第2話 幼い兄が手ごわい件

 成長した兄ロミオは、美形で文武両道、かつ公爵家の後継者とあって、女性に人気だった。確か、ジュリエットと出会う直前まで別の恋人がいたはず。それなのに、ジュリエットに一目惚れして、恋人と別れて、ジュリエットと内密に教会で結婚しようとして、兄妹だったことが分かり、死を選んだ。一目惚れして死を選ぶまで、三十日もなかった。


 ロミオってもしかして、恋愛脳だろうか。そんな相手に妹のディアナが、例えば「ジュリエットとは恋人になっては駄目!」なんて言って、ロミオが聞いてくれる可能性はどのくらいあるのか。


 普通、恋愛に関する妹の苦言なんて、「煩い」としか思わないと思う。ましてや、それほど仲も良くない妹からの苦言なんて、顔の周りを飛ぶハエくらいウザイと思う。


 ディアナとロミオの兄妹仲は、良くもなく悪くもなくといったところだった。


 モンタール公爵家の後継者のロミオは、小さい頃から勉強、武術、剣術、魔法の訓練といったものに忙しく、ロミオの雰囲気が小さい頃のディアナにとって、声をかけるのも躊躇するくらい怖く感じたものだ。成長するにつれ、少しはロミオと会話するようになったものの、ただ兄妹という関係だけ、という枠を外れない。喧嘩することもなく、仲良すぎることもなく、少しよそよそしい兄妹だったのだ。


 だが、ジュリエットと恋をする年齢になる前までに、ロミオに苦言を言っても聞いてもらえる関係になる必要がある。兄妹愛溢れるくらい仲良くなるのだ。そうすれば、もし万が一、未来でディアナがロミオと実は本当の兄妹ではないとロミオが知ることになっても、兄妹の情があれば険悪にはならずに済むのではないだろうか。


 しかし、今のディアナは四歳で、ロミオとの関係は他人に近いものだ。でも、まだ間に合う。ロミオがジュリエットに恋をするまで、まだ十四年もあるのだから。


 よし、まずは兄ロミオと仲良くなろう。そして、仲良くなったら、ジュリエットとは違う系統の女性を好きになるよう、少しずつ教育していこう。


 ジュリエットを見たことがあるが、清楚で可憐な容姿の美人さんなのだ。ということは、ロミオには、派手めな迫力のある美人さんを勧めればいいのでは。うん、良い案だ。刷り込みって大事。


 例え大人になった時、誰かに『ジュリエットと兄の恋路を邪魔する悪女妹』と言われたとしても、ロミオとジュリエットの恋路は邪魔させていただきます。




 さっそくディアナはロミオのところへ向かった。ロミオは家庭教師と勉強中らしい。


 モンタール公爵家には、講義室という部屋がある。図書室の隣にあるのだ。扉をノックし、講義室を開けると、部屋の中には二十五歳くらいの男性の家庭教師と兄ロミオがいた。


「お兄様」


 たたたとディアナはロミオが座る椅子の隣へ走る。ロミオは現在七歳。黄金のような金髪に碧眼で、王子様のような容姿。すでに美形だけれど、まだ幼いところもあるため、とっても可愛い。


 ロミオはディアナを戸惑いの目で見ている。当然だ。この時のロミオとディアナは、ほとんど接点がないのだから。


「お兄様、お兄様がお勉強をしている間、一緒にいていい?」

「……いや、結構だ」


 なんでだよ。妹がこんなに可愛く聞いているのに、冷たいな。


「お、お願いお兄様。私、静かにしてるよ。大人しくお兄様が勉強してるのを見てるから」

「大人しく見られても、視線が煩いから。気が散る。出ていってくれる?」


 気が散るとは、そらそうだ。納得。でも、冷たすぎやしないか!? ロミオって、ここまで冷たかったっけ?


「じゃあ、お兄様を見ていないで、私も勉強する! 机を向いてるよ! それなら一緒にいていい?」

「机を向いてるなら、一緒にいる必要ある?」


 ふぇん。手ごわい。どうしたらいいの。幼い兄が冷たすぎる件。


「一緒にいる必要あるもん! 一緒の部屋で一緒に勉強するの! お兄様と一緒にいたいの! 一人は寂しいもん!」

「……」


 ロミオは怒っている様子ではないが、困惑の顔で家庭教師を見た。


「先生はどう思われますか。ディアナがいたら邪魔ですよね?」

「う、うーん。……私は構いませんよ。ディアナ嬢は静かに勉強されるのですよね」

「うん! 静かに勉強するよ!」

「でしたら、構いませんよ」


 ロミオは溜め息を吐いて、しぶしぶ了承してくれた。


 やったー! しつこさの勝利? とりあえず、第一関門突破したのでは? まずは、ロミオに妹ディアナの存在を思い出させなければならないものね。仲良くなるのは、これからこれから。


 ディアナはロミオの隣に座り、勉強することにした。とはいえ、さすがに四歳、一度も勉強をしたことがない年齢のため、画用紙に絵を描くだけだが。中身が大人とはいえ、大人の能力発揮して勉強なんてできるわけない。怪しすぎるもの。


 あら、意外と絵心あるかもしれない。可愛い猫が描けました。


 勉強の時間が終わると、ディアナはロミオの手を握った。


「お兄様、今日からお兄様と一緒にご飯を食べたい」

「なんで?」


 ここでも、兄が冷たい件。


 モンタール公爵家の家族構成は、父であるモンタール公爵、兄ロミオ、妹ディアナの三人だ。そして驚くことに、三人家族なのに、この頃の食事は全員バラバラで取っていたのである。


「だって寂しいもの。お兄様と楽しくお話しながら食事したいの」

「……話って、どんな話をするの?」

「え? うーんと、今日何したのとか聞いたり?」

「今日何をしたのか? 一緒に勉強しただろう。もう話すことないよね?」

「あるある! あ、あのね、今日の天気の話とか、今度一緒にお出かけしたいねとか、どんな話でもいいの! 重要なのは、お兄様と一緒に過ごしたいってことなの!」

「……えー」


 そんなに妹と一緒にいるのは嫌か! 終いには泣くぞ!


 くじけそうで本当に泣きそうになりながら、ディアナはロミオに抱きついた。


「お兄様と私は家族だもの! 食事とか、楽しい時間とか、何でもない話したりとか、一緒の時間を過ごしたいの! 一人は寂しいの!」


 そう、寂しい。このころは血の繋がりがあると信じていた家族だったはずなのに、家族の接点が少なかったから。


「……いいよ」

「……!! 本当?」


 ロミオから離れて顔を窺うと、ロミオは頷いた。


「寂しいんだろう。仕方ないから、一緒に食べてあげる。その代わり、俺は忙しいから、食事の時間はディアナが合わせるんだぞ?」

「うん、分かった!」


 やったー! 食事をロミオと一緒にできることになりました! 仲良し作戦、順調順調!

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