ダンス・ダンス・ダンス

 近くにいた生徒や先生もみな驚いて彼女を注視する。ステージ上のダンス部まで踊りをやめて浅見先生のダンスを食い入るようにみていた。


 俺も同じだ。浅見先生はテクノからラップミュージックへと変わった曲調にスローテンポながら的確に動きを合わせていく。メガネを外した美貌は少しだけ愛らしさを取り戻し、軽々と教師という垣根を取っ払う。


 長く艷めく髪がステップを踏む度に極彩色の光に照らされ、時には跳ね、時には舞い上がり、戯れるように靡く。振り返りざまのふとした表情や、女性らしく引き締まった体つきも相まって持ち前のセクシーさが天元突破。


 男女問わず見る者を釘付けにする浅見先生のそれは、ややぎこちなくもあったが、まさしくヒップホップだった。


 まさか先生にこんな特技があったとは驚きだ。とゆーか浅見先生についてはいつも驚かされることしかない。本当にびっくり箱みたいなひとだな。


「すっげー……浅見先生ヒップホップ踊れんの?」

「カッコよすぎ」

「マジで惚れるわ〜」


 うっとりと魅入る野郎どもの声を耳にしながら、一方で俺は妖艶な腰つきで踊り続ける先生に不安を抱く。


 浅見先生の上半身はパツンパツンのブラトップ一枚。腕にパーカーを引っ掛けてはいても、あんなの無いに等しい。なのに、あんなに激しく動いて大丈夫かよ。マジでポロリするんじゃ……


 俺は暗闇に乗じてメガネをずらし、人混みを掻き分けて浅見先生に近づいた。やっぱり自己陶酔に陥ったように踊り狂う彼女のブラトップがだんだん上にズレてる気がする。


 まわりの連中は浅見先生のダンスに合わせてリズムを取り、歓声をあげて手を叩く。ボルテージの上がる中、激しく揺れる小玉スイカを冷静に注視していると隣の奴が嬉々とした声をあげた。


「おっ、これはもしかして!」


 どうやら俺と同じことに気がついたみたいだ。他の男子も心なしか顔がにやけている気がする。


「はーっ」


 俺は今日一日でもっともデカいため息をつく。男どもの気持ちは痛いほど理解できる。思春期真っ盛りだし、そりゃあ瑞々しい小玉スイカを拝みたいだろう。


 だけど悪いな。


 今か今かと期待に目を輝かせる野郎どもの視界を遮り、俺はジャージの上着を脱ぎながら真っ直ぐに足を進める。長い髪で綺麗な弧を描き、浅見先生がクルッとターンしたのを見計らって。


 バサッ……


 彼女の肩に上着をかけた。


「えっ?」

「肌、見えすぎ。それ着て」


 振り返った浅見先生は目を丸くする。かけた上着を胸元で軽く閉じてやると、やっと言いたいことが伝わったらしい。先生は顔を真っ赤にして慌てて胸を覆い隠した。


「ちぇっ、もう少しで見えそうだったのに!」

「邪魔すんなよ、如月ー!」


 期待に目を輝かせていた男子から罵声が飛び交う。

 

 寄せたジャージの襟元に顔を半分埋め、俯いてしまった浅見先生からまわりの奴らに目を向けて、俺は瓶底メガネの下で睨みを効かす。


 おまえら何言ってんだ?

 浅見先生はおまえらの欲望を解消するために踊ったわけじゃねーんだよ。たぶん、場を盛り上げたくて頑張ったんだろ。それなのに、よくもそんな心ない言葉が吐けるな。


 罵声に調子づいた他の男子まで声を上げ始め、俺を責める声が大きく膨らんでいく。完全に萎縮してしまった浅見先生と違い、俺の怒りゲージは高速で上昇中。


 黙れ、エロガッパどもが!


 つい口を開きかけたその時。


「うるせえ! 如月は優しいんだ! さっさと女でも作れ馬鹿野郎!!」


 青筋を立てた俺の前に飛び出してきたのは菊地だった。菊地の声がデカすぎて怒りがどこかに霧散する。それはみんなも同じだったらしい。唖然として菊地をガン見する連中は少々不貞腐れた顔をしながらも、それ以上は何も言わなかった。


「もういいよ、菊地。空気悪くしちまって悪い。さ、踊ろうぜ」

「おう!」


 音楽は流れ続ける。曲調が切り替わり、俺と菊地はアホのように踊り狂った。それはお世辞にも踊りともは言えない滅茶苦茶なものだった。


 菊地が先生の真似をして腰をくねらせるものだから、俺も真似てメガネを光らせ妖艶にターンを繰り出す。


 しまいにはどこぞの令嬢よろしく俺の首に腕をまわし、斜めに倒れた菊地の腰を支えて王子さながらのポーズを決めてやった。……片手で支えるにはだいぶ重かったけど。


 それを遠目に見ていた生徒から笑いが起こり、しだいに固まった空気も緩み出す。切り替えの速さはピカイチの陽キャ。無理にでも笑えば、それは自然な笑顔に変わる。時はまるで何事もなかったように動き出した。


 走り疲れた体で飛んだり回ったり、そんなことできないと思っていたけど、いざやってみれば楽しい時は自然と体が動く。


 そのうち俺と菊地のアホな踊りを見つけたクラスメイトが何人か集まってきて、みんなで爆笑しながら踊り続けた。


 この学園に来て腹の底から笑ったのはこの日が初めてだったかもしれない。慣れないダンスを適当なノリでそれらしく踊る俺らは本当におかしくて。楽しくて。


 そんな中、少し離れた所で寂しそうにこちらを見ている浅見先生に気がつき、俺は手を差し伸べた。


「先生も踊ろうよ。俺らの担任でしょ。先生がいなきゃ始まんない」


 浅見先生は笑った。それはそれは嬉しそうに。浅見先生を真ん中に招き入れ、俺たちはまた大笑いしながら踊る。


 途中で陽平が乱入してきて更に爆笑した。笑いすぎて腹筋が痛い。誰が何をしてもおかしくて、みんな目に涙を浮かべてた。


 そして……


 ラストソングが流れる。





【あとがき】

 今夜は二話続けて更新します。

 タイミングよく浅見先生の幸せターンですので、ぜひ皆様にもほっこりしてもらえればと。

 続けてお楽しみください。


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