第十二章:過去はいつだって不意打ちのように顔を出す

遠い遠い空の上から

「ぼっちゃん?お話を繰り返しましょうか?」

「………」

「ぼっちゃん?」

「……聞いてる。必要無い」

 

 力を抜くような深い息を吐きながら、彼は座席に益々その身体を沈ませた。

 ジャボに立襟、肩章や前立て等に金糸の装飾と、年の頃には似合わぬ上等さを伴う服装であったが、見目麗しいその男児からは、不思議と着られている印象を与えず、小柄ながらも着こなしていた。


「聞こえておいででしたら、一度で反応して下さいませ」

「お前がオレサマの命令に従わないからだろうが」

「御命令は忠実に遂行させて頂きます」

「だったら、何度も言ってる事だがな」


 男児は傍らに立つ、金髪と泣きぼくろを持つ鉄面皮、ロングスカートのエプロンドレスを身に着けた長身、自称「忠実」な女従者に対して、人差し指でズイズイと責め立てる。


「オレサマの事を『ぼっちゃん』と呼ぶのをやめろ!」

「異な事を。ぼっちゃんはぼっちゃんでしょう」

「なんでこの命令は全然通らないんだよ!?」

「それは御命令でなく、お願いですから」


 「決定権は当方に御座います」、すました顔でそう言い張る。

 本当に「忠実」なら、「命令だ」と言えば命令と認識して欲しい所だ。彼女の音声認識機能は、壊れているとしか思えない。


「お一人で夜道を歩けるようになって、バリバリ稼げるようになって、女の子にモテモテになって、何方かを御自分でデートに誘えるようになって、そうなれば“旦那様”とお呼びする事も検討致しましょう」

「そこまで行って検討なのかよ……!?それにオレサマ程の身分なら、女なんて向こうから寄って来る!」

「いけませんよ?女の子からはそういうのちゃんと嫌われますからね?この前教えたデートの極意、憶えてらっしゃいます?」

「どうしてそんな庶民の文化の産物なんかをオレサマが………あとオレサマは別に怖がりだとかそう言うのじゃないぞ!ただこの身の高貴さに自覚を持って、如何なる時にもリスクを最小化する為にだな」

「つまり出来得る限り怖くなくなるように、という事と理解出来ますが」

「計算だ!決して衝動的な物ではないからな!」

「この前ホラー映画をご覧になった日、夜のお手洗いに私を付き合わせたのも?」

「あれはお前が勝手にオレサマの部屋に入って、勝手に再生し始めたんだろうが!」

「お止めにならなかったのはぼっちゃんですよ?」

「それは……!そうだが……!」


 公的には雇い主と被雇用者、周囲からは持ち主と道具、飼い主とペットと見られている。しかし二人の会話を聞けば、どこか仲の良い弟と姉だと錯覚するだろう。

 その生まれには、天と地ほどの隔たりがある。繋がる事など有り得ない筈だった、奇妙な縁なのだ。


「おほん!」

 

 そこで男児の対面から、咳払いが一つ。

 

「続きをお話させて頂いても?」

 

 そこに座る男もまた被雇用者ではあるが、付き合いはつい先日から。潜行経験の豊富な傭兵達の長であり、今回の作戦立案等を担当する要である。


「すまん、続けろ」

「失礼。とは言え、そちらからご質問が無ければ、付け加える事はほとんど御座いません。7層までは映像資料に至るまで揃っていますし、D型に関してはご実家の力で取り寄せて頂きましたから、丸裸も同然です。プランは綿密に練れますから、イリーガルでも起こらない限りは、段取りに狂いようがありません」


 「強いて不安要素を挙げるとするなら」、

 安物のスーツに身を包む彼は、そこで大振りのグラスに注がれたブランデーを飲み干す。


「なんだ」

「こちらが用意できる人数を前提として、ダンジョン規模も考慮に入れた場合、攻略プランを成立させる事自体が難しい、って事ですかね」

「ぼっちゃんには権力も甲斐性も御座いませんから」

「ほっとけ!」


 実際の所、それは頭の痛くなる課題であった。

 幾ら名家の生まれとは言え、高ランクのディーパーを何人も雇い入れるなど、一時的であっても子どもの小遣いでは致命的な出費。

 今回の試みを家名の威光に磨きを掛けるキャンペーンだと建前を張り、本家から幾らかの資金を引き出し、それでも十分な金額には足りない。

 しかしだからこそ、と言う話なのだ。

 

 只人には出来ない事が出来る、それを証明する事が、今回の遠征の骨子なのだから。


「意外と金に余裕が無いのは分かりましたが」


 今度は葉巻に手を出す男。今搭乗している自家用ジェットも含めて、「今回の挑戦の範疇であれば好きに使って良い」と本家から与えられた物なので、この期に楽しみ倒す腹積もりだろう。


「一つ聞いておきたいんですがね」

「と言うと?」

「どうして、なんです?」


 「同レベルの競合はごまんと居るでしょうに」、

 煙を吐いてからしっくり来ずに首を傾げ、次に目の前の皿からローストビーフを一切れ、口に入れてその柔らかさに感動する。


「オレサマの御眼鏡に適ったから、では不服か?」


 その前で男児は紅茶に口に付ける。


「へい。これから営業掛ける為にも、是非とも顧客の御意見という物を頂戴したく」

「ふん、それも商売としては必要か……」


 彼は受け皿にティーカップを置いて、背もたれに体重を預け見下ろすように構え、


「お前の所の公式ページは、失敗談も隠さず報告していたからな」

「……出鱈目だとは考えないんで?」

「営業実態はある。戦場でしっかり交戦しているのも確認済みだ。その上で戦果を盛るでなく、失敗を事細かにでっちあげるとは思えない。何なら、実際のミスであっても発表する理由が無い」


 「その馬鹿正直さが気に入った」、

 尊大に言い放つ男児。


「それと」

「それと?」

「大抵の傭兵は、いや人間は、いとう」

「成程」


 男は横目に従者を見上げる。


「お宅の旦那様、どうやら求心力はありそうです」

「そうでしょうとも」


 当然な事であると表情一つ変えない彼女に苦笑しながら、彼は目の前に広げられている図面を見下ろす。


「それでは、細かい事項について御意見を伺いたい。今回のD型討伐計画の目標に設定された、深級ダンジョン——」


 それは、どっちだったか?


 “爬い廃レプタイルズ・タイルズ”か?“精螻蛄トゥイッチン・ウォッチン”か?

 

 彼はずっと、分からなくなっていた。


 思い出せないのでなく、回想出来てしまうから。

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