293.死線なう

 突然ですが、私、日魅在進、生命の危機に瀕しております。

 え?いつもの事だろって?まあまあ、そう仰らず、少しだけ話を聞いていっちゃくれませんか?今回は結構ガチなヤツなんです。


 まず右手をご覧ください。窓がありますね。

 いやあ、面白いです。遠出の旅行は小さい頃に行ったきりだったので、ビュンビュン過ぎてく新幹線の車窓からの景色というのは、新鮮味があります。丁都から甲都まで2時間と少し。それだけのスピードだと言う事を、視覚的に訴えてきます。

 これを見てるだけで、勝手にワクワクしてきました。単純な少年心と言うヤツですね。


 それではそのトキメキを大事にしながら、左手をご覧ください。女の子が座ってますね。

 いやあ、可愛いです。いつもは学園の授業だったり、模擬戦やダンジョン等での緊迫した場面で一緒だったので、すぅすぅと寝息を立てる無防備な顔というのは、新鮮味があります。丁都から甲都まで2時間と少し。その間ずっとこのままなのかもしれないと、肩に乗る重みが触覚的に訴えてきます。なんならシャンプーの香りやら頬にかかる呼気やらが心臓を鑢がけしてきますし、時節耳元で俺の名前を呼ぶのも強めの攻撃と言って良いと思います。理性への挑戦でしょうか?

 楽しみで仕方ないと言っていた彼女は、出発早々こうなってしまいました。複雑な乙女心と言うヤツですね(?)。

 

 さて、ここまで来れば分かっただろうけど、今俺は指の動かし方一つでも、間違えると大変な事になる状況に居ます。


 何故こんな事になったのか?


 俺はすぐに答えを見つける。


 星宿先生。元凶はあの人だ。


 俺がクラスの他の人間と距離を置かれて、その溝は働き掛ければ埋まるような物じゃない、無理矢理距離を寄せようとすると逆に崩れてしまうだろうと、先生は知っていた。だから新幹線の席順をどうするか、それに頭を悩ませたのだろう。一人、もしくは先生の隣に座らせるのが丸いが、しかし折角の修学旅行、どうせなら友達と楽しく過ごす時間と言うのも大切にして欲しい、そう思ったのかもしれない。


 その結果、この采配という訳である。


 有能なのか鈍感なのか分かんねえ!確かに険悪さによって空気が落ち込む事は無かったが、代わりに別の問題が発生している。変な汗が出るタイプの緊張と、他の座席の特に男子勢から照射される殺気立った視線だ。


 その距離で俺に嫌がらないどころか「ススム君の隣で嬉しいな」とか言っちゃうミヨちゃんの顔でイライラポイントを加点。彼女が俺の肩に頭を預け眠ってしまった事で倍率ドン!

 結果、「生きては返さねえ、必ずぶち殺してやるからな」ゲージが過去最高の高さにまで上昇しているのだ。

 

 俺の死に方は、三つ。

 一つ、息が臭くないかという懸念による呼吸不全や、過剰なドキドキによる心不全に陥って、自然死する事。

 二つ、新幹線から降りた後に集団の手で路地裏とかに連れ込まれて、溜まりに溜ったゲージをブッパされる事。

 三つ、この車両が目的地に着くのを待たずして、我慢ならなくなった暴徒にリンチにされる事。


 そう、何をどうやっても死ぬのだ!死なのだ……!


 俺はスマホを取り出し、遺書を書く事にした。

 ああ、短い人生だったなあ……。

 まさかこんなところで袋小路に追い込まれるとは……。

 何が起こるか分からないものである。

 覚悟を決めようとして、


——いや、これ解決は簡単じゃないか?


 普通に思い付いた。

 何の事はない。ミヨちゃんに起きて貰えば良いのだ。

 この幸せあったまりタイムが終われば、イライラゲージのチャージ速度も鈍化する。ついでに俺がトイレとか理由を付けて席を立てば、それでガス抜きになるだろう。


 俺は早速実行すべく、ミヨちゃんの寝顔に向き直り、閉じた口をむにゃむにゃとうねらす彼女を起こそうと、

 

 起こそうと、


 起こせ、ない……!?


——拒否してるって言うのか、

——…!?


 気持ち良さそうに寝ている彼女を揺り起こす事への罪悪感と、他の人間が見た事ないであろうその状態を間近で観察、どころか触れ合えているという優越感。それらによって、俺の心がこの時間の終わりを拒んでいる…!


——しまっ……!


 完璧な計画が瓦解した。

 全ては俺の下心が導いた敗北だった。

 ここから立て直す術は………無い……!

 もう死ぬしかない。

 遺書執筆に戻らなくては。

 日魅在進、推しの寝顔と共に眠る。

 

 照る頬や 赤く色付く 紅葉もみじかな

 

 よし、辞世の句も出来た。


(((「まるで紅葉のように、私の顔は恥じらいで赤らんでいる」、ですか?)))


 そこ!解説しない!余計恥ずかしい!

 折角晩節を汚さぬよう、これから潔く腹を切ろうって言うのに。

 潔く腹を………

 ってかお腹が痛い……。

 どんなにふざけてもプレッシャーを誤魔化せない。

 みんなから向けられるマイナス感情の圧がすごい。

 肩身が内側にべこべこ言いながら折り畳まれていく。

 胃が……。


 あ゛、


 ………………


 スゥゥゥゥゥゥウウウウ………


「み、ミヨちゃん…?ミヨちゃん…?ごめん、起きて……?」

「……ひゅみゅ……?」


 どこを触ったものか分からなかったが、俺は取り敢えず左手で相手の腕を掴んで揺さぶった。


「……すすむ、く……オハヨ………、……!?……!!!!!」


 トロンと落ちた目蓋が、瞬間ギュン!と持ち上がり、


「わ、あ、ススム君!ごめん!寝ちゃってた!」


 両手を膝の上に背筋をピンと張った姿勢に即移行した。


「ご、ごめん、ほんとにごめんね!昨日あんまり寝付けなくて!」

「う、うん、大丈夫、大丈夫だよ、全然、それはいいんだけど」

「?どうしたの?」

「ごめん。通路に出て良いかな?手洗い行きたくて」


 嘘でなく腹が限界なのだ。







「ふー……」


 スッキリ一安心。

 ストレスで腹を下すとはね……。危ない所だった。

 まあ色んな人間にとってガス抜きになったから、タイミング的にも結果オーライだ。良くグルグルしてくれた、俺の腹。


 なんて臓器を労いながら石鹸で手を洗っていると、ドアがゆっくりと2回ノックされた。

 おっと、待ってる人が居たのか。

 ここは共用トイレ二つと、男子用トイレ一つがあるけど、どれも塞がってたかな?


「はあい、今出ます」


 俺はそう答え手を拭いて、折れるタイプのスライドドアを開けると、


「あら、これはご丁寧に………」

「………」


 ゴシックロリータ姿で特徴的な面頬を着けた、長身女が立っていた。

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