平穏な未来のために

 自宅に帰り、ベッドに仰向けになった俺はスマホをタップ。

 連写したもんだから、こんなにいらねーよってくらい画面が男の顔で埋まってる。

 さあて、どうしたもんか。


 翌日は少し用事があるから先に行けと陽平に告げ、通学がてらコンビニに立ち寄った。手にはプリントアウトした写真が数枚。目だけが異様に飛びだした不気味な男の顔にほんの少し顔を歪め、さっさと鞄にしまい込んだ。


「先生。今日、帰りに警察行かない?」

「警察?」


 到着早々、昨日のお礼を口にした先生にホカホカの写真を手渡すと、浅見先生は差しだされた写真をみて不思議そうに首を傾げた。


「このひと誰なの?」

「浅見先生のストーカー」

「え!?」

「昨日、料理教室からずっと張りついてましたよ。アパートもバレてるし、それ持って警察に行ったほうがいいです」


 浅見先生はショックを受けたように口を手で塞ぎ、写真を食い入るようにみつめる。


 俺には彼女の気持ちが痛いほどよく分かる。気のせいだったらいいと願って、現実だと知った時のショックのデカイことよ。言葉を失うもんな。


「どこかでみた記憶ないですか? たぶん、あの感じだと昨日今日に始まったことじゃない気がする」

「分からないわ……」


  先生はじっと写真をみつめたままで眉をひそめ、首を横に振る。

 まあ、そうだろうな。端から答えに期待はしていなかった。


 日常的に周囲から注目を浴びる人間なんてそんなものだ。みられるのが当たり前だし、いちいち気にしたら身がもたない。


 だから自分の中でフィルターをかけ始める。周囲と自分の間に一枚膜を張る感じた。普段はそれでいいが、ストーカーってなってくると裏目に出る。早めに気づいて良かったな。


「警察に行くっていったから多分ビビってしばらくは来ないと思いますけど、またいつ現れるかわからないですよ」

「そ、そうね。今日、警察に行くわ。彰くんも一緒にきてく……」

「いいですよ」

「い、いいの?」


 話の途中で迷わず即答した俺を意外に思ったのかもしれない。浅見先生は写真をみたときよりも驚いた顔をした。


 なんでだよ。女は大嫌いだが、困ってる人間を見捨てるほど冷たくないぞ。他の誰かが助けてやれるなら、そいつに丸投げするけどな。今回ばかりは俺しかいねーし。


 今でもたまに若い女がストーカーに殺されたってニュース流れてくるもんな。


 ここで突き放して、翌日『花咲学園の人気小玉スイカ女優、浅見玲香先生がストーカーに刺殺!』なんてニュースが飛び出してみろ。


 一生後悔にさいなまれて夜な夜な浅見先生の顔を思いだすに違いない。そんなの怖すぎ。俺の平穏な未来のためにも、ここはストーカーが捕まるまで協力してやるべきだ。


「そいつみつけたの俺だし。特徴もちゃんと覚えてますから。詳しい情報があった方がいいでしょ?」

「ええ……ありがとう」


 だから朝練はしばらくお休みにしませんかと加えたら、急に表情が引き締まった。


「それとこれは別です」

「はい」


 こんな時くらい都合よく甘やかしてくれればいいものを。俺しかいない朝練にそれほど精を出すことはないと思うんだが。


 まあ、いいか。浅見先生の態度は俺の予想よりも遥かに上々。ホッと一安心だ。


 昨日はだいぶ不安そうにみえたから、本当は写真を渡そうかどうか少し躊躇したんだよな。


 実際に自分を狙ってる奴の顔をみるのって気持ち悪いだろ。俺は狙われてると分かった瞬間、フラグ折りに鉞担まさかりかついで行くんだけどさ。


 もしかしたら怯えて泣き出すかもって、先生を慰める自分の姿を想像して昨日の夜はゲンナリしたが、黙って放っておくわけにもいかないだろ。だから仕方がないと割り切ることにした。


 だけどそんな心配は端からいらなかったんだ。浅見先生がアイアンメンタルだってこと、すっかり忘れてた。


 ストーカーにビビると思った先生は思いのほか気丈に振る舞っていた。話が纏まれば、そそくさと朝練開始。


 カウンターに座ったとたん、胸の開いたトップスからこんもりと盛り上がった小玉スイカをギュッと寄せて俺ににじり寄ってくる。銀色のネックレスの先端はスイカ畑に挟まれて行方不明だ。


 浅見先生がこういった服装を好むのは知っているし、俺も小玉スイカが大玉スイカになった所でハァハァいう男じゃない。だけどマンツーマンの補習は距離感が近すぎるから、どうしても振り向く度にスイカ畑が目に入る。


 何も感じないからといって、じっとみるのも変だろ。質問する度に極力視線を上に向けるようにしていたら、補習が終わったころには白目が痛くなった。


「ねえ、彰くん。ふたりの時はめ、め、メガネ外してもいいんじゃない?」


 眉間をつまんでグリグリと揉みほしていると、浅見先生が遠慮がちに声をかけてきた。俺もそう思うが、外すと小玉スイカがリアルに映る。だからダメ。


「いえ。学校では外さないって決めてるので」

「でも、疲れそうよね」


 すんげー疲れる。帰り際には頭痛がするし。あんまり酷い時は昼休みに保健室でアイスノン借りてさ、目に乗せて爆睡してることもある。


 浅見先生には素顔もバレてるし、できることなら言葉に甘えたいところだ。でもな、何が起きるか分からないのが学校ってもん。陰キャの皮が剥がれないように常に気は張っておかないとな。


「誰にも言わないから、疲れた時は外してね」

「はい。ありがとうございます」


 意識高い系の勘違い野郎になりたくはないが、顔見せすることで被害を被ってきたのは事実だ。


 浅見先生の好みが根暗な陰キャで本当に良かった。


 万が一にもあの日、素顔を知った先生が俺に惚れるようなことがあれば、ガチで転校を考える。


 変わらずに接してくれることがなによりの救いだ。


















※いつもご覧頂きありがとうございます。

次回は浅見視点よりお送り致します。

お楽しみに。

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