第3話
「おい、そろそろ店じまいだぞ。さっさと自分のねぐらに帰んな」
酒場のマスターからの無慈悲な通告。
誰も俺に優しくなんかない。
いやまあ、当然か。パーティーを追放され、【開錠】だけが取り柄の自分なんぞ、どこも拾ってくれないだろう。
リーダーから貰った退職金がなければ、ここの払いもできずに叩き出されているところだ。
「マスタァ~、俺ってなんで生きてんだろう?」
「知るか、バカ。開けるのは得意でも、目が全然開いてねえな、お前は」
いやはや仰る通りでございます。マスターも上手い事を言う。
でもな、俺は扉でも宝箱でもないんだ。鍵穴なんて、どこにもないんだよ。
あ、でも、可愛いお姉さんの“鍵穴”になら、突っ込みたいです、はい。
「いっその事、冒険者なんぞやめて、錠前屋にでもなったらどうだ? 自分でも開けられない、究極の鍵でも作りゃ、売れるだろうよ」
「ナイスアイデア~、と言いたいところだけど、開けるのは得意でも、閉めるのはな~」
「飲んだくれて、心を閉めてる奴が抜かしやがる。おまけに“しめ”っぽい」
「上手いな~、マスタァ~」
くだらんマスターのダジャレに酔いが少しずつ醒めてきて、倒れていた机から上体を起こす。
確かに周囲にはもう客はいない。店じまいなのは間違いなさそうだ。
いるのは俺とマスター、それと給仕をしていたマスターの娘さんだけ。
「あ、鍵開けさぁ~ん、この箱、開けてくださらない? ちょっと錆び付いちゃってて、鍵の回りが悪いのよ」
俺のここでの通り名を叫びつつ、その娘さんが箱を一つ差し出してきた。
まあ、それくらいお安い御用だと、酔っていようがそれくらい簡単だ。
腰につけていた小道具を手に取り、カチャカチャッと箱を開けた。
「確かに錆び付いているな。箱を新しくするか、油さしとくんだな」
「はい、ありがとうございます~」
可愛らしい娘さんで、この笑顔目当てで来る奴もいるくらいだ。
かくいう俺もそんなファンの一人だ。
とは言え、鍵を開ける事しか取り柄のない自分なんぞより、もっと凄腕の冒険者が集うのがここだ。
便利な人、その程度の人なのだろう。
「なあ、鍵開け、いっその事、ここで働くか? 給仕役でなら雇わんでもないぞ」
「嫌味かよ、マスタァ~。追放された“元”冒険者の俺が、成功している、あるいは成功しつつある冒険者のたまり場で働かせる気かよ。虚しくなるだけだぜ」
「だが、食い扶持はいるだろ? 基礎体力はあるし、長年通い詰めて勝手知ったるなんとやらだ」
「客として来るのと、従業員として働くのは別だよ。んじゃ、帰るわ。ほい、酒代な」
いずれ金は尽きる。それまでに何とかしないとは考えているが、今は何をするにも虚しい限りだ。
酒を飲んでも気分は沈む一方で、娼館で女を抱いてもすぐ醒める。
ほんとどうしようもないなと、席を立った。
「おいおい待ちな。キャンペーンのくじ引き引いていけや」
マスターは壁の張り紙を指さし、穴の開いた箱を差し出してきた。
張り紙の説明を見ると、飲み食いの代金が一定以上になると、くじを引けるらしい。
そして、くじ引きにかかれている等級に応じて、豪華賞品が貰えるそうだ。
「ふ~ん。1等の『エリクサー』を5本はいいな。換金すれば結構な額になる。2等の『1ヵ月飲み放題チケット』でもいいかな」
「まだ飲む気か。いい加減にしねえと、本当に廃人になっちまうぞ」
「へいへい」
気の抜けたまま、俺は箱に手を突っ込み、くじを一枚抜き出した。
それを開いてみると“3等”の文字が書かれていた。
「おめでとうございます! お客様、3等の当たりでございます!」
「おめでとぉ~♪」
マスターと娘さんの声ががらんとした店内に響くが、俺は特に嬉しくもなかった。
はっきり言って、嫌味にしか聞こえない。
なぜなら、3等の賞品は『スキルキャンディー』だからだ。
「マスタァ~、こんなクズアイテム、貰ってもしゃ~ないわ」
「当たりは当たりだ。貰ってけ」
そう言って、包み紙で包まれた飴玉を一つ差し出してきた。
『スキルキャンディー』、はっきり言って冒険初心者御用達のアイテムで、ベテラン冒険者には見向きもされないアイテムだ。
効果は単純。この飴玉を舐めると、スキルの経験値が上昇するのだ。
とは言え、経験値の上昇は微々たるもので、初心者なら嬉しいが、ベテランになればなるほど、恩恵が乏しくなる。
【開錠】のスキルで言えば、Lv1からLv2になるまで『スキルキャンディー』のみでレベルアップを図ろうとすると、10個もあれば事足りる。
しかし、Lv9からLv10のレベルアップとなると、10万個でも足りない。
10万個も飴玉を舐め続けたら、それこそ体にとって害悪でしかない。
しかも、経験値の割り振り先がランダムというのも難点だ。
スキルの数が乏しい初心者なら、どのスキルに経験値が行くか、予想は立てやすい。
ところが数多のスキルを身につける上級職ともなると、どこに割り振られるか分からない上に、増える経験値量もスズメの涙どころではない。
要は恩恵を全然感じられなくなる。
ちょいレアくらいのアイテムなので、換金してしまった方がマシというレベルのアイテム、それが『スキルキャンディー』だ。
まあ、貰えるものは貰ておこうと考え、マスターからキャンディーを受け取り、すぐに口に放り込んだ。
懐かしい味だ。初心者の頃は、たまに手に入ると誰が食べるかで、取り合いになったものだ。
だが、虚しい。何もかもが虚しい。
もうあの日々は戻ってこないのだから。
俺は哀愁を背負い、店を後にした。
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