忍者並みの習性


「お腹、鳴ってるわよ」

「そう……ですね。いや、でもそれ先生の弁当なんじゃないんですか?」

「心配しなくても平気よ。わたしのは別にあるから」


 ほう。すると、本当に俺のために作ってきたんだな? 


 陽平なら雄叫びをあげて歓喜するんだろうが、あいにくと俺は違う。しかし他に言い訳も思いつかない。ならどうする。誤解を生まないように頂かなくてはならないだろう。


決して喜んで食べたと思われてはいけないはずだ。長年の経験で培った直感がそう告げる。


喜ぶな、喜ぶなと。


「じゃあ、お腹も鳴ってるんで頂きますが。明日からは絶対に作ってこないでください。俺、い言いましたよね。女性が苦手なんです。女のひとから手作りの物を頂くと胃が痛くなるんですよ」


 事実だ。手作りに込められた気持ちを推し量ると胃がキリキリする。


 意味の重さを知らなかったころは、つい楽観視して食べてしまったこともある。それからというもの、毎日弁当を作ってくるようになったある女子は、いつの間にか俺の「彼女」だと周囲に言いふらしていた。


 弁当を食っただけでそんなことが起こるんだぞ。恐ろしいだろうが。


 誤解を解くためにどれだけ苦労したことか。

 部活後の腹減り時を狙った弁当攻撃を見抜けなかった俺の末路は、特大のビンタと集団化した仲良し女子からの罵詈雑言。


 以来、俺は弁当に限らずパン切れひとつ、お菓子一口たりとも女子から貰うことをしなくなった。ほれみろ、泣けるだろうが。


「朝だから消化のいいものにしたわ。大丈夫よ。さあ、食べて」


 いや、消化がいいとか悪いとかそーゆー話じゃねえ。

 浅見先生は弁当包みを解いて蓋を開き、椅子を引いて座るように促した。

 しぶしぶ腰かけた俺は、にっこりと笑う先生の監視のもと弁当を見下ろす。


 料理なんざ調理実習以外作らねえから、ぱっとみても消化がいいかどうかも分からん。


 ただひとつ分かったのは。


「俺の母ちゃんもこの冷食よく使ってました」


 ということだけだ。


 あれ? 浅見先生、手作りっていってなかったか? 


 でもそれならあまり気兼ねせずに食えるな。

 急に気持ちが軽くなった俺は、手を合わせてパクパク食べ始めた。


 朝早くに準備したせいか、若干凍ったままのもあるんだけど。もしかしてこれ、全部冷食じゃねえのか? まあ、どうでもいいな。


「ほほ。ほほほ! そんなことないわよ。冷食のように美味しいってことでしょう?」


 変な笑い方をする先生を振り向くと、綺麗な口元がひきつっているのがみえた。


 あ、図星かよ。たまにいるんだよな。「わたしが作りました詐欺」。冷食に偏見なんかないし、なんなら好きなオカズもあるけどさ。あんた、さすがに俺だって気づくわ。


 しかし、これは好機だな。もう二度と弁当なんか持ってこないように釘を打つ必要がある。なんてったって浅見先生はアイアンメンタルの持ち主だ。軽い拒否ではぬるいかもしれん。


 俺は箸を置いて、わざとらしくため息をつく。


「俺、冷食って嫌いなんですよね。健康志向なもので。冷食でしか弁当作れない女性って将来的にも不安じゃないですか」


 八割がた弁当を食ってから言っても、あまり説得力はないかもしれんが。


 いや、残ってるのはミニトマトだけだ。九割ってことにしとくか。弁当なんてあっという間に食い終わるからな。なんなら二つは欲しいところだろ。


 この学園は学食もあるし朝昼夕とパン屋も開くから、俺は毎度のこと瓶底メガネをキリッと装着して、「焼きそばパン三つ、コロッケパン三つ、クリームパン二つ」と無表情を装って注文するんだが、机いっぱいに乗ったパンの山にクラスメイトはドン引きしたようだった。


いつもおとなしそうにしている陰キャの俺がそんなに食べるとは思わなかったんだろうな。


 俺はもともと運動部だったから量も食うし、リレーでは必ずアンカーを担うほどには運動神経もいい。運動部でなくなったからといって、習慣づいた食生活を変える必要はないと思っていたのに、予想外のところで周囲の目を引いてしまった。これは俺の本意ではない。


 ということで昼はパン二つに留めた。涙ぐましい俺の努力。誰か褒めてくれ。

 

甲斐甲斐しい努力を重ねたツケは陽平んちのおばちゃんにまわり、ここ最近は必ず陽平んちで夕食をご馳走になっていた。嫌な顔ひとつせず毎日食べにおいでと言ってくれるから、つい言葉に甘えてしまうんだよな。


おばちゃん、マジですまねえ。今度なにか持って行くからな。


 遠回しのジョブを食らわせた俺の思考が陽平のおばちゃんに逸れていると知らない浅見先生は、ショックを受けたように固まった。

 

「そ……そうよね。将来的に……不安よね」

「はい。婚期、逃しますよ」

 

 まあ、そんなお色気ボディを持ってれば婚期を逃すなんてことはないだろうが。


「婚期……。彰くん、わたしの婚期を心配してくれるのね」


 いや。ぶっちゃけどうでもいい。てかしてない。


「余計な口出しでしたね、すみません。ご馳走様でした。先生、そろそろ職員室に行く時間じゃないですか?」


 弁当の包みを直して手を合わせた俺に、浅見先生はなぜか頬を赤らめる。


 んん? なんだ、この反応は。てっきり怒ると思っていたんだが。


 瓶底メガネに隠れて眉をひそめた俺には気づかず、浅見先生はなぜかとても嬉しそうに弁当箱を受け取った。


「そうね。もう行かなきゃ。ありがとう、彰くん。わたし頑張るわね」


 ――なにを?


 心なしか弾んだ声にコテンと首を傾げた俺は、軽く手を振って放送室を出て行った浅見先生の後ろ姿を眺める。閉じかけたドアの隙間からスキップしているのがみえた。


 ――なぜにスキップ? 







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