人生って上手くいかない
「今日は料理教室ないんですよね」
「ええ」
駅前交番にストーカー被害の報告をした俺たちは肩を並べて歩く。これから毎晩浅見先生の自宅周辺を巡回してくれるというから、一先ず夜は安心だろう。
浅見先生も安堵したのか終始ニコニコとして、俺と警官の話を聞いていたしな。あんなに笑顔を浮かべていたらストーカーにあっているのを喜んでいるようにもみえるが。
女の考えなんて到底理解できないので触れないことにした。
駅前周辺に関しては普段から巡回しているそうなので、今後は注意してみておくと言われた。ならばと、潔く頼み込む。
しかし晴れやかな浅見先生とは違って、交番をでても俺の気分は晴れないままだった。むしろ、落ち込んだと言ってもいい。
何やら楽しそうに話はじめた先生の声は耳に入らず、深々とため息をひとつ。
じつは昨日からずっと葛藤していたことがある。思いついてからは、悩みすぎてぶっちゃけあまり寝てない。だけど浅見先生の亡霊に怯えず、ぐっすり寝るためには必要なことだ。
何度も考え、その度に納得した。それなのに、心がどうにも拒否を示す。俺の顔は瓶底メガネに隠れてすっげーしかめっ面になっていたと思う。
できることならやりたくなかったが、やっぱりするしかないな。
俺は悩みに悩んだ末に、心を決めて口を開いた。
「先生。ケーバン、交換しませんか」
「え?」
「先生に何かあると不安なんです」
料理下手なこと突っ込んだのは俺だ。そもそも弁当なんて作ってこなきゃ浅見先生の料理下手もバレなかったし、俺も余計なことを言わずに済んだのだが。
やっぱり女からの弁当って不吉だ。
「い、いいの? それってわたしにも番号教えるってことよ?」
当たり前じゃないか。なに言ってんだ、先生。交換ってそーゆー意味だろ。とりあえず料理教室が終わったら連絡を取れるようにしておきたい。無事に帰宅したって分かれば毎晩安眠できるし。
「いいですよ。あの男をみかけたら、絶対に連絡下さいね」
「う、嬉しい!」
浅見先生は目を輝かせる。そんな嬉しいか? あ、でも念のために一つだけ釘を刺しておかないとな。
「でも不必要な連絡は絶対にしてこないで下さい。学校でも会うんですから。万が一、おはようとかどーでもいいような連絡きたら速攻でブロックしますから」
「ぶ……ブロック……」
途端に先生は青ざめた。目は潤んでいるが、嬉しいというよりは泣きそうな顔だ。本当になに考えてるか分かんないな。
「まあ、そんなこと浅見先生がするはずないって思ってますけど」
「ほほ。ほほほほ! 当然じゃない!」
引き攣り笑いを浮かべる浅見先生をジト目でみつめる。この笑いかた、冷食のことを突っ込んだ時と似てる。まさか誤魔化し笑いじゃないだろうな。
今日はまだ日も高かったし、俺たちはそこで別れることにした。
本当はGPSとかで行動見張ることもできるんだが、そこは警察に任せる。俺はその日の安眠を確保するために浅見先生から連絡を待てばよし。
「はあ〜。ストーカーねぇ。浅見先生、百人くらいいそう。むしろ学校の奴らもやってそーだよなあ」
その後、昨晩の電話について陽平から問い詰められた俺はことのあらましを話して聞かせた。食い終わったアイスの棒をぴょこぴょこと振りながら、陽平は頬杖をつく。
「でもそれで本当に大丈夫かよ〜。陽平しんぱーい」
「さあな。警察も動いてくれるって言ってたし大丈夫じゃね?」
「でも朝から晩まで張り付いてるわけじゃないんだろ?」
「それは無理だな」
「だろー? 警察のいない所で浅見先生に何かあったらどーすんのさ〜」
「それはもう運命だと思って諦めるしかないだろうな」
やるべき事はやった。俺もできることは協力したんだから、彼女が亡くなっても悔いはない。
ふいっと顔を背けると、陽平は信じらんねーと目をひん剥いた。
「冷たいっ! 冷たいぞ、彰! おまえはそんな奴だったのか!? これはな、お前にも起こる可能性があるんだぞ。知らない女に刺殺されて運命だって諦められんのかよ」
「無理。呪い殺す」
「だっろー! じゃあもう、やることは決まってるな!」
「なんだよ」
「浅見先生の警護!」
「はぁー!?」
俺的には必要な時に連絡が取れれば十分だと思ったんだが、陽平はそれじゃ納得できなかったらしい。
学校にあの男がいるわけでもないのに、まるでハンターのように先生に言い寄る男に睨みを効かす。放課後になると、浅見先生のこと頼むぞ〜!! と泣きつかれた。バスケ部の練習は夜遅くまでかかるからな。
しかし警護っていっても、ずっと一緒にいたらおかしいだろ。学校の先生と生徒だぞ? それこそあらぬ誤解を受ける可能性がある。どうしたもんか。
「バレねーよーにやるしかねーな」
俺は速攻で帰宅すると、私服に着替え始めた。
ボサボサの頭を梳かしてワックスで毛先を遊ばせ、シンプルなTシャツにジャケットとパンツを合わせる。ジャケットの袖は軽くまくって裏地をチラ見せ。先にリングの通ったネックレスと高めの腕時計を装着し指輪も嵌める。そして瓶底メガネを外せば完成だ。
髪が黒いから前ほどパッとしないが、十分だろう。この容姿なら誰も花咲学園の「如月彰」だとは気づかない。
コツは先生にも簡単にバレないよーにすることだ。素顔はみられているが、まだ隠キャ的なイメージは捨ててないはず。遠くに見守るだけでいい。下手に接触すると色んな意味で危険が及ぶ可能性があるからな。
「ピアスもつけてくか」
まだ穴は塞がってないよな。塞ぎかかった穴に無理やりピアスを通し、軽く服装をチェックするとアパートを出た。
「ちょっとー! あのひとカッコよくない!?」
「だれ? モデル!?」
「ええー! 知らない!」
うん。やはり人生ってうまくいかない。俺の目論見は成功しているはずだが、本来の狙いが破綻した。
すれ違う女達が遠目にキャーキャー騒ぎ始めた。俺は引きつり笑いを浮かべながら、逃げるように手近なコーヒーショップに駆け込む。
店に入ってもチラチラとこっちをみてくる女の視線がウザいが、こればっかりは仕方ない。気にしたら負けだ。
時刻は十八時二十分。今日は料理教室がある日だから先生は来るはず。ちょうど良く逃げ込んだこの場所はビルの向かい側にあり、窓際カウンターからビルを正面に捉えることができるので、そこに席を取る。
しばらくすると浅見先生が小走りで現れて、ビルの中に入って行った。彼女に魅せられて振り返る男どもの姿までみれるもんだから面白い。三人くらいは振り返ったか?
まあ、そんなことはどうでもいい。大事なのはあのストーカーだ。俺は周辺に目を配る。あれからまだ数日しか経っていないし、さすがに現れないだろうと思っていたのだが。
「ぶっ……!」
思わず食ったベーグルを吹き出した。
この前と同じように街灯の影にいるあいつをみつけたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます