陰キャの俺は、誰よりもやる気に満ちている

「如月くん、看板作るの手伝って〜」

「いいですよ」

「手際いいよね」

「こーゆーの嫌いじゃないんで」


 夕方の放送が終わるとすぐに教室に戻り、看板と旗の制作に取りかかる。すました顔で取り組んでいるが、たぶんここにいる誰よりも俺はやる気に満ちていた。


 イベント大好き。それは陽キャである以上、抑えられない性質の一つだ。当たり障りのない会話をしながらもテキパキと作業をこなし、買い出しも率先して行う。


「気のせいか? 如月からウキウキとした空気を感じる」

「メガネが一段と輝いてる感じがする」


 なにも語らなくても楽しんでいる雰囲気というのは伝わってしまうらしい。だけど陽キャが集まるこの学園。それは決してマイナスにはならない。


 なんでもかんでもホイホイと請け負い手際よくこなすものだから、気づけばクラスメイトから頼られることが多くなった。


 看板と旗の製作は終わり、あとはTシャツを作るのみ。


 デザインは女子の担当で、オシャレに手を抜かない彼女たちは異素材の布地を組み合わせたパンク風のTシャツを作ることに決めたようだ。


 だがそこで問題が起こる。


「布地買ってる余裕ないね〜」


 経費の問題だ。与えられた経費は既存のシンプルなTシャツにロゴを入れ、大量発注で割引きされた程度の額。そのまま注文してもいいし、こだわりたいなら自分たちでアレンジしてもいい。


 とにかくダサいというのを嫌う人種だから、どこのクラスもTシャツのデザインだけは手を抜きたがらない。


 だが異素材の組み合わせってのはナイスだと思う。んで、ちょっとだけ口を出してみた。


「もう使わない服をみんなから集めてみたら? たくさん持ってるだろうし。それで組み合わせてみたら、コストはかからないんじゃないかな」


 うんうんと頭を抱える女子たちは、俺を振り向くと一斉に顔を輝かせた。


「如月くん、天才っ!!」


 Tシャツ作るのに使うから、要らない服提供してくださーい。


 翌日、女子からそう告げられたクラスメイトは、こぞって服を持ち込んだ。流行り廃れに敏感な陽キャが去年流行った服なんて着るわけもない。それこそはいて捨てるほど数は集まった。


 しかもみんなオシャレな服ばかりなので、組み合わせを考える女子は凄く楽しそうだ。ただ一からの制作なので裁縫作業が入る。得意な女子が率先して動いているものの、クラスメイト全員分となると時間が厳しい。


 そこで、ことあるごとに力を貸していた俺に声がかかった。


「如月も手伝って〜」


 おまえはいつから俺を如月と呼ぶようになったんだ。確か昨日までは如月くんだったはず。


 微妙な心持ちで了承した俺は大勢の女子の輪に入り、裁縫作業に取り組むことになった。他にも声をかけられた男子はみな口をそろえて裁縫は無理と断りを入れたので、女子のなかに男は俺ひとり。


 けど、特段問題はない。


 そもそも俺が女嫌いになったのは、恋という名の過剰攻撃が主たる原因だ。いまのところ素顔はバレてないから女子の態度は苦にならないしな。それにイベント好きだしオシャレに気を抜けないのは俺も同じ。


「如月の組み合わせいーね。センス良いんじゃない?」

「適当に組み合わせただけだよ」

「ええ。こっちのもカッコイイよ。わたしこれ着ようかなぁ」


 せっせとデザインを纏めていくと女子から褒められた。素直に嬉しい。調子に乗った俺はミシンの使い方まで教えてもらって裁縫にまで手を伸ばした。調子に乗りやすいのは陽キャの悪い癖だ。


「器用」

「うん、器用。てか、わたしより上手い」


 そんな褒めるなよ〜。さらに調子づくだろうが。メガネをキラッと光らせてミシンを器用に動かす俺に女子は真剣な眼差しを向け、感嘆のため息をつく。みてないで、おまえらもやれ。


 結局その日は暗くなるまで学校に残って作業をしていたが、数が数なだけに作業はあまり進まず、残りは自宅に持ち帰ることになった。体育祭まであまり時間もないから、みな必死だ。


 ミシンがない俺の場合は、自宅で生地の裁断と仕上げの加工を行う。それでもまだ時間が足りない。


 となればもう地獄の朝練時間を利用するしかねーだろう。顧問は担任の浅見先生だしな。体育祭までの間だけでも作業させてくれと頼んだら、意外にもアッサリ了承してくれた。


 そんで朝早くに家庭科室からミシンを一つ放送室に持ち込み、


「みなさん、おはようございます……ダダダダダダ! 本日お送りするのは二年A組からのリクエスト……ダダダダダダ! 『ミレーシャより白昼夢』ダダダダダダ……あっ、ズレた!」


 放送しながらミシンを縫うという神業をやってのけた。しゃべることに集中すると、縫う場所がズレるのが少々問題だ。


「この音、なに?」

「ドリル工事でもやってんの?」


 音楽に乗って軽快なミシンの音が流れ、他のクラスの奴はスピーカーを見上げて首を傾げる。だけど俺のクラスに至っては別だ。


「これミシンの音だよね」

「如月。あいつまさか、放送しながらミシン縫ってるの?」

「マジでウケるんだけど」


 事情を知るクラスメイトからは大爆笑だった。


 そんな俺の涙ぐましい努力が功を奏し、クラスメイト全員分のTシャツは体育祭前日にギリギリ完成。出来栄えも満足のいくものだ。これなら着るのが楽しみだな。


 そうして迎えた体育祭当日。


 自分好みのTシャツを着たクラスメイト全員の視線が俺に突き刺さっていた。

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