第34話 逃げられない1

 建国パーティーの日となった。

 レティツィアは早い時間から準備に費やし、黒と白の大人っぽいドレスと、黒ダイヤを使ったネックレスやピアスといったアクセサリーを身にまとう。


 今日のパーティー会場は、王宮内にあるパーティー専用の宮殿であった。会場は二階のフロア全体で、階段以外は全て大小の五つの部屋に分かれている。廊下はなく、通称第一ホールという大ホールの隣が、通称第二ホールという中ホールとなっており、すべての部屋が解放されているので、二階は好きな部屋へ自由に行き来できるのだ。女性用の化粧室は三階、男性用は一階と分かれている。


 今日はプーマの第二王子も来ていることは知っていた。招待はしていないが、いつもプーマ王国の別の招待された誰かの代理という名目で参加するのだ。プーマ王国とは、表面上は友好的な外交を行っているため、誰も招待しない、というわけにはいかない。そのため、第二王子が来るということは回避できないのだ。だから、レティツィアはいつも誰かに傍にいてもらいながら、パーティーに参加するのである。


 パーティー開始後、レティツィアは次兄ロメオにくっついて挨拶回りをしていた。他国の王侯貴族、国内の貴族などと会話しつつ、オスカーはまだ来ていないのだろうか、と気にしていた。結婚はできなくとも、一目だけでもまた会いたいと思ってしまう。


 オスカーだけでなく、第二王子とも今日はまだ接触していなかった。普段であれば、周りに誰がいようとレティツィアの傍をウロウロとしているのに、なんだか拍子抜けで気味が悪い。しかし、会わずに済むなら、それにこしたことはない。


 一通り、重要な要人たちとの会話が終わったころ、会場に来ていた従姉妹のレベッカに会う。


「レティ、第五ホールの方でピアニストが演奏していたわ。令嬢たちが集まっているから、一緒に行きましょう」

「ええ」


 今回は他国から有名な芸術家も招待している。その中でも今回招待したピアニストは、美形だと有名で、すでに令嬢たちを虜にしているらしい。レティツィアも楽しみにしていたので、上機嫌でレベッカと共に第五ホールへ向かった。


 ピアニストの演奏は、大盛況だった。九割が令嬢や婦人などの女性ばかりが集まっていたが、ピアニストは美形というだけでなく、演奏も大変美しく素晴らしいものだった。


 長兄アルノルドの婚約者であるマリーナも見に来ていた。マリーナは目を瞑り、音に聞き入っている。


 何曲か聞き終えたレティツィアは、アルノルドの元に戻るというマリーナと二人で第五ホールを出た。レベッカはまだ演奏を聞くというので置いてきたが、レティツィアはアルノルドの傍であればオスカーと接触しやすいと思ったのだ。


 人がまばらな第四ホールをマリーナと話しながら歩いていると、マリーナとすれ違った男が、急にマリーナの腰を引っ張った。はっとレティツィアが見ると、男はレティツィア以外から見えない角度でナイフをマリーナに向けている。


 パーティー会場には武器の持ち込みは禁止である。荷物検査だってあるのに、どうやってナイフを――と、レティツィアとマリーナが青い顔をしていると、レティツィアの前にいつの間にか笑みを浮かべたプーマ王国の第二王子が立っていた。


「レティツィア、少し話がしたいから、付き合え。首を横に振るなよ、兄の婚約者が傷つくのを見たくないのなら」


 今度は脅しか。しかし、この場を見るに、完全にマリーナはレティツィアのとばっちりで危険な目に合っている。マリーナを傷つけるわけにはいかない。レティツィアとマリーナが大きい声を出して誰かを呼ぶことはできるが、助けが入る前に第二王子が逆上してマリーナを傷付けないとも限らない。


「お話に付き合います。だから、マリーナ様を傷つけないで」


 マリーナを見て、第二王子は「騒がずその場で大人しくしていることだな」と言い、レティツィアの背中を押しながら、第四ホールにいくつもある窓の外へ出た。そこはバルコニーだった。


「ナイフで脅すなんて、卑怯です!」


 背中が第二王子に触れられているのが嫌で、レティツィアは第二王子から離れるように振り返って第二王子と相対した。


「俺のせいじゃない。レティツィアが早く俺のものにならないから、こういう手間を掛けなければならなくなる。つまり、レティツィアのせいだ」


 じりじりと迫る第二王子を避けるために後ろへ下がると、そこは壁だった。横にはバルコニーの柵があるが、二階で高さがあり逃げられそうにはない。目の前に第二王子が迫り、第二王子が壁に片手を付いた。そしてもう片方の手で、レティツィアの頬を触る。


 第二王子は容貌が整っているはずなのに、レティツィアを執拗に見る目が異様で、むしろ整った容貌が余計にぞっとする感覚を思い出させる。


「また一段と綺麗になったな。もうすぐ俺の妻になるんだ、似合いの夫婦となろう」

「わたくしは、あなたの妻にはなりません」

「まだ、そんなことを言っているのか。未来の王の妻となれるんだぞ。王となった俺の横には、レティツィアのような美しい妻がいるべきだ」


 まだ王太子にもなっていないのに、すでの王になるのは確定しているかような口ぶりである。


「……どうしてわたくしなのです? 綺麗な女性はたくさんいます。わたくしでなくたっていいでしょう? それに、ディーノ様には、王立学園で恋人がいたと聞いていました。その方と結婚するのを考えた方が――」

「なんだ、嫉妬か? 可愛いところがあるじゃないか」


 違う、断じて嫉妬ではない。心の底から、その女性と結婚してレティツィアを諦めて欲しいと思っているだけである。しかし第二王子は、都合の良い方にしか頭が働かないようだ。


「あの女は、少しの間だけでも恋人にしてくれと言うから、傍に置いてやっただけだ。心配しなくとも、俺の正妻はレティツィアだ」


 第二王子は、女心を弄ぶ下種だ。女の敵! と、内心思いながら、レティツィアはキッと第二王子を睨むが、第二王子はまったく動じていない。


「もうすぐレティツィアは十八歳になる。これで誰を気にすることなく、レティツィアを妻に迎えられる」

「ま、また、わたくしを誘拐しようと――」

「誘拐? そんなこと、俺はした覚えはないが?」


 あくまでも、過去のレティツィアの誘拐未遂の犯人は、自分ではないと口にする第二王子の表情は、証拠はないだろうとニヤっとしている。

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