第3話


 一つの走馬灯が終わった。記憶を持ち主に伝えた玉は、やるべき事を終えたかのように消え、新たな記憶が私に近づく。


 

 なんの躊躇いもなく、私はそれに手を伸ばす。精神が引っ張られる感覚と共に、鮮明に甦る、ある日の出来事。



「ねぇちょっと、何やってんの!」


「あのぐらいちゃんと取ってよ!」



 運動音痴の私は、体育の時間、いつも怒られる。今日も、例に漏れずそうだった。



「ご、ごめん……」



 パスされたボールを弾いてしまった私に、女子からの罵倒が飛んでくる。だけど彼女たちは、本気で怒っているわけでは無い。馬鹿にするような笑みを浮かべていることから、そう察するのは困難ではなかった。



「早く拾ってきてよ。試合できないじゃん」


「う、うん……」



 慌ててボールに向かって走る。足元に落ちているそれに手を伸ばそうとするも、誤って踏み出した右足で蹴り飛ばしてしまい、再び追う羽目になる。



 醜態を晒す私を、女子らは構わず笑いものにした。



「ほんと、何にもできないよね」


「うちらの足引っ張ってるだけじゃん。もういっそ見学でもしといたらいいのに」



 ボールを取りに行く私の背中に、わざとらしい嫌味が投げつけられる。ようやく拾えたボールを掴む手に、ぎゅっと力が入った。



 私だって、好きでこんな下手なわけじゃない。自分なりに、必死に努力はしている。なのに、彼女たちは理解してくれない。



「ねぇ、早くボール頂戴ってば」


「は、はいっ。ごめん」


 差し出したボールを、彼女はひったくるように奪った。呆気に取られる私のことなんざ知らず、試合は再開される。



 置いてきぼりのまま、立ちすくむ私。



 周りからの視線が痛かった。私を刺すのは、憐れみ、心配、そしてほとんどが蔑み。わざわざ、こんなところで注目を浴びるなんて。穴があったら入りたい。



 もういっそ、私を無視して欲しい。空気のように、気にしないで欲しい。



 そう思った矢先だった。



「うわっ、すっごい。さすが美宇みうだね!」



 私から取ったボールを相手チームに渡して、試合が再開した途端にクラスメートの女子が点を入れた。



 レイアップシュートを決めて、地面に降り立った彼女がガッツポーズをする。彼女の額から流れ落ちる汗が、天井のライトの光を反射して宝石みたいにキラキラと輝いている。



 笑顔で仲間とハイタッチする彼女が眩しい。彼女の周りだけ、星屑を砕いたような粒子が舞っている。



 美宇は身体能力が高くて、いつだって明るくて、クラスの中でも目立つ存在。私とは、正反対だ。



 ただ突っ立ったまま、私は俯いた。誰も気にしない、誰も気にかけない。邪魔だ、と言いたげなのは何となく分かった。



 私って、本当に取り柄がない。何をやってもダメなやつ。だから、どこに行っても人に迷惑しかかけられない。



 仕方なく、体育館を後にする。後方から聞こえてくるハイタッチに一瞬足を止めたが、結局振り返ることはできなかった。



 独りぼっちで廊下を進む記憶を最後に、走馬灯は失せる。

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