289.や、やってやる!やってやるぞ!やってやるからな!?

「ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」


 気を取り直して、魔法陣を作り直す。

 腕が4本。

 聞いた事なかったけど、そういうのもあったのか。それか、最近になって使えるようになった能力かもしれない。

 なんでこんなところで情報解禁してんだ?という疑問は尽きないが、今はそれを考えても一文の得にもならないので捨て置く。使ってくるなら対処しなければならない。以上!

 

「ひゅ、おおおぉぉぉ…っ!」


 で、どうするかなんだけど、


〈……?〉


 今の俺だと、これくらいしかないかなー?って。


〈歩く、のですか……?〉

 何かの仕込みを警戒し、鼻をその牙に掛けつつ一帯に注意を巡らせて、

 そんな彼に、キャットウォークの上みたいに、悠々と歩く姿を見せる。

 彼の突進力をまともに受ければ、俺なんか簡単に吹き散らされる。

 だからこそ、体の軸もずらさず跳ぶ準備もせずに、ただ近付くなんて事は、一番避けるべき行為。

〈ただ歩いてる、わけではありませんな…?当然〉

 試合放棄でなければ、よっぽどの意図があるべきなのだ。

 当然相手が、チャンピオンがそれを承知していないわけがない。俺の正気を疑うのでなく、作為を探ろうとした。

 足なのか、鼻なのか、耳なのか、何かの器官で俺の行動の裏を読もうと張り詰めさせ、


〈ほほう……?〉


 俺はその目と鼻の先に、堂々と立った。


〈ただ歩いて、いたのですか〉

「普通に歩いてただけですね」

〈ただ歩いて、正面から立ち向かう、という事でしたか……〉


 長い鼻はカウンターの牙を撃つ為に畳まれていた。

 追加わんは背中側へ生えていて、死角は潰せるが懐深く入った相手には届かない。

 自慢のタックルは最大威力を発揮する為に、僅かであっても助走が必要で、最高速に乗るにも時間が要る。出始めは比較的容易に対処できるのだ。


 俺はそれらが万全のパフォーマンスを発揮しにくい、至近戦闘の間合いに入っていた。

 

 敵がこちらを知ろうとしている間に。


〈私と正面から、この距離でぶつかる…!その為に、思わせぶりに歩いたのですね…!〉

「ここなら、大きくて鼻が長いおじさんと、殴り合うだけで済みますから」


 不思議を前にした時、まず原因を知りたがる。理由を解明する為の行動が真っ先に来る。好奇心が最優先で、俺の中に未知を期待していたガネッシュさん相手だからこそ、いけるんじゃないかって思った。

 中距離で最強クラスの相手をするのが嫌なら、こうすれば万事解決、というヤツである。分かったか!

 で、この近さなら小回りが武器になって——


「ちょろちょろする事なら、負けませんよ俺は」

〈では!届かせて見せなさい!!〉


 太い左腕と俺から見て左からの抜牙ばつがで挟み込むような同時攻撃!

 反応装甲で防御、牙の欠損能力が失われる!

 相手の左拳の更に内角を抉るように右拳を突き出す!右腕からの流動防御を車輪やキャタピラのように使い相手の腕をサーキットとして加速!

 鼻が牙を離して直接拘束しに来た!

 最近の悪夢訓練で絡み付いて来る相手への対策は幾つかある!少し広めに自分を覆うよう配置した魔力塊を使い、俺への到達を遅延させる!強靭な力で破られたら爆発して押し返す!

 右手が狙うは追加腕が守るドデカい頭部、じゃあない!


 首、

 頸部だ。

 

〈パンチでは…っ!?〉

      ない。

 貫手。

 俺は五指ごしを真っ直ぐに立てた。

 グローブは指抜き型にしてある。爪の先に高速回転魔力刃を展開する為だ。

 指の力、魔力強化のやり方、それはここのところずっと訓練していた。

 カンナに〆られまくった結果、指で相手の四肢を切断できるようにしないと厳しいと判断したからだ。

 そして掌を上側に向けた状態のそれを、相手の首筋に着弾した瞬間、

 

SHAAAAAぐちゃぐちゃにAAAAKEなれえええええ!!!」


 手首の力と魔力噴射も利用して反時計回りに掘削ドリル運動を強いた。

 

 関節が外れ、肉が裂け、骨が砕けるのを承知で、

 自分で肉体を破壊しながら、回転尖突を作り出した。


 手元に小さな血風竜巻。

 自他の血肉を混ぜる加工処理機フードプロセッサー

 自分で自分の肉をむしり取るというのは、痛くて厭で厭で厭でイヤに痛くて、

 だが点数上では端っこの欠損扱いだ。

 常人なら失血性ショック待ったなしだが、ディーパーならこの程度、死にはしない。

 

 死んでないなら、殺せるという事。


 まだ相手を殺そうとして良いという事だ。


 模擬戦での体内魔力侵入は禁止されているので、変身状態の相手の首、その傷口ギリギリのところで、魔力塊を爆破した。


 最高に気持ち良くハリセンが決まった、みたいな音がした。

 薔薇の花びらのように大小様々な赤が散った。

 象の顔が45°程横に傾いたように見えた。

 

 だがまだだ。

 まだ互いに死んでない。

 どっちも相手を殺す権利を手放してない。


 象の鼻が装甲を突破して遂に体に触れる。

 けれど下半身に届いてない。

 

 俺は魔力噴射で脚を「“薬炎ビャーヤ”!」そこに壺のような物が投げ込まれ、噴出した黄色い炎心と紫の外炎を持つ火がワッと広がり、その一部は俺達二人の傷へと移り、それを治療していった。


「お二人とも!止まれって言ってるの聞こえないんですか!?」


 立会い人の星宿先生が、カッカしながらこちらに薬壺をぶん投げてくる。

 

「終わりです!終わり終わり!シールドの上から首輪を破壊されるようなダメージが発生!よって頸部に致命的損傷と判定され、日魅在進の勝利とします!以上!止まって下さい!」


「いやばばばあばば、せ、せんせえええええい!?あのおおおお゛お゛お゛!!?」


「この!この!」


 分かりました!分かりましたから!ちょっと投げるのやめてくれません!?

 この炎、さっきから普通に燃やしたりまた治したり、ちょこちょこ切り替えられるの地味に拷問なんですけど!?


「フーッ!フーッ!落ち着きました!?」


 まずは先生が落ち着いてください。

 威嚇中のネコみたいになってますよ?


「落 ち 着 き ま し た ! ?」


「はいっ!頭から足までヒエッヒエです!」

「この通り変身も解きましたぞ!」


「はぁー………!よろしい。お疲れ様です。お二方共どうぞご退場を」

「「ハイ………」」


 二人して小さくなりながらそそくさと出て行く事になりました。

 

 確かに熱くなり過ぎたのは良くなかったけど、勝者への労いとか称賛とかあってもいいんじゃあ……


 ………………………………


「えっ!?俺勝ったの!?」

「そう言ってるじゃないですか」

「あれっ?先生?」


 控室に星宿先生が付いて来ていた。


「一応手を診せてください。治りが中途半端で、後遺症も含めて元の状態と認識してしまうと、一部の治癒能力では回復不能になりますよ?」

「あ、はい、すいません、ありがとうございます」


 お腹とか右手首を中心に、薬壺から出した塗り薬みたいなのをつけられる。


「日魅在君」

「すいません、さっきはその」

「いえ、停止命令を聞かなかった事については、もう良いんです」

 

 先生は、両手で俺の右手を包み、僅かな異常も逃さないように、丁寧に触診する。


「そうではなく、私も一応あなたの担任ですから」

「は、はい……」

「一つだけ、忠告させてください」

「忠告、ですか?」

「もう少し、自分の身体を大事にしなさい?」


 「あんなやり方で潜行者を続けていたら、早死にしますよ?」、

 顔を上げた彼女の、気遣わしげな目が合わさる。


「これでも、最近は結構自分の事好きなんですけど……」

「それは喜ばしい事です。でも、今よりもっと、自分を好きになってあげてください。ダンジョンは思い通りに行かない事だらけです。思わぬ落とし穴が何処にでも開いているのだから、それを忘れないようにしなさい」

「は、はい」


 そこで彼女は表情を緩めて、


「ごめんなさいね、今更教師気分なんて、どの口がって思うでしょ?」


 そう自嘲する。


「いえ、その、先生ってクラスの信用を得ないといけないでしょうし、俺の扱いに困るのも分かりますから……」

「そうじゃないのよ」


 そうじゃない?


「確かにあなたが微妙な立場なのはあるけれど、『それでも教え子なのだから』と、私が踏み出せなかったのは、もっと個人的な理由なの」

「個人的?」

「何て言ったっけ?そうそう、『目が緑に光ってた』、みたいな」


 ?????

 何だろう?何かの慣用句かな?

 よく分かってない俺を置いて、「よし、大丈夫そう」と先生は治療を終えた。


「う、ぅぅぅうううん、やっぱり、こんなんじゃまだまだダメダメだなあ……」


 彼女はそう言いながら、立ち上がり伸びをして、


「一応この後の検査もちゃんと受けて下さいね?」

「あ、はい、すっぽかす気はないです」

「よろしい」


 そう頷いて出て行った。

 何だか思ったより嫌われてないみたいだったけど、結局どういう理由だったんだろう?

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