288.いつもの事ながら火が点いた

 横隔膜。

 横隔膜が、ノビてやがる。

 

 衝撃によってその動きが止められ、魔素供給と魔力生成が不完全になった。

 第二段階魔法陣で良かった。

 これでもし通常の魔力循環か原始魔法陣のままだったら、世界が白黒していた今の一瞬で、体内魔力が減衰して循環を維持できなくなるか、暴走して身体に穴が開いていた。


「 …! …っ!」


 脳に行く酸素すら含めて、全身への供給をやり繰りする。

 呼吸。

 呼吸を、

 取り戻さないと。


〈申し訳、御座いませんなあ〉


 うつ伏せに倒れた俺が、震える腕で自分の身体を起こした辺りで、その謝罪があった。


〈少々、張り切り過ぎてしまいました。学生相手に、我ながら、いやなんともお恥ずかしい〉


「 …! 」


 息を、

 声を、

 空気を、

 誰か、俺に普通の代謝を…!


〈立ち合いの方、これにて本日の“検証”は終了と致します。彼に手当てをお願いしますぞ〉


「あ、はい!」


 終わり、

 終わり、かあ…!

 一息つける…!

 ってか疲れたあ~…!

 もう~…!折角楽しい明胤祭だったのに、最後の最後で酷い目に遭った。

 まあこれも後から振り返れば、笑って語れる思い出にはなるだろう。相当強い人ですら中々訪れない機会。チャンピオンとバトるなんて、経験としても武勇伝としてもちょっと信じられないくらい強力だ。

 とまあ良いように考えても、お腹の痛みとか胸の痛みとかは誤魔化しようがなく、俺がボロボロの凹凹ベッコンボッコンだというのは否定しようがない。というか頭のほとんどはそれについて占められている。けど戦いは終わった。治療を受ければ楽になれる。


 今はこれで休めるという安心しかない。

 チャンピオン相手に結構やれたし、いつかこの人より強くなれるかもしれない、というビジョンが現実味を増した気がする。

 いつか、

 って言うか、次やり合うのがいつになるのか分からないけど、いつか勝てたらなって。

 いやいや、チャンピオンとはやり合わなくて良いんだって。

 戦ってるのはモンスターとイリーガルなんだから。

 今回こんな事になったのは例外的なあれと言うか、

 って言うか、なんで次を考えたんだろう?

 俺はガネッシュさんとやるのなんて、乗り気じゃなかったのに。

 「なかった」?いや、そこは変わらない。別に戦う必要なんて無くて、彼の好奇心や探求心に付き合った結果だし、ちゃんとやり合ったら当然負ける事が分かってて、だから結果がどうこうとかじゃなくて、ガネッシュさんの参考になったかどうかって、向こう側の話で、別に「次こそ倒す」みたいな因縁めいた話ではなくて、


——「次」?


 意地になる話じゃないんだ。決闘は形ばかり。ガネッシュさんも言ってた通り、飽くまで「検証」なんだ。役に立ったかどうか。戦いじゃない。

 俺はガネッシュさんを倒したいとか思ってないわけで、

 なかったわけで、

 

——次って、


「日魅在君!今治療を…!?」




——




 俺は左手で近付こうとする星宿先生を制止した。


「か、日魅在君…!?」


「 ま゛、だ…!」


 声帯がようやく仕事を再開してくれた。


「先生…!まだ、です゛…!」


 ポイントは400点弱。

 足腰に来て、吸って吐くだけで腹が痛くて、

 それでも、まだだ。

 まだなんだ。


「先生、手を、貸さないで下さい…!」


 それではルール違反だ。


〈…!続けるの、ですか…?〉


 ああ~………もー………くそー………!

 今すぐバタンとぶっ倒れて、熟睡したい気分だ。

 楽になりたい……。

 20分間走で20分がしっかり経過して、「ここからはそれぞれ満足行くまで走って大丈夫ですよ」、とか言われてるような感じ。

 20分で最長距離を出せるよう全力を注いだんだから、もう余力なんて無いし、義務からも解放されている。体は「止まれ」と言って、心は「もういやだ」と言って、肺がどんどんと重くなって、心臓が握り搾られて、気を放せば胃から昼ご飯が逆流する予感がずっとあって、

 走る意味なんか、

 意味なんか……

 



「当然…!」


 俺が続けたい、


「続行…!しますよ……!」


 以外に無い。




「俺だけボコられて、ガネッシュさんだけ色々得て終わるの…!なんか腹が立って来ました…!」


 彼が俺から何かインスピレーションを得て、成果を上げる足掛かりにするなら、俺だって彼から何かを引き出して、自分の物にしてやる…!

 このまたとない機会に、貰えるだけ貰っておく、そうしない理由なんてないだろ。


「ご容赦、ありがとうございます…!」


——ですけど、


「油断して止めを刺さなかったのは、失敗でしたね……?」


 俺は顔の筋肉に喝を入れて口角を持ち上げ、虚勢を一杯に張る。


〈………〉


 ガネッシュさんは沈黙の後、


〈素晴らしい……!〉


 象の頭のままでも分かるくらい、テンションを沸かせていた。


〈“男児三日会わざれば”!どうやらあなたは、少し見ない間に、ガルヴ……“誇りプライド”を得ていたようですね……!〉

 

 「プライド」、

 そうかもしれない。

 負けっぱなしで終わるのがいやで、負けるならちゃんと負けたい、っていう想いがある。

 なんかただ急に無茶振りされた上で一発蹴るだけで終わるのがムカついただけかもしれないけど。

 というわけでガネッシュさん?

 チャンピオンが高校生相手に決闘仕掛けて、しかも本気で殺りに行くという大人気の欠片も無い行為には、相応の高値で返してやりますよ…!

 世界四位に対等なレートを求めるなんて身の程知らずって?

 いつも通りの格上戦だろうが!今更ガタガタ抜かすな!


(((あれ、ススムくん)))


 立ち上がり、構えを戻し、呼吸を調え始めた俺を、

 芸を仕込まれた鼠を観覧するかのように、右上から見下ろす凛人りんじん


(((ススムくんも、“男の子”、ですね?)))


 う、うるさいよ…!

 何を今更当たり前のこと…!

 とにかく!ガネッシュさんは鉄拳の1発や2発で許さないですからねえ!?

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