子の『それ』は、完全に花瓶の後ろに隠れてしまった。しかし、ディアナは『それ』に手を伸ばす。


 わぁっ……『これ』攫めてしまった。やっぱり実体があるのだ。手触りは、モジャモジャとした毛糸を触ったような感じだが、得体が知れない『モノ』でもあるので気色悪い。


 攫んだ『それ』を持って、ディアナはソファーに座り、手にある『それ』に向かって口を開いた。


「もしかして、見えてないと思ってるなら見えてるからね。話をしたいから、逃げないで欲しいの。逃げないでくれるなら、テーブルの上に放してあげる」


 表情も何も分からないのに、『それ』が焦っているのは感じる。


「逃げないでくれる?」


 なんとなくだが、逃げないでくれそうな気がした。ディアナは『それ』をそっとソファーの前のテーブルに放す。『それ』からは焦りと困惑のようなものを感じるものの、逃げる様子はない。


「とりあえずだけれど、あなたの名前を教えてくれる?」


 なんとなく話そうとしているようには感じるけれど、ディアナには何も聞こえない。


「うーん。声は出してくれているのかな? 聞こえないけれど……じゃあ、私がとりあえずの名前を付けてもいい? 呼ぶためには必要でしょ?」


 『それ』はテーブルの上をぴょんぴょんと跳ねた。『いいよ』ってことかな。


「じゃあ……タンポポの綿毛みたいだから……ポポはどうかな?」


 ポポ(仮)は先ほどとは違い、嫌々そうにぴょんぴょんと跳ねる。


「え、嫌ってこと? じゃあ、綿毛ちゃんにする?」


 ポポ(仮)はもっと嫌なのか、左右に体を揺らした。


「……とりあえずの仮の名前だから、ポポでいい?」


 ポポはぴょんぴょんと跳ねた。しぶしぶといった感じだけれど、ポポで決まりだ。


「じゃあ、ポポ。ポポって、悪い生き物?」


 ポポは左右に揺れた。違うと言いたいらしい。


「ポポって時間が遡る前からいたよね。前は今みたいに半透明ではなくて、真っ白って感じだったけれど。もしかしてだけれど、ポポが時間を逆行させてくれたの?」


 ポポはぴょんぴょんと跳ねた。やはりそうだったらしい。


「ありがとう、ポポ。逆行できたから、また人生をやり直せる。今度は絶対、第一王子とは婚約したくないの。私は将来、穏やかで優しい人と結婚して幸せになるんだから」


 ポポはぴょんぴょんと跳ねた。


「それにしても、ポポが半透明になっているのは逆行させてくれたから? 私のために力を使ったからなのかな?」


 ポポはぴょんぴょんと跳ねた。


「やっぱりそうなんだね。……ねぇ、もしかして。ポポが私の傍にいるのは、私が生まれてからずっとなの? 逆行前からいつの間にかポポがいたから、最初は魔物かと思って怖かったんだけれど」


 ポポは焦ったようにわたわたしている。そして、左右に揺れた。魔物ではないと言いたいのだろう。


 我が国には、魔獣や魔物の出現率は多くない。それに、もし魔物が出たとしても、強い騎士団や魔術師団もいるから、大事故になることも少ないのだ。


「魔物じゃなくて、私が生まれてからずっといるなら、ポポは……女神マリデンの化身?」


 ポポはぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねた。


 やっぱりそうなんだ。逆行してからのここ一ヶ月、時々ポポの存在の所以を静かに考えていたのだ。そして、考え抜いて導き出した答えがこれだった。


 ポポは女神マリデンの化身。それは元をたどれば、ディアナとジュリエットの誕生の際の悲劇と母たちの出身に関わる問題であった。

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