陰キャスタイルでバスケに挑む

 振り向くとクラスの男子が三人、肩を組んでニヤニヤとした笑みを俺に向けている。こいつらバスケに参加してる奴らだよな。


「お、お疲れ様〜」


 嫌な予感がした俺はそそくさと違う会場に向かおうと……


「確保!!」

「ぎゃっ、馬鹿野郎! 離せ!」


 ヨイショッと肩に担ぎ上げられた俺は、思わず猫を被るのを忘れて怒鳴った。


 なに考えてんだ、こいつら!!


「ちょっと人が足りなくてな〜、困ってたんだわ〜」

「た、大変だね〜」

「おう。すっげー大変なんだよ。だから如月、手伝え」

「無理!!」

「やればできる。自分を信じろ」


 なに言ってんだ、馬鹿野郎!! 


 まるで胴上げ状態で男三人に担がれた俺は「はい、どいたどいた〜!」とひとの波間を掻き分けるクラスメイトになされるがまま、悲鳴をあげながら流し素麺よろしく階段を滑り、最終的にはコートの真ん中にストンと下ろされた。


 正面にはポカンとした陽平。それを無視してチャキッとズレたメガネを直し、何事もなかったようにコートを離れようとした俺にバスケのユニフォームがバサッと被せられる。視界にはずいっと突き出たクラスメイトの顔。


「いいか。やることは三つ。走れ。ボールを取れ。ゴールしろ。それだけだ」


 簡単に言うんじゃねーよ、馬鹿野郎。


 ピクピクと引きつる口元が止まらない。


 大体このメガネ見えないんだって。真っ直ぐ走るだけの徒競走ならまだしも、ボール取ったりゴール狙ったりとかホント無理だから。


「へえ。ピンチヒッターか? おやあ? 如月くんじゃなーい」

「や、やあ。陽平くん。奇遇だね。俺、バスケなんてできないんだけど代役で…ははっ」

「ふーん。楽しくなりそうだなぁ?」


 ニヤッと笑った陽平は挑むような目を向ける。俺の口からは、そこはかとなく乾いた笑みがもれた。


 陽平と俺は小学生の頃からずっとバスケ部で親友でありライバルだった。高校に上がって競うこともなくなってしまったから、陽平的には待ちに待った機会だろう。メガネかけてることなんて忘れて本気でくるぞ。


「手加減とか……」

「するわけねーじゃん?」

「ははっ、ですよね〜」


 どないしろっちゅーねん。ピーッとゲーム開始のホイッスルが鳴る。


「如月ーーっ!! 頑張れー!!」


 上のギャラリーから女子の声援が聞こえる。


 そうは言ってもマジで視界ボヤけるし。だからといってメガネを外す勇気はない。仕方ないので前髪が少し被る程度にメガネを下にずらすことにした。これならあんまりバレない。


 だけどちょっと動くと鼻までずり落ちてくる。ドリブルをしてはメガネを直し、パスしてはメガネを直し、走ってはメガネを直し。チャキッチャキッとメガネをかけ直す作業が忙しい。


「如月! 打て!」


 ゴール下。パスが通った。真っ先にディフェンスについたのは当然陽平だ。機敏な動きでサイドステップを踏みながらニッと笑う。


「打てるかな〜?」

「打てるに決まってるだろ、アホ」

「やれるもんなら、やってみ」


 むかっ。やってやろうじゃねえの。勝負だ、陽平!


 俺はドリブルを開始。腰を落とした陽平のディフェンスは隙がなく、ピッタリと張り付いてなかなか振り切れない。両腕を上下左右に動かし俊敏な動きで左右を塞ぎ、パスすら通させない。下手したら一歩も動けない状態だ。


 くっそ、上手くなってる!


 だが――、これならどうだ!


 俺は左右に二回フェイントを入れ、真上にシュートする素振りを一度加えて後方に飛んだ。小さく目を見張った陽平が真上に伸ばした腕を引っ込める数コンマ。俺と陽平の間に開いたわずかな隙間を利用し、宙に浮きながらノータイムでジャンプシュートをした。


 ボールは陽平の指先すれすれを通り過ぎ、ゆっくりと孤を描いてゴールに向かう。観客の視線が一様にボールに向いてる間、着地した俺は鼻先までずり落ちたメガネをスチャッとかけ直す。


 そして数秒後、ボールはシュッ! と気持ちの良い音を立てて45cmのゴールに吸い込まれた。


「う……うおおおおおおおっ!!」

「如月いいいいい!!」


 会場がどよめきに包まれるなか、クラスメイトが喜び勇んで飛びついてくる。頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、何度も抱きつかれ。またしてもずり落ちたメガネを直していると陽平が笑った。


「やっぱおまえとバスケすんの楽しいわ」


 高く掲げられた陽平の右手に、俺は小さく笑っててのひらを打ちつけた。


 結果的に前半の点差が響いてB組は惨敗。


 汗を拭いながら終了ホイッスルを聞いた俺は久しぶりのバスケにテンションが上がり、さっぱりとした笑顔をクラスメイトに向ける。


「マジで助かったわ。ありがとな、如月」

「いや、俺も楽しかったよ」

「そうか。じゃあ、バスケ部に……」

「お疲れ様」


 直後、スッと表情を消してその場を後にした。


 ※


「キャーッ! 彰くーんッ! かっこいい〜ッ!!」

「うおっ! 浅見先生。来てたんですね」


 女子生徒に混じって黄色い悲鳴をあげた浅見の声に振り返った男子が、思わず肩を震わせる。


 浅見の手には『LOVE』と書かれた団扇うちわ。昨日夜なべして作ったものだ。と言っても、キラキラのテープで文字を書いただけの簡単なものだ。


 本当は「彰くんLOVE」と書きたかったところを、さすがにマズイと思い直しLOVEだけに留めた。気持ちが入っていればいいはず。そう考えて。


 浅見は今日一日かけて彰くんを追いかける予定だった。首にはこの日のために用意した一眼レフ。生徒のアルバム撮影と称していたが、専属カメラマンは他にいるので単なるカモフラージュである。


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