第三章 執着の行方
第33話 先行き
レティツィアがアシュワールドから帰国して、一ヶ月ほど経過していた。兄の言うように、オスカーからの婚約の打診は、国としてすでに断っている。
最近はめっきりと秋らしい日々となり、あと一ヶ月もすれば、レティツィアは誕生日を迎える。十八歳になれば、成人となるのだ。
プーマの第二王子だが、レティツィアがアシュワールドにいた間に、予定通り王立学園を卒業していた。そしてすぐにプーマ王国に帰国したと聞いていたが、最近再びヴォロネル王国へ戻ってきたという。もう戻ってこなければいいのにと、何度思ったことか。
アシュワールドから帰国してからというもの、レティツィアは今のところ第二王子とは接触していない。誘拐もされていない。それは、レティツィアがほとんど自室で過ごしているからだろう。もしかしたら、第二王子はあと少しで成人するレティツィアを、わざわざ今誘拐する必要はないと思っているのかもしれない。
つかの間の平穏。ただの嵐の前の静けさなのかもしれない。もうこのまま静かに過ごしたい。
そんなある日だった。レティツィアが両親と長兄アルノルドと夕食を共にしていた時、アルノルドが言った。
「今度のパーティーには、アシュワールド王自身が来られるそうだ」
「オスカー様が出席される?」
ヴォロネル王国では、王国が建国された秋の日に毎年パーティーが開かれる。国内だけでなく、毎年国外からも王侯貴族を招待している。ただ、いつもアシュワールドの王に招待状を送っていたが、毎年王ではなく王の代理人が出席していた。しかし、今年はオスカー自身が出席するという。
パーティーは半月後。もしかしたら、レティツィアに会いに来てくれるのだろうかと、期待してしまう。パーティーまでそわそわとして過ごしていたものの、だんだんと気持ちがしぼんでいく。
オスカーに似たくまのぬいぐるみを抱きしめる。
オスカーは、もうレティツィアのことを何とも思っていないかもしれない。ただ招待されたから、パーティーに出席するだけ。レティツィアはすでに婚約を断っている。だから、レティツィアの次のお見合い相手とお見合いをしている可能性もある。その女性と、すでに婚約の話が上がっているかもしれない。
第二王子に執着される面倒なレティツィアのことなど、戦争になるかもしれないことを考えれば、オスカーがレティツィアをいまだ好きでいてくれるなどと期待するレティツィアが馬鹿なのだ。
それに、レティツィアは自分自身のことばかり考えていてはいけない。戦争になるかもしれないというのは、ヴォロネル王国にも同じことが言えるのだ。例えレティツィアがオスカーと結婚しなくても、第二王子のものにならないなら、第二王子は言いがかりでも付けてヴォロネル王国に宣戦布告するかもしれない。
今レティツィアが第二王子のものになるなら、まだ戦争は免れるだろう。
アシュワールドでオスカーに求婚されるまで頭の中で考えていた、第二王子の求婚を受け入れると両親に告げようと思っていたこと。オスカーと結婚できると、思考の奥に追いやったその考えを、再び思い出すしかないのだ。
長兄アルノルドの『休憩係』のレティツィアは、アルノルドの膝の上で思いつめた顔で口を開いた。
「お兄様、わたくし、プーマ王国第二王子ディーノ様の求婚を受け入れるわ」
「……何を言っている?」
「今ならまだ、間に合うでしょう? 次にまた正式な求婚状が届いたら、婚約するわ。これ以上、もう争いも揉め事もしたくないの。戦争なんて起きる前に、争いの種を取っておきたいから」
「レティをあんな男にはやらない」
ぐぐぐ、とレティツィアは泣きそうになるのを我慢した。
「わたくしなら、大丈夫。今まで、お兄様たちに十分守ってもらったもの。もうすぐ成人するのだもの、もう大人よ。これからは自分で厄災に対処できるようにならないといけないわ」
「レティが俺たちにとって可愛くて甘えたな妹でも、本当は王女として大人な対応のできる子だというのは知っている。でも、あのような話の通じない、最低な男の対応など、大人なレティにもさせたくない。傷つくと分かっているのに、俺たちがレティにそんなことさせるわけないだろう」
「で、でも……」
「俺たちだって、何もしていないわけではない。第二王子を王太子になどさせるわけにはいかないから、裏で動いているんだ。プーマ王国には話の通じる第一王子ダリオがいる。第一王子が王太子となるよう、秘密裏に協力しているところだ」
そんなことになっているとは知らないレティツィアは、驚愕に目を見開いた。
「今のところ、五分五分といったところではあるが……、まだ悲観的になる必要はない。王太子が決まるまで、まだ時間は必要だろう。レティはそれまで俺たちに守られていればいいんだ」
本当に待っていれば良い方向へ進むのだろうか。未来がどうなるか分からないが、レティツィアはアルノルドの言葉に頷いた。
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