ラストソング
ゆったりとしたバラードで派手だった照明までムーディなものへと変わり、曲が切り替わった途端みんなが壁際に寄り始めた。俺は急に引いた人の波に首を傾げる。
「なんだ?」
「ああ、これな。男女限定の曲なの。べつに恋人じゃなくてもいいけど、メインはカップルなんだよ。相手がいない奴は真ん中は避ける決まり」
「いわゆる、告白タイムってやつな〜!」
「俺は誰にも誘われませんでした〜!」
なるほど。確かにセンターで踊ってるのはみんなカップルだ。告白タイムまで設けてあるのか。そりゃ盛り上がるわ。いない奴はクールダウンだ。
中には羨ましそうにカップルのダンスを見つめている女子もいるし、チラチラと壁際の女子に視線を向けてる男子もいる。たぶん声をかけようか悩んでるんだろうな。
菊地は陽平とバカ笑いをしてるので互いに気になる女はいないらしい。まあ、絶大な人気を誇る陽平にとってはいいガードマンだ。あれだけ男同士で盛り上がってりゃ、女子も声をかけずらいからな。
「あっ、彰くん!」
「はい?」
二人のコントに笑っていた俺は不意にかけられた声に振り返る。
「あっ、あの。一緒に踊らない?」
俺のジャージを羽織った浅見先生が手を握り締めてモゾモゾとしながら俺をみていた。
一瞬、思考が止まる。
ミラーボールが青と白の光を交互に降り注ぐ。俯き加減の浅見先生は近くにいなければ聞こえないほど小さな声でぽそぽそと言葉を付け足した。
「お、お願い……します」
さっきまでのハイテンションがまだ体から抜け切っていない。疲れはマックスでリレーも死ぬほど頑張った。きっと今、俺の体にはアドレナリンが滾ってる。だからなのか、俺は無言で浅見先生の手を引いた。
センターに進み出た俺たちはまわりの真似をして両手を繋ぎ合わせ、ゆっくりとステップを踏み始める。右、左、右、右。そしてターン。運動神経はいいのでステップを覚えるのは簡単だ。俺がリードしてやると浅見先生もついてくる。
ド派手なヒップホップの格好でバラードもないと思うが、俺に至っては上下ジャージなので人のことを言えた義理じゃない。私服だらけの生徒に交じって踊る俺たちはさぞや浮いて見えただろう。でもいいんだ。輝くミラーボールの下、潤ませた目で俺を見上げる浅見先生が少しだけ可愛くみえたから。
浅見先生がターンをすれば艶やかな髪がふわりと舞う。腰を抱いて向かい合えば小玉スイカが潰れ、離せば元に戻る。最初は緊張していた浅見先生もしだいに表情が綻び笑顔を浮かべるようになった。離れたりくっついたり。高く掲げた俺の手を軸に腕の中でくるりと回る浅見先生はこちらまで笑顔になりそうなほど幸せそうだった。
バラードが終わると周囲から盛大な拍手が送られた。俺と浅見先生をみつけた菊地は顎が外れそうなほどデカい口をあける。
「いや……今日、如月はマジで頑張った。あれくらいのご褒美はあって当然だな。うん」
何やらひとりで納得したようだ。うんうんと頷いてクラスメイトと一緒に手を振り始めた。陽平は調子に乗ってピューッと指を咥えて口笛を吹く。そうして大賑わいの打ち上げダンスパーティーは盛大に幕を閉じた。
「あっ、ジャージ!」
「そのまま着てていいですよ。来週返してくれればいいので」
未だ覚めきれない興奮に包まれ、学校を後にする生徒の中で俺は浅見先生を振り返る。明日から土日だし、べつに今すぐ返す必要なんてない。どうせ月曜日は朝早くから会うんだし。
「そ、そう? わかりました。じゃあ、月曜日に返すわね」
「はい。じゃあ……お疲れ様でした」
「お、お疲れ様」
「彰ー! 帰ろうぜ〜!」
「おー」
遠くから陽平に呼ばれて先生に背を向ける。肩を組んできた陽平とバカ笑いしながら帰路を歩む俺は、もう陰キャのことなどすっかり頭から吹っ飛んでしまっていて。
アドレナリンって怖いよなと思ったのは、その翌朝だった。
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