第2話

 冒険者になるのは簡単だ。組合ギルドに登録すれば、その日から冒険者になれる。


 その際に簡単な適性検査が行われ、そこで基本職が決定される。


 鍛え方次第である程度の修正はできるが、経験を積み、その基本職を伸ばして上位職にクラスチェンジしていくのが熟練の冒険者である。


 経験を積み、レベルが上がってスキルに磨きをかけ、あるいは派生スキルを体得し、上位職へと昇華していく。


 これが冒険者としては、ごく当たり前の手順だ。


 だが、俺にはそれができなかった。


 正確には、“偏り過ぎていた”と言った方が適当だろう。


 ちなみに、俺が持っているスキルは【開錠】だ。


 基本職種の盗賊シーフから始まり、いずれは上位職の怪盗や忍者へとクラスチェンジするんだと、仲間達と語ったものだ。


 だが、俺だけ当時のままの基本職。みんなとっくの昔に上位職になったと言うのに、だ


 上位職へのクラスチェンジには、それに対応したスキルと相応の熟練度を必要とする。


 経験値を積めばスキルのレベルが上昇したり、あるいは派生スキルを体得して新たな道が開けたりと、そういうシステムだ。


 だが、俺だけどういうことか【開錠】にしか、経験値が割り振られなかった。


 派生スキルの発生もなし。所持スキルは【開錠】のみだ。


 ちなみに、この【開錠】のスキルは、すでに上限であるLv10に到達している。


 どんな鍵が施されている宝箱であろうと、すんなり開ける事が出来る。


 暗号式の金庫ですら、ちょちょいのちょいと開けてしまえる。


 ガチガチに封印された扉でさえ、鼻歌を口ずさんでいるうちに開けゴマだ。


 便利に聞こえるかもしれないが、“それだけ”しかできないのである。


 大した戦闘技能を持たない盗賊シーフ系統の冒険者をパーティーに入れる理由は、何と言っても数々の特殊技能にある。


 パーティーの目となり、鼻となり、耳となり、時には口となる。それが求められる。


 怪物達からの不意討ちを食らわないように、【聞き耳】や【気配感知】を身につける。


 あるいは、ダンジョン攻略には付き物の罠を避けるためでもある。


 高難度のダンジョンでは、罠一つで全滅するなんて話もざらに聞く。だからこそ、【罠感知】や【罠解除】が必要なのだ。


 だが、俺はそれを身につける事が出来なかった。


 得てきた経験値は、【開錠】にばかり割り振られ、派生する事もなく、それのみのレベルが上がった。


 便利ではあるが、能力としては尖り過ぎている。


 だからこそ、一年前にそれは起こった。


 とあるダンジョンを攻略中、パーティーが罠に引っかかったのだ。


 部屋に閉じ込められ、天井が落ちてきて、あやうくぺちゃんこになるところであった。


 しかし、そこは【開錠】の出番である。


 固く閉ざされた扉を瞬時に開け、どうにか難を逃れた。


 だが、パーティーの一人がキレた。



「あんたねぇ! 助かったから良かったものの、本来はこういうのを事前に察知するのが、盗賊シーフの仕事でしょうが!」



 そう、仰る通りである。危機察知の能力を活かし、パーティーを不意討ちや罠から守るのが、盗賊シーフ系統の役目である。


 職業補正的なものがあるので、他のメンバーよりはその手の感覚に優れているが、高難度のダンジョンほどそんなものは焼け石に水である。


 リーダーはどうにか宥めてくれたが、そこからパーティーの空気が悪くなった。


 事ある毎にメンバー交代だなんだと嫌味を言われるようになり、居づらくなってきたのも事実だ。


 だが、リーダーは惜しんだ。


 なにしろレベルカンストの【開錠】を持っている者は、極めて稀少なのだから。


 他のパーティーが開ける事が出来なかった宝箱や隠し部屋を見つけ、横から掻っ攫っていった事もあった。


 痛快、その感覚が忘れられないのだろう。


 だが、危機察知能力の乏しいパーティーでは、これ以上の高難度のダンジョンやクエストをこなしていくのは難しいと判断された。


 基本職のままの俺では他の能力も劣っており、パーティーのお荷物なのだ。


 鍵を持ち歩いている、と考えればあるいは楽なのかもしれないが、あいにく俺は生きた人間である。


 懐にしまって持ち歩くこともできないし、ふとした拍子に死んでしまう事もある。


 強力なモンスターの前では、誰かが庇い続けねばならないことを考えると、非常に効率が悪い。


 どんな鍵でも開けられる利便性を取るか、クエストの分け前や非効率性のマイナス面を考えるか、そこがリーダーのここ一年の悩みだったことだろう。


 そして、他メンバーからの圧に負け、俺を外す事が決定された。


 すでに俺の代わりの要員も見つけていて、準備万端の上での追放だった。


 唯一の救いは、リーダーが自分の財布から“退職金”を出してくれたことだ。


 もっとも、そんなものはいずれ酒代に消えていくことだろうが。

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