ストーカー事件勃発

 今日一日限りだ。見た目は陰キャモードにしてあるから、仮に先生と歩いてるところを誰かにみられてもデキてるなんて噂は立たないだろう。


 俺はよれたネクタイを締め直し、先生と夜の街を歩き始めた。


「料理教室って毎日行ってるんですか?」

「ううん。月・水・土だけよ。土曜日は日中のスクールにしてあるから怖くないんだけどね。ここ最近帰り道に誰かに付けられてる気がして。ちょっと怖かったのよ」


 なんだそれ。ストーカーか?


 浅見先生ならストーカーのひとりやふたり軽くゲットしても不思議じゃないが。


 チラッと後ろを振り返る。まだ駅前からそう離れていないし、人通りも多い。仮にこの中にストーカーがいても、ここじゃ分からないな。でも金木町は住宅街だ。目立つ建物もないから、夜だとそれほど人通りはない。誰かが近くにいれば気づくだろう。


「きっと気のせいですよ。あんまり心配すると禿げますよ」

「ちょっと! この歳で禿げたら大変じゃない」

「はは。だから悩むなっていってるんです」

「やだもう。ワカメ食べなきゃ」

「ははっ」


 冗談で言ったつもりだったのに先生は本気にしたらしい。途中でコンビニに寄って「す・こんぶ」を買ってきた。うん、それワカメじゃないけどな。まあ、似たようなものだからいっか。先生、もしかしてレタスとキャベツの違い分かんないんじゃ?


 彼女の将来に一抹の不安を抱いたが、料理教室できっと色々学ぶだろう。そう思えば俺はなんてナイスなアドバイスをしたんだろうか。


 駅前から電車に乗って三駅。そこが金木町だ。


 小さな駅をくぐると急に辺りが暗くなった。ポツポツと薄明るい電灯の光はあるものの、煌びやかな駅前とは違って清閑とした闇が広がっている。住民はとっくに帰宅しているのか、見渡す限り人っ子ひとり見当たらない。


 ああ、これは少し怖いだろうなあ。


 もしストーカーがいれば電車に乗って付いて来てるってことだろ? 駅から出てきたのは今のところ俺と浅見先生だけだ。やっぱり気のせいなのかもな。


 と、再び駅を振り返った俺の目に動く影がみえた……気がした。


 このメガネかけてるとわかんねーな。


 駅前では誰にみられるか不安だったからメガネをしてたけど、ここまで来たならもう外してもいいんじゃね? まわり、誰もいないし。浅見先生には一度みせちゃってるしな。俺はメガネを鞄にしまい込んだ。


 浅見先生はすぐに気づいて少し驚いた顔をしたが、特に何も言わなかった。むしろ大げさに反応されると困るのでちょうどいい。


「メガネ……なくても見えるのね」


 ゆっくり歩きながら地面に視線を落とし、浅見先生が小さな声でもらす。


「視力はいいので」

「じゃあ、どうしてメガネをかけてるの? あ……答えたくないなら無理に言わなくてもいいけど」

「顔、他の奴にみられたくないんです」

「そう……だったの」


 ひと言ひと言噛みしめるように発する浅見先生の後方で、また影が動いた。俺は動体視力がいい。目の端にチラッと映ればどこにいるかなんてすぐ分かる。


 これ……マジでストーカー付いてるな。


「先生の家ってもう近いですか?」

「ええ。ほら、あそこよ」


 指をさされた方向に目を向けると、二階建てのアパートが見えた。あと数分ってとこか。


「じゃあ、もうすぐですね。俺も帰らないといけないんで、ここでいいですか?」

「あっ、そうね。近くまでって言ったのに。わたしったらごめんなさい。もう大丈夫よ。本当にありがとう」

「いえ。戸締まりだけはしっかりしてくださいね」

「ええ」

「それじゃ」

「さようなら。帰り、気をつけてね」 


 まだ不安そうな顔をする浅見先生に手を振り、アパートの手前の道を折れた。そしてそのまま真っ直ぐ進む。ずっと真っ直ぐ。そして突き当たりを折れて真っ直ぐ。また突き当たりを折れて真っ直ぐ。もう一回突き当たりを折れるとあら不思議。正面に先生のアパートが小さく映るじゃないですか。


 簡単に言えば、近所をぐるっと回ってきただけだ。


 そんで浅見先生のアパート近くの電柱に身を寄せる男の背中を冷めた眼差しで捉える。こんなこったろうと思った。


 ポケットから取り出したスマホをカメラモードに切り替え、画面に男を映しながらそろそろと背後から近づき、


「バアッ!!」

「うわああっ!」


 カシャカシャカシャカシャ!


 飛び上がった男の顔を連射。何が悲しくて知らん男の顔をスマホに収めなきゃならんのだ。


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャ!


「なっ、なんだよ! 撮るなっ!」


 腰を抜かした男の顔に近寄り、さらにアップで連射。っていうかこいつ、俺の隣でパン食ってた奴じゃん。あそこからずっと付いてきてたのか? マジでキモイな。


「で。あんた、誰」

「きみに関係ないだろう! ぼ、僕は怪しい者じゃないぞっ! 写真を消せっ!」

「そう慌てんなって。べつにSNSで拡散したりしねーよ? 俺は一応、モラルのある男だからな」

「じゃあなんで撮ったんだよ! 盗撮だぞ、プライバシーの侵害だ!」

「ああ、これな。警察に出す証拠だから。ストーカー規制法って知ってる? 俺の勘違いなら、警察で弁明すればいいんじゃね?」


 で、男が口を開くより先に短縮ダイアルをタップ。


「あ。もしもし、おまわりさん? いま金木町の駅付近でストーカーらしき男をみつけたんですけど~」


 肩でスマホを挟んで電話すると、男は一目散に逃げていった。


 身長は170くらいの痩せ型。歳は30代前半ってとこか。不気味なくらい頬のこけたくせっ毛野郎で、目だけが妙に大きい。襟元の伸びたグレーのTシャツにGパン、いまにも穴の空きそうなボロボロのスニーカーをはいていた。いまなら似顔絵描けそう。


 最近では警察もすぐに動いてくれるそうだが、昔は相手にされなかったって話をよく聞いたからな。これは保険だ。明日にでも警察に行かないと。


『はいはーい。こちら陽平警察学校です~。被害者はついに顔バレした如月彰くんですかぁー?』

「ストーカーらしきって言ってんだろ!」

『酷いわっ! あたしという男がいながら浮気するなんてっ!』

「はいはい。陽子は明日、処刑な」

『えー。陽子泣いちゃうー。じゃあ誰のストーカーだよー』

「浅見先生だ」

『……今すぐぶっ飛ばせ!!』

「それじゃ俺が捕まるわ」


 電話の奥で息巻く陽平に吹き出して、俺はその場を後にした。

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