第32話 帰国
七日間のお見合いが終わり、レティツィアは帰国の途に就こうとしていた。レティツィアの訪問は極秘扱いだったことから、盛大な見送りはないが、オスカーが会いに来てくれた。
「ヴォロネル王国に到着するまで、しっかり護衛は付けます。レティツィア、くれぐれも、気を付けて。次に会う時まで、元気でいてください」
「ありがとうございます。オスカー様も、お元気で」
頬にオスカーからキスを受け、レティツィアもキスを返す。ふと目に入ったシリルが、なぜか薄目でオスカーを見ていた。マリアのように、お見合い中はシリルがひっそりとオスカーに付いていたが、いつもこんな顔をオスカーに向けていた。信じられない現実に直視できずにいるような、そんな表情。レティツィアに向ける優しいオスカーの顔と、シリルに向ける上司の顔が違うのかもしれないな、とレティツィアは思いつつ、オスカーとそこで別れるのだった。
レティツィアの乗せた馬車が進む。別れたばかりだというのに、すでにオスカーに会いたくなっていた。オスカーにもらった、オスカーに似たくまのぬいぐるみを抱きしめる。
夕方に港に着き、その日の夜は海上で過ごす。行きでは、将来を悲観に思っていたのに、オスカーと結婚できるかもしれないと思うと、未来がキラキラと輝いている気がする。
日付が変わり、日が昇ってしばらく経つと、ヴォロネル王国の港に着いた。港で待っていたのは、従姉弟であるコルティ公爵家の馬車だった。その馬車で迎えてくれたのは、次兄ロメオである。他家の馬車を借りているのは、レティツィアを秘密裏に王宮へ戻すためだろう。
それまでレティツィアを守っていたアシュワールドの護衛たちと別れ、レティツィアはロメオと共に馬車に乗り込んだ。馬車の外には、コルティ公爵家の護衛騎士に扮した近衛兵が護衛をしてくれている。
動き出した馬車の中で、レティツィアはロメオに抱きしめられた。
「レティ、明るい顔をしているな。アシュワールドは楽しかったか」
「楽しかったわ! でも、ロメオお兄様の顔が見たいと何度も思っていたの」
「俺もレティの顔を見たかった。こんなに会えないのは、なかなかないからな」
ロメオからこめかみにキスを貰いながら、レティツィアはアシュワールドで街を見学したり、眺めの良い宮殿で夕食をしたり、楽しい日々を送った話をする。
「陛下にくまのぬいぐるみをプレゼントしてもらったの! これ、すごく可愛いでしょう!」
「そうだな。……アシュワールド王は、レティに良くしてくれたようだな」
「うん、とっても! すごく優しい方なのよ」
そうやって話している内に王宮へ到着し、レティツィアは無事に帰宅するのだった。
その日の夜。
久しぶりに両親と兄たちと一緒の夕食をして、家族で談話室へ移動する。レティツィアの極秘扱いだったお見合いについて、オスカーからの返事の書簡を、レティツィアは父王へ渡す。
穏やかな顔の父が返事を読み進める内に、だんだんと難しい顔になるのをレティツィアはドキドキと見つめていた。
「父上? アシュワールド王の返事は何と?」
ソファーのレティツィアの右横に座っていた長兄アルノルドが、父の異変を感じたのか怪訝な顔をした。父は書簡から顔を離し、書簡をアルノルドへ渡す。レティツィアの左横に座っていた三兄シルヴィオが、レティツィアを抱き寄せながらアルノルドを見て口を開いた。
「……まさか、アシュワールド王は、レティを欲しいなどと言ってはいませんよね?」
「……言っているな」
「はあ? 今まで何度もお見合いしておいて、婚約する気のない態度だったでしょう!? なぜうちのレティだけ!? レティが可愛いからって、態度を急変しないでほしいな!」
聞いていた通り、オスカーはレティツィアとの婚約を望む返事をくれたのだと、レティツィアはほっとした。しかし、その後のシルヴィオの声に慌てる。
「もちろん断りますよね?」
「ああ」
「ま、待って! 断らないで欲しいの!」
全員の視線がレティツィアを見る。
「わたくし、アシュワールド王のオスカー様と結婚したいの!」
「……レティ?」
「オスカー様、すごく優しいの。わたくしの話に耳を傾けてくれるし、わたくしが甘えても答えてくれる。それに、すごくカッコよくて素敵で……わたくし、オスカー様が好きなの。だから、結婚させてください」
レティツィアの言葉に目を輝かせているのは王妃である母だけである。父と長兄次兄は難しい顔をし、三兄はショックの顔をした。
「レ、レティ!? アシュワールド王に惚れたなんて、嘘だよね!?」
「嘘じゃないわ、すごく好きなの! それに、オスカー様もわたくしを好きだと言ってくれて」
なんだか恥ずかしくて照れつつも、みんなに事実を説明する。母は高揚した顔で口を開いた。
「まあまあ! レティツィアが恋をするなんて! レティツィアが好きになるくらいだもの、アシュワールド王は素敵な人に違いないわ。わたくしは、レティツィアが好きという方と結婚するのは賛成よ」
「母上、ことはそんな単純な話ではないのは分かっているでしょう。プーマ王国の第二王子のことは、どうするつもりですか」
「そ、それは、そうですけれど……」
アルノルドの声に母がしゅんとする。
「あ、あのね、お兄様、オスカー様は、わたくしのことは第二王子から守ってくれるっておっしゃていたわ」
一人用のソファーに座っていた次兄ロメオが、溜め息を付きながら口を開いた。
「馬車に乗っている時からレティが明るすぎるのが気になっていたが……。レティ、アシュワールド王は、レティの第二王子に関する情報は全て知っているのだな?」
「そうだと思うわ」
「まあ、レティの第二王子関連の話は調べればわかることだな。ただ、レティだけなら守れたとしても、それが国家間の争いに発展するとしたら、アシュワールド王はレティを守り続けられるだろうか」
「……国家間ということは、戦争ということ?」
全員が無言になり、レティツィアはそれは肯定を意味するのだと青くなる。個人間だけでなく、国家間となると、レティツィアではどうしようもない。
隣に座るアルノルドがレティツィアの腰を抱き寄せた。
「もし第二王子が王太子に決まりでもしたら、第二王子がレティを諦めない限り、そうなる可能性がある、ということだよ。レティ、俺たちはレティの家族でレティを愛しているから、何があってもレティを守る。でも、アシュワールド王は、まだレティと会って間もない。アシュワールド国民を巻き込んでまで、レティを妻にしたいと思うだろうか」
「………………」
じわじわと涙が溢れる。国民を戦争に巻き込んでまで、するべき結婚ではない。もしかしたら、好きな人と一緒になれるかもと、幸福な夢を見てしまった。ズキズキと胸に鈍い痛みが走る。
「アシュワールド王には、婚約はしないと断りを入れる。いいね?」
「………………はい」
泣きじゃくるレティツィアを、兄たちはいつまでも抱きしめ続けるのだった。
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