陽キャの圧力

「カッコイイのに」

「Tシャツは凄くカッコイイのに」

「凄く残念」

「おまえ、メガネ外したら」

「いや、それより髪型だろ」


 大勢のクラスメイトに取り囲まれ、俺は青ざめる。なんでこうなるんだ。


 体育祭の準備でクラスメイトとの絆が深まったのは認識していた。ならなくても良かったが、仲良くもなった。だけど干渉して欲しいとは言ってないぞ。


 おそらく汗水垂らしたTシャツの出来栄えにみんな満足してくれたんだろう。Tシャツ出来栄えランキングがあったら、ウチのクラスは間違いなく学年一位だ。


 他のクラスの奴や先生方からもすんげー褒められて、いい意味で注目を浴びることになった俺達の結束はさらに深まり、前日からやる気は爆上がりだった。


 それなのに、いざ一致団結して体育祭に挑もうって時にただひとり、石ころみたいな俺の存在が気に食わないんだな?


 ああ、そーだろーよ。でもな、放っておけ!!


 じりじりとにじり寄るクラスメイトに冷や汗が流れる。やめろ、近寄るな。


「髪の毛あげたらマシになるぜ」

「い、いや。俺、これでいいし」

「コンタクト借りれば?」

「俺、このメガネじゃないと見えないから!」

「如月ぃ。安心しなって。ウチらが全力でイケメンに変えてあげるからさ!」


 唇にクシをくわえ、ワックスを手にしたミニスカ女子にドンッと黒板まで追い詰められる。怖ぇよ! マジで勘弁してくれ。神様!


「あなた達! なにをしているの? 彰くんは嫌がってるじゃない。彼はそれでいいのよ、好きにさせてあげなさい」


 ついぞ涙目になった俺に、天の声がかかった。


 振り向くと浅見先生が怒ったように腕組みをして入り口に立っている。いつもにこやかな先生が珍しく睨みを効かせるもんだから、クラスメイトは少し驚いた様子で顔を見合わせると唇を尖らせながら、すごすごと席に戻って行った。


「助かりました、先生。ありがとうございます」

「ええ。本当に危なかったわね。大丈夫よ、あなたのことはわたしが守るわ」


 珍しく浅見先生が頼もしい。

 しかしな……この前守ってやったのは俺じゃなかったか? 俺はいつから保護対象になったんだ。


 俺は凜とした浅見先生に小さな疑問を抱きながらも素直に頭を下げた。


 マジで危なかった。これだから距離感って大事なんだよ。


 イベントで浮かれてしまった己を呪いつつ、明日からはまた改めて距離を置こうと心に誓う。


 開始時刻となり、校庭に集った俺達はテンション高めな学園長のお話と熱血の塊みたいな生徒の開会宣言を皮切りに動き出す。


 二人三脚は午後のプログラムで、リレーはもちろん最後。自分の出番以外は各自応援に回ることになっているので、午前中は体育館を覗いてみることにした。


 仲良し女子が手をつないで駆けていく様子を眺めながら、ふらりと立ち寄った体育館は凄まじい熱気に満ちていた。


 玄関口から溢れ出した靴の山に、我先にと駆け込む女子の群れ。そのなかでのんびりと構えていれば邪魔だと後ろからどつかれ、危うく転びそうになった。


 ……いったい何事だ、こりゃ。


 密集した人の壁を無理やり押し退ける女子に若干引きながら、踏んだり蹴ったりでようやく二階のギャラリーへ到着した俺は、異常なほどの熱気を生む原因をやっと理解する。


「陽平くーん!! 頑張ってえええッ!!」

「きゃあああッ! みて、手ぇ振ってくれたぁッ!!」


 これから行われるバスケの試合に陽平がいた。

 ああ、なるほどね。おまえらの目当ては陽平か。


 対戦相手はやる気満々のうちのクラス。そんなのそっちのけで開始前から張り裂けんばかりの歓声を受ける陽平は、ファンサービスとばかりに会場中に手を振っている。


 おうおう、この人気者め。


 ニヤニヤしながら眺めていると、開始のホイッスルが鳴った。黄色い声援を一手に集める陽平がファインプレーを連続し、早くも点差が開き始める。その都度、耳を割くような悲鳴が体育館を揺るがした。俺は両手で耳を塞ぎ、苦笑をもらす。


 陽平はちょっと別格なんだよな。あいつマジで上手いから。


「やーん! 負けるうっ!」

「男子頑張れーっ!」


 近くにいたクラスメイトが負けじと声を張り上げた時、ピーッとホイッスルが鳴った。どうやら、うちの奴が足を捻ったらしい。ひょこひょこと足を引きずりながら退場していくクラスメイトに一瞬場が静まる。


 退場したのってバスケ部の奴じゃね? こりゃ完敗だな。


「えーっ、人数足りないじゃん。どーすんのー?」


 俺の隣でクラスメイトが青ざめる。バスケのメンバーも頭を抱えているようで、応急処置の間、タイムを申請。やはり復帰は難しかったのか、ひとりメンバーを欠いた状態で再びゲームは再開した。


 当然、陽平の自由度は増し、微妙な点差が大きく開き始める。うちのクラスも頑張ってはいるが、やはり人数が欠けたのは痛い。


 前半戦はC組の圧勝で終わり、続いて後半戦に差し掛かろうとした時だ。


「如月、はっけーん」


 思わずゾクっとする声が背後からかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る