第4話


 また一つ、記憶の玉は私の中から無くなる。そして新たなものが、私に語りかけようとやってくる。



 今度はどの記憶を追体験するのだろう、と少しだけ楽しみにする自分がいた。



「ねぇ、早く行こーよ!」

 


 同じ班の女子がキャッキャっと黄色い声を上げながら走っていく。二人と仲がいいらしい男子たちも、続いて先に走っていってしまう。



「ちょ、ちょっと待って……」



 その中で、私だけが置いてきぼり。誰も振り返らない。私なんか眼中にないようだった。



 運動が不得意な私は、少し走るだけですぐに息が切れてしまう。体力は削られるし、途中で他の班の人にその行動を見られるし、最悪の連続だった。



 四人が既に着いていた場所に、私はずいぶん遅れてやって来た。もちろん、4人はご立腹。



「あんた遅すぎ。もっと早く来れないの?」



 女子のうち一人が吊り目で私を見下ろしている。眞田さなださん。クラスのリーダー格の女子。彼女の明らかな苛立ちに、他の三人はクスクスと笑っていた。



「足の遅い人が一緒だと、行きたい場所、回れなくなっちゃうじゃん」


「ごめん……、頑張るから」


「本当にそうだよ。ったく、わざわざ余ってるあんたを入れてあげたんだから、私たちに迷惑かけないでよ」


「うん。ほんとに、ごめん……」


「はぁーあ、ごめんごめん煩いから。口より態度で示っての」



 吐き捨てるような眞田さんの言葉に、言い返すものなんて何もなかった。全部、事実だから。私が悪いんだ。私が全部。だから、せめて、迷惑にならないようにしなきゃいけないのに。



 だけどやっぱり、私はダメだった。



「あっ、ねぇ見て!あっちになんかあるよ!」


「マジ?行ってみようぜ!」


「いいね、それ」



 メンバーは面白そうな何かを見つけたのか、一目散にどこかへ走っていってしまう。



「えっ、ちょっとそっちは……」



 予定にない行き先だよ。勝手に違う場所に行ったら、他のクラスメートの子に迷惑になるよ。先生に怒られるし。



 そう、言おうとして、すんでのところで飲み込んだ。私が、何か物を言える立場じゃないから。



 代わりに、私はみんなに着いていくことにする。もう随分と遠くへ行ってしまった彼ら彼女らの背中を追いかけた。



(本当に、これでいいのかな?)



 湧き上がる疑問に、誰も答えは教えてくれない。



 予定していたルートを外れた私の班のメンバーは、案の定、帰ってから先生にこっぴどく叱られた。



「勝手に行動するなって、先生たち、あれだけ言っただろ!?みんなの迷惑になるし、先生たちだって心配するんだ!」


「すみません……」


「ご、ごめんなさい……」


「もしかしたら、お前らの身の安全だって保証できなくなるかもしれないんだからな。2度と、同じ過ちを起こすんじゃない」


「「はい……」」



 先生の前では反省の表情を浮かべていたのに、解放された途端、みんなは口を尖らせた。



「あーあ。説教辛かった。あんなに怒んなくてもいいじゃん。別に帰ってこなかったわけじゃないしさ」


「ちょっと他のところ行こうとしただけで激怒するとか、マジうざいわ」



 私を除いた4人は、最早愚痴大会を行っていた。



「かさ、叱られたのってあんたのせいだよね?」


「えっ……!?」



 不意に、眞田さんがそんな発言をする。それを合図に、みんなの視線が私に集中した。



「わ、私……?」


「だってそうじゃん。あんたが道を間違えなければ、遅れることなかったのに」


「ほんとだよな。時間さえ間に合えばバレなかったじゃん」


  

 発言者である眞田さんに同意していく、他のみんな。言葉の刃は私に向けられた。



(私のせい、なの?)



 元はと言えば、みんなが勝手に別の場所に行ったことが原因なのに。 



 そう、最初は思った。だけど、彼女たちの圧は強くて、だんだん私の思考は麻痺していく。



「お前さえちゃんとしてれば俺らが巻き込まれることなかったのにな」


「ほんっと使えないやつ」


「うちの班に入れたの、やっぱまちがいだったかー」


「せっかくの校外学習なのに、こいつのせいで台無しだよ」



 口々に、暴言が飛んでくる。私は必死に耐えた。心を厚い壁で覆って、守ろうとした。



 だけど。



「あんたなんか、消えればいいのにね」



 眞田さんの、その呟きで、壁はあっけなく壊れた。



(ああ、そうなんだ。全部、私が悪いんだ。みんなを正しい方へ導かなかった、私が悪いんだ……)



 視界が、歪む。



「ごめん、なさい……」



 足元を映した瞳が燃えるように熱い。呼吸が苦しい。まるで、私の周りだけ毒が振り撒かれているみたい。



「うわっ、こいつ泣きそう」


「は?ちょっとやめてよ。うちらが泣かせたみたいになるじゃん」



 迷惑そうな声。



 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。心の中で、何度も謝罪した。



 私は本当に、ダメなやつなんだって。



 班のメンバーの前で必死に謝罪する記憶を最後に、走馬灯は失せた。

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