ダンサー浅見、ここに登場!

 パーティ会場となる体育館に足を踏み入れて驚いた。


 バスケの決勝が終わって直ぐに飾り付けを始めたのか、真っ白だったカーテンはラメ入りの黒いカーテンに変わり、手すりや壁などあちこちに派手な飾り付けが施されていた。


 それだけじゃない。壇上にはDJ用のブースが八の字に設置され、天井の真ん中からは超特大のミラーボールが顔を覗かせる。


「どーなってんの、あれ」


 俺は頭上でグルグル回るミラーボールをポカンと見上げる。体育館の隅々に至るまで煌びやかな光を撒き散らすなんて、なかなかお目にかかれないサイズだ。もしかしたらシェンロンとか呼び出せるんじゃねーか。


「ああ。すげーよな! 噂じゃ学園長の趣味らしいぜ。イベントの時にしか使わないけど、普段は天井に収納してあってボタン一つで出てくるんだと」

「はあ〜」


 どや顔の菊地に間の抜けた声が漏れる。


 きっと学園長も陽キャなんだな。学校にミラーボールって。思考がちょっとイッちゃってる。どんだけイベントにチカラ入れてんだよ。


 ここまで雰囲気が変わると体育館ってより大型のクラブみたいなもんだ。


「うちはダンス部とDJクラブがあるからな〜! すっげえ人気だけど、そのへんの見せ所じゃないか? めっちゃ楽しみだよな!」

「そうだな」


 目を輝かせる菊地に適当な相づちを返す。


 あいにく俺はダンスに興味がないし、リレーで全力を出し切ったもんだから、もうクタクタ。ぶっちゃけ、もう帰りたいってのが本音だ。


 だけど本日のメインイベントはこれ。打ち上げを兼ねたお祭り騒ぎってことになっているが、生徒たちの気合いの入れ方が体育祭の時とまたひと味違う。


 なぜならこのダンスパーティー、じつは私服参加がありとなっている。


 壇上のDJクラブやダンス部はもちろんのこと、目立ちたがり屋の奴らは短い休憩時間を利用してそそくさと私服に着替えたらしい。会場は有り得ないほど私服だらけで、ジャージ姿で参加すると逆に目立つくらいだ。当然、俺はジャージのままだけど。


 学校行事とはいえ、私服となれば開放感が桁違い。そのせいもあって体育祭とはまた別のテンションと熱気が会場に溢れていた。


 みんなが集まると噂の学園長がステージに立った。いい歳のおばちゃんだったが、やっぱり頭のネジが数本飛んでいたらしい。


「へーい! みんな、お疲れ様あ! 学園長のゆみっぺでーす! 体育祭疲れたでしょー? その疲れを明日に持ち込まないように、ここで発散していってねー! 生徒も先生もみんなで踊り狂っちゃいな! イエス! ミュージックスタートッ!」


 片方の手を腰に当て人差し指をあさっての方向に突き出したイカれ学園長ゆみっぺは、夢の国で売ってそうな星形のサングラスをかけてノリノリのスタートを切った。


 何歳だよ、学園長。


 そしてフッと暗転した体育館にミラーボールが光を送り出し、DJクラブによるテクノミュージックが流れ始める。


「イエーーイ!!」


 菊地はバッタ並のフットワークでどこかに消えていった。さっきまで痛そうにしてたのに、怪我のことなんか忘れたみたいだ。


 ノリノリの音楽で満たされた館内は大賑わいだった。陽平もどこにいったのか、見当たらない。


 ステージではダンス部が見事なヒップホップを披露し、壁際の花となった俺も盛大な拍手を送る。曲は徐々にアップテンポになっていき、盛り上がりが最高潮に達した時だった。


「えっ、あれ浅見先生!?」

「うそっ、すごーい!!」


 すぐ傍で女子が騒ぎ出したので俺も釣られて目を向ける。


 そこに彼女はいた。

 

 私服もOKとなっているこのダンスパーティー。さすがにジャージのままで来ることはないと思ってはいたが。


 体育館の入口をバァンと開け放った浅見先生は両耳に大きいリングのピアスを付けて、ド派手な色のブラトップに腕に引っ掛けただけの短めパーカーを重ね、ダボッとしたカーゴパンツで現れた。


「なんだありゃ……」


 俺は思わずメガネを外して凝視する。


 いかにもヒップホップ系のダンサーのような雰囲気を出しているが、いったいどうしたんだ?


 普段、セクシーさを全面に出しているだけにギャップが凄まじい。体育祭で疲れて頭のネジが全部溶けてしまったんだろうか。


 下手したらポロッと零れてしまいそうなブラトップにパツンパツンに収まった小玉スイカの下には、細いウェストが見事なくびれを描きヘソの形まで丸見えだ。


「みてー! 浅見先生!! カッコイイ!」

「キャーーッ!!」

「ちょ、みて! あれ!」

「すっげ!! 写真! 写真!」


 浅見先生に気付いた生徒が騒ぎ始め、手にしたスマホで写真撮影を始める。レッドカーペットを歩く大女優のように、フラッシュ照らされた浅見先生は堂々とセンターに歩みだした。


 俺はあんぐりと口を開ける。


 あのひと、何する気なの?


 ※


 浅見はついにやけてしまいそうになるのをグッと堪える。


 みてる。みてるわっ!


 ひとが多すぎて彰くんが自分の登場に気づかないのではと不安だったけれど、ラッキーなことに入り口付近に立っているのを発見した。


 派手にドアを開いたものだから彰くんも振り返っている。つい振ってしまいそうになる手を握りしめる。まだダメよ。ここで気を抜くわけにはいかない。格好よくダンスを踊り終えるまでは!


 ミラーボールに照らされた浅見はモデルのような仕草で首元から髪を掻き上げ、堂々とセンターに向かって歩き出す。


 ここまで来るのは本当に大変だった。彰くんの視線を釘付けにするため、浅見が選択したのはヒップホップ。


 浅見はヒップホップなんて聞いたこともない。それでも彰くんの年頃はみんな好きだと信じて疑わなかった。


 初めて踊るダンスにヒップホップを選択した浅見には地獄の特訓が待ち構えていた。


 何度も腰や足首を痛め、呪いのような呻き声をあげながら筋肉痛に耐え忍ぶ日々。全身湿布ミイラとなって夜を過ごし、翌朝は匂いを消すため念入りに体を洗って出勤。


 学校でも腰の力が抜けてカクッと膝が折れること度々。筋肉痛のあまり自由に身動きが取れず、本当に苦労した。


 極力動かないように傍にいる生徒や先生方に頼んで物を取ってもらったり、帰宅時には下駄箱にある靴を並べてもらったりもした。


 少しでも気を抜くと表情筋が情けなく崩れてしまうため、目力を入れて指示。メガネを光らせ、切長の瞳に有無を言わさぬ眼光を称える彼女はまるでドSの女王様。


 たいそう横柄な態度を取ったように思えたけれど、幸運なことにも自分でやれよ! と指摘する者はおらず、不思議とみんな喜んで従ってくれた。中には恍惚とした顔でなんでも命令して下さい! と逆にせがむひとも。


 都合が良かったのであれそれ頼んでいたら、いつの間にか身の回りに数人の取り巻きができていた。


 そうしてマニアックなファンを増加させつつ、なんとかマスターしたヒップホップ。


 その後はファッション雑誌を開く生徒に背後霊よろしく張りついて、ふむふむとイマドキのファッションを勉強。その結果できあがったのがいまの浅見である。


 努力が功を奏し、いまや全生徒が浅見に釘付け。狙い通りだと浅見はほくそ笑む。


 ビジュアルは完璧なはず。あとはキレッキレのダンスを踊り、更に株を上げる。そうしたら堂々とラストダンスに彰くんを誘えることができる。


 浅見はキリッと前を向いて立ち止まるとメガネを外しスイカ畑の谷間へと差しこんだ。


 空気を読んだ照明係が浅見にスポットライトを当てる。周囲の注目を一手に集めた浅見は、会場を揺らすノリノリのテクノミュージックに乗って妖艶なる表情でリズムを刻み、一心不乱に踊り始めた――。






【あとがき】

読者の皆様、いつもご覧いただきありがとうございます。

多くの作品の中から本作品をみつけ、応援してくださる読者の皆様に心より感謝を。

また評価を入れてくださる方や、更新するとすぐにハートをつけてくださる方もいて大変励みになっております。

今年の更新はこれが最後となりますが、また来年も皆様に楽しんでいただけるよう、精進していきたいと思っています。

それでは皆様、笑い溢れるよいお年をお迎えください。

また来年ここでお会いしましょう。 


 一色姫凛



 

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