ロミオとジュリエット-平行線- ~悲恋な兄の恋路を邪魔する義妹は悪女ですか?~

猪本夜

第一章 幼女・少女時代

第1話 逆行したようです

 はっと目が覚めた。

 ここはどこ。辺りを見回す。どうやらベッドに寝かされているようで、ディアナは体を起こした。見覚えのある部屋。けれど、どこか違和感がある。懐かしいと感じさせるような違和感。


「あ! そういえば、お腹!」


 確か、ディアナはお腹を二か所ほど刺されたはずだ。お腹に手をやるが、どこも痛くない。


「あれ? なんだか手が……」


 お腹にやった手が小さい。手を目の前に上げる。うん、やはり小さい。


「どういうこと?」


 ディアナはベッドからそろっと足を降ろす。ベッドから降りるだけでも、足が短いのが分かる。まさか、まさか。そんなことって、ありえるのか。


 ディアナは自室の鏡の前へ走った。


 鏡の前には、小さな女の子。見覚えのある顔。それは紛れもなくディアナであり、すでに遠い過去のはずの顔。


「嘘でしょ……時間が過去に遡ったってこと?」


 目の前の鏡に向かって、ディアナはにこっと笑ってみた。当然ながら、鏡の中のディアナもにこっと笑う。


「えぇ……今の私って何歳? 三歳か四歳か五歳くらいよね? うーん、このくらいの時の私って、可愛かったんだなぁ」


 白金髪にターコイズのような青緑色の瞳のディアナは、小さい頃には思ったことはなかったけれど、大人の思考で俯瞰して見ると、可愛い容姿だと認識する。


 その時、小さく扉をノックする音がして、部屋に人が入ってきた。見覚えのある顔。ディアナが六歳くらいになるまで、ディアナの侍女だった優しいお姉さん。結婚するからと退職してしまったが、ディアナは好きだった。


「まあ! お嬢様、もうお目覚めでしたか。今日はお早いですね」


 たたたとディアナは走り、侍女に抱きついた。「あらあら」と侍女は笑ってディアナを抱っこしてくれる。


「どうしました、お嬢様。まだお眠ですかねぇ」


 母がおらず、乳母もすでにおらず、父や兄に甘えることもできなかったディアナの唯一の甘える先。ディアナを抱っこした侍女は、椅子に座り、ディアナの背中を撫でてくれる。


 なんだか泣きそうだったけれど、少し落ち着いてきた。ニ十歳だったディアナが、なぜか時間が逆行してしまって、懐かしい侍女に会えて感動してしまったけれど、そろそろ現状把握をしなければならない。


「あのね」

「どうされましたか?」

「私って何歳?」

「お嬢様は先日四歳になられましたよ」


 ニ十歳だったディアナは、四歳になってしまった。





 逆行する前のディアナは二十歳で、その時の名前はディアナ・キャピレットという。キャピレット公爵家の娘で第一王子が婚約者だった。結婚目前で殺されたのだ。


 ディアナは、十八歳まではディアナ・モンタールであった。モンタール公爵家の娘で、三歳年上の二十一歳の兄はロミオという。兄ロミオは、ディアナが十八歳の時に、恋人のジュリエットと毒を煽って死んでしまった。


 ロミオが死ぬ直前に父モンタール公爵に送った手紙を読んだ。


『父上、知っていましたか。愛しい人ジュリエットがまさか実妹だなんて。ジュリエットとディアナは、誕生の際の悲劇で取り替えられてしまったのでしょう。この世でジュリエットと添い遂げられないのなら、死の世界で一緒になれることを夢見て旅立ちます。 ロミオ』


 その手紙が届いた時には、すでにロミオはこの世にいなかった。死してジュリエットとの恋を実らせたのだ。


 ディアナも父モンタール公爵も、ロミオからの手紙で、ディアナが実はモンタール公爵家ではなく、キャピレット公爵家の娘だったことを知ったのだ。


 それから、ディアナとジュリエットの取り換えはキャピレット公爵家も知ることとなり、ディアナは本来の実家に帰ることになり、ディアナ・キャピレットとなった。


 十八歳でキャピレット公爵家の娘となったディアナは、第一王子と婚約することになった。この第一王子というのがクズ王子で、年齢はディアナの三つ上の二十一歳。傲慢で女好き。第一王子は隠していたけれど、平民の女性との間にすでに二人の子供がいた。


 そんなクズ王子と婚約するのは嫌だったが、ディアナは断れなかった。二大公爵家のロミオとジュリエットの死は大スキャンダルであり、ロミオ以外に跡継ぎもいないモンタール公爵家は後継者が危ぶまれていた。また、王家とキャピレット公爵家の繋がりを強固にするために、ディアナと第一王子の縁談が決まったのだ。


 結局、ディアナは殺されたのだから、第一王子と結婚しないで済んだわけだが。


 あのクズ王子と結婚しなくて済むことを考えれば、逆行したのは不幸中の幸いだろう。まあ、殺されたことに関しては、一考の余地がある事案ではある。


 「聖女は二人はいらないの!」と言ってディアナを刺した女は、第一王子の女性問題関連ではないことは確かだ。たぶん殺されたことは、ディアナとジュリエットが取り替えられたことに関連する可能性のほうが高いと思われるから、いったん保留でいい。


 まず考えるべきは、このままいけば、また兄ロミオはジュリエットと死の世界へ旅立つ未来があるのではないかということ。ロミオの死がなければ、ディアナとジュリエットが交換されたなど、誰も気づかないはず。そうすれば、ディアナはモンタール家の娘のままでいられて、クズな第一王子と婚約する必要はなくなるのだ。


 もう嫌だ。あのクズ王子と婚約するなんて。


 では、どうすればいいのか。そう、ロミオにジュリエット以外の女性と恋をしてもらえばいいのだ!


 ジュリエットと出会う前までに、ロミオに誰か素敵な恋人を作ってあげましょう。

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