292.またしてもろくでもないアイディアが進行中 part1
「つまり?とまれともあれ、とどのつまりぃ?」
女は尖った眼鏡のつるをクイと持ち上げては下ろすのを繰り返している。
「あなたは何もしなかったと?彼が革新への核心に至る確信を得ており、会心の策を進行しようと言う時に、快諾どころか何も手を貸さず、痴呆のように指を咥え涎を垂らして待っていただけ、とぉぉぉおおお?」
「私は学園の監視対象となっている可能性が高く、同行は勿論、情報を渡す事さえリスクでした。よって、実行は彼のみで行うと決まったのです。ええ、全ては同意済みの事」
「そのエビデンスはぁぁぁあああ?証明は?制約を誓約すると成約した契約書はぁぁぁあああ?」
「リスクについて言えば、文書やデータの類に、我々の関係性を残すのもまた大いに」「分かってるんですよそんな事は!言うだけ言って言ったもん勝ち、幾らでも良いように言えるだろって言ってんですよ!分からないかなぁぁぁあああ?」
「失礼、人付き合いは
白取の両脇を固める、白い防護服めいた装備の二人。
顔にはガスマスク型ヘルム。その手にはボウガンのような形状の魔具。
上の何かを飛ばすという事は分かるが、効果は完全に特定出来ない。が、どうせ碌でもないのだと、そう断言する事は可能だった。
「分かってねえでしょ?やっぱ分かってねえですよね?ワカメみてえにのらりくらり、若い小娘ならワーカーと違って、和気藹々としときゃあ輪っか潜るみてえに躱せるって、そんな馬鹿な事を思ってんでしょ?」
「いえいえ、そのような事は毛頭」
「ちょいちょいちょちょい!ネタは上がってんだよ!こっちの調査じゃ学園側が拉致した以外に帳尻が合わねえ!超困惑の超常現象なんですよ!丁度ちょっと学校に
「私は丁髷では」
「そういう話してるんじゃない!っつうのぉぉぉおおお!」
白取としては、困っているのはこちらも同じだと言いたい。
あれ程の手練れがどうやって誰にも気付かれず排除されたか、その答えを提示できるほど、彼は破壊工作に通じていない。たかが一介の研究者兼養護教諭、それが彼だ。科学者なら何か秘密の技術やトリックで、人を一人消す事が出来るのじゃないか、などと、迷信めいた信頼。まるで嬉しくない。
カミザススムが狙われていると、本人が自覚した素振りさえ無いのだ。それでは、“
あの男は、本当に優秀だったのだろう。「右眼仮説」も、正答であった事はほぼ確実。彼が消された事で答え合わせとなり、同時に知覚出来ない敵の存在まで示唆された。
だから三都葉は、こうやって荒れている。求める物が何処にあるのか分かったのに、今度は顔の見えない何かに怯え、手を引っ込めるしかなくなったから。
すぐにでも攻撃の主体を見つけ、直ちにこのお預け状態を解消せねばならない。
踏み出せないあと一歩ほど、永く遠く感じさせる物は無い。
「どうして私達が後れを取らなきゃいけないのか、とんと納得いかない相当!ドント・キディン!本当!マスト・ダイ郎党!」
「つまり、次に来るのは……『オーライ暴投』?」
「……お前さ」
彼の気さくな冗談に、彼女は足で応えた。
ヘルメットの横を過ぎたそれは、背後の机上を情報端末ごと割り砕く。
片足だけで跨った状態で、柔軟に上体を前傾させ、白取のヘルムに額を打ち付ける。
「もっと気をつけてくっちゃべれば?」
「……備品代であれば、簡単に経費で落とせる、というわけではありませんよ?」
「どっかの誰かがナメた口利いてるからでしょぉぉおが」
「失礼。私なりに歩み寄ったつもりなのですが、誤解を招いたようでしたら謝罪します。私には敵対の意思など」
「当たり前でしょボケカスコケナス」
怒りの火にガソリンが注がれたが、爆風で逆に鎮火したようだった。
憤懣も一周回ると脳が冷えるというものである。
「お前、分かってんのか?私がお前を不穏分子として報告上げれば、関係が終わって晴れてパッと不自由な自由の身。輪廻転生の即時搭乗手続き。やべーって事お分かり?生からの解放大好き、天晴れなアッパラパーか?」
「私は私が為せる全力を以て、私の好奇心を満たしております。ええ、私自身のレゾンデートルに誓って」
「………」
彼はただ知りたがっている。一人で新事実を手に入れた所で、その先を知るには助けが要る。
「強力な協力者、極力破局は拒否、ってわけか」
彼は知れれば良いのだ。三都葉を出し抜く理由が無い。それは自分の力を、折角得た視界を捨てるのと同じだ。
「……わーった…!わーっってやる…!お前は味方、無知無垢を無理くり剥いても無意味。今はそれで分かったフリしてあげましょおおぉぉ」
今はそういう協定だ。
彼の言い張りに明晰な反論が出来ないから。
しかし、
「一つでも偽証が明るみに出て見ろ。手も針千本も出るからな?あらゆる意味で終わらせてやるからな…?………いい、です、ねぇぇぇえええ?」
「問題ありません。ええ、私には何の偽る所もありませんから」
「あっっっっっ、そう、ですかあああぁぁぁ」
彼女は彼に背を向け、「忘れんなよ?」部下二人を伴い部屋を出ていった。
「………」
フルフェイスバイザーによるポーカーフェイスを保った白取は、スーツの通気性を少し向上させ、冷却機構もガンガンに回し始める。
「もう秋だと言うのに、この服は蒸しますねえ……。ええ、汗が止まりません………」
薄氷の上の協業。
目を離したら駒が盤から消えていた。そのインチキを通さざるを得なくなってしまった時点で、彼らは呑まれつつあった。
少年を取り巻く、異様な諸事象に。
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