206.皆さんお疲れ様です part1

「なあ、学校って、行った事あるか?」

「“ガッコー”?ええ~?ナイナイ~。あるわけないじゃん。ガッコーなんて行ってたら、今頃もっとセレブ暮らしだよ~」

「いやいや、お前が学校に行っても、今ほど幸せにはなれねえよ」

「ええ~?なんでそーゆー事言うの~?」

「なんでって、決まってんだろ?俺と会えねえからだよ」

「や~ん!それはそうだわ~!」


 ホテルの一室、脱ぎ散らかされた服、飲んでは転がされた酒瓶、食っては投げ捨てられた菓子のパッケージなどで、床が汚れに汚れたスイートルーム。

 そこに置かれたふかふかの天蓋付きベッドの上で、生まれたままの姿で絡まる女体が二つ。


「で~?なんで急にガッコーの話なんてしたの?」


 甘えた声を出しているのは、体に巻き付くような、桃色と水色の二色の長髪、スレンダーな体型の美女。


「今度行くとこがさ、学校なんだよ」


 燃えるように逆立つ白黒髪、肉食獣の眼光と鷲鼻を持つ、胸部と臀部が豊満な女が、首筋に吸い付きながら、獰猛に唸るように答える。

 

「えぇ~?シクシィってば、とうとうガクが付くってわけ?」

「ちげえよ。通うんじゃねえ。行き先が学校なんだよ」

「ガッコーで何すんの?ベンキョー?」

「バッカ。違うつってんだろ。いつもと一緒だよ」


 彼女達の日常は変わらず、


「ぶっ壊して、ブッ殺す」


 それだけだ。


「なんか知らねえけど、盛大にやれって言われた。あと、なんかちっこいガキが逃げてきたら殺せって」

「多分だけどぉ~、後半の方が本命でしょ、それ?」

「そんな気もするぜ」

「シクシィって、人の話聞かないよねえ?」

「だからお前が居るんだろ?ナイニィ」

「だったら私に商談させてよ~」

「いつも録音したヤツ聞かせてんじゃねえか?」

「なんで直接話させてくれないの?」

「そんなんお前………、お前を取られたくねえからに決まってんだろ!」

「きゃ~ん、心配しなくていいのに~」


 二人は蜜月のキャットファイトに明け暮れて、部屋を片付ける素振りは見せない。

 彼らからするとこの惨状が、「片付いた」ように見えているのだ。

 シーツの中身の羽毛が宙を舞い、服布の切れ端が飛び散り、鮮血が壁を斑に染め、鉛と血と骨がばら撒かれて、あちこちが盛り上げり捻じれ、離れるべきでない物が離れ、繋がるべきでない物が繋がり、


 その内装は、

 彼女達の仕事が、

 “ゴミ掃除”が終わった事を、意味していたのだから。

 



——————————————————————————————————————




「つまりね?僕からすると、コレって冒涜に当たるのよ?」

「はいはい、許せないでちゅねー?」

「こんなん続けてたら、無くなるわけ、品位とか、信用。そう思わない?」

「うんうん、良くないよね?それはママも分かってまちゅよー?」


 夢を蒸留し客に嗅がせて、金を吸い取る事に特化した万魔殿には、似つかわしくない、幼さが見えるやり取り。

 発している二人の外見が、ミスマッチを加速させる。


 ペンキを塗ったように見える程、黒い顔料でベッタリな顔をした、髪も防具もツンツンとして、チョコレートを齧る巨漢。

 ボディラインにフィットした、赤く情熱的なイブニングドレスを着る、影のある美貌と腫れぼったい唇、褐色で砂時計型の肉体を持った美女。


 前者が甲高く喚き、後者がビリヤードの片手間にあやす。

 

 慈愛と悪徳、それを合成すれば、こういうになるのかもしれない。


「クスクスクス………」「クスクスクス………」


 赤と青のバニーコート。ボンレスハムのように網タイツに包まれ、引き締まった脚。肌の色が黒と白と正反対な事以外、瓜二つの見目を持つ二人の少女。


「シーズ、怒ってる」「シーズ、泣いてる」

「怒りんぼさん」「泣き虫さん」

「泣いてない!僕からすれば、これは泣いてる事にならない!」

「はーい、クスクス………」「はいはーい、クスクス………」


 彼女達の嘲りの先は、何やら理由を捏ねて、キレる準備をしている大柄な末っ子、だけではない。

 屈んだ彼の足下で、手足首を纏められ、指圧で潰され怪力に曲げられ、人の形を忘れ始めた男にもまた、向いている。


「ひ、ひっ、ひっ、厭だ……イヤ…イヤイヤイヤ…イヤだよぉぉぉおう……パパ……!ママ……!」

「呼んでるよ?ママ?」「何か言ってるよ?ママ?」

「そうねー?でももうちょっと待てまちゅよねー?僕ちゃんは良い子でちゅからねー?」

「残念だね、赤ちゃん?」「かわいそう、赤ちゃん」

「僕からすると、金も払わない、情報も出さない、それで罰も受けないなんて、有り得ないんだよ。だって、なんだっけ、モラル!モラルハザード!言う事聞かないヤツを甘やかし続けたら、他所からみすぼらしく見られるの!そう思うよね!ディーズ!」

「え」


 部屋の隅、誰からの目にもつかないような影の中、精一杯息を殺していた青年が、怯えた声を出す。

 低い背を更に曲げて小さくなり、四角い顔の中、丸くギョロついた目を泳がせる。

 その左腕には、手首から先が無い。


「いや、ぼ、僕は……」

「お前達、親父の前だ。もう少しお行儀良くできねえのか?」


 静かに流れを割ったのは、幅広い襟のスタイリッシュなタキシード、上部ボタンをはだけたシャツ、頭にソフトハットを被った顎髭の男。


「ディーズ、お前はいい加減、ちっとはシャンとしやがれ。そんなんじゃ、オヤジの後を任せられねえ」

「ご、ごめんよ……でもさ……」

「でもじゃねえんだ」


 男に凄まれ、青年は飛び竦む。


「言い訳を考える為に頭を動かすのをやめろ、つっただろ?テメエの失敗を正当化する時間ってのは、寝ぼけてんのと同じだ。女イカせてる時以外に、んな事してる暇はねえ。次やったら、海で寝て貰うぞ?母なるなんたらに永遠にイカされるわけだから、その時は幾らでも言い訳を捏ねていい」

「ごめんよクワトロ、ほんとに」「クワトロ、その辺にしておけ」

 

 体重を乗せた分だけ沈む、質の良い落ち着いたソファの上に、紫色のスーツと長いマフラー、皺くちゃで白髪、カストロ髭の、老齢の怪人物が座っていた。


「ディーズはそれだから、ワシの後継に指名したのだ」


 彼が居る場所から、その場の“家族”全員が見渡せる。

 全員が揃った事を確認し、老人は告げた。


「仕事だ。それも、大きめのな」


 「仕事」、それを聞いて、石を受けたせいすいのように、彼らの瞳孔が瞬間的に揺れ広がる。

 彼らの“父親”は、組織の長。国内随一の英傑。命令される事はない。


 通常ならば。


 が、時に彼をして従わせる、より大きな不可抗力、必然性というものが、この世には有る。

 荒波やハリケーンのように、人間とはスケールの違う背景。


 それが姿を現した時、彼は家族に、「働いて貰う」、ではなく、「共に働く」、という意味で、「仕事」という言葉を使う。


 その言葉は、断層を生むような深き動乱、その開始宣言だ。


「世界最高のクライアントから、依頼が来た。一人、、だとさ」

「報酬は、弾んでくれるの……?」


 球を突く手を止め、しかし前傾して胸を潰しながら、棒を構える姿勢はそのままに、女が聞く。


「ウーナ、報酬は勿論頂く。そうとも、青天井に吹っ掛けてやるさ」


 「だが」、

 だが本当に必要なのは、その先だ。


「これの成否で、大口の、過去最大の取引が、立ち消えになるかどうかが決まる。ワシらが、歴史に名を刻む大悪党共、その頂点に君臨出来るか、その瀬戸際だ。大事なのは——」


 どんな宗教家にも、哲学者にも、偉人にも言える、

 真の重要事は、



「巨万の富じゃあない、“名”だ。名前なんだ。

 金は名を買う為の道具でしかない。

 ワシら家族の名が、永遠になる事が、本当に貴ぶべき、結果なのだ」



 赤道が生む物とは、本質を異にする熱気が、場を満たす。

 「名前」、誰かが咀嚼するように呟く。


「で、でも、オヤジ」


 その中で、尚も怯えていた青年は、父に問う。


「教典中の人間じゃ、ないだろう?一人が居るかいないかで、世界を動かす商売の成否が決まる、なんて事、あるのかい?そいつは、どこかの国の大統領とか、王様なのかい?イマドキじゃ、国のトップなんて、何人も死んだり掴まったりしてるけど、世界なんて変わらないし、一々教科書には乗らないって、そう思うんだけど」

「そこだ。そう、そこなのだ。“一人”という所が、実に異常なのだ」


 よくぞ聞いた、とでも言うように、我が子の疑問を皮切りに、語り始める老人。


「史上稀に見る大事、ワシらがこの時代、この立場に居合わせた、その僥倖を、お前達に、語って聞かせてやろうじゃないか」


 そこから始まる、推測と、騙し取った情報を交えたストーリーは、


 家族達を引き付けるのに、十二分な輝きを放っていた。

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