205.旅に出ます、探さないでください part3
「ただ、警察の動きまで捻じ曲げるような事案に、単なる素人は巻き込めません」
「立ち入った話かもしれませんが、ルカイオス家には、そういった調査機関への伝手などは……」
「お恥ずかしい話ですが、」
ニークトはそこで、本当に恥じるように、斜め下へと目を伏せた。彼がやって来てから数十分、初めて見せる弱さだった。
「私はルカイオスを、そこまで好き勝手に動かせる訳ではありません。家人からは、基本的に見放されているのです」
「は、はあ、それはまた………」
何と言ったものか。
家から疎まれる少年少女とは、一つ一つが形の違う、ガラス細工のパズルのような物である。決まった正解が無い癖に、力の入れ方を間違えると、容易に折れて砕け散る。
そして時には、六波羅では正解できない事だってあるのだ。
人生経験が、必ずしも役に立ってくれない、そんな相手の一種。
「そういった具合に、私が困り果てていた所、
「ちょ、ちょっと待って下さい!ちょいと失礼します!」
幸いにもと言うべきか、ニークトが話題を戻してくれたが、六波羅の中で、一つの厭な推測が、像を結んでしまう。
「警察の人間から、ここを紹介された、と?」
「ええ、そのように申し上げました」
「もしやそれは、刑事の宍規公弼という男では?」
「よくぞお分かりになりましたね。名探偵、と言った所でしょうか?私の祖国には、私立探偵が活躍する人気小説シリーズがあるのですが——」
「いえ!分かります!それは誰でも知ってます!そしてこれは推理なんかじゃあないんです!経験則なんですよ!」
六波羅は頭を抱えた。
「あのクソオヤジ…!また面倒臭そうな案件をこっちに丸投げしやがったな……!」
と言うより何故あんな怠惰の極みみたいなのがルカイオス家と接点を持てているのか。
「いいじゃないですか。仕事くれるんですから」
毒づく彼に反論したのは、コーヒーカップを持って戻って来た助手、
横に長細いオーバル型眼鏡を掛けて、白シャツにグレーのスカートスーツ、茶色がかったウェーブ髪と、「常識人枠の美人秘書」みたいな顔をしているが、かなりの曲者だ。
「所長、いっつもあの人の事悪く言いますけど、私嫌いじゃないですよ?誰かさんの採算度外視なやり方なせいで、あの人が居ないとウチは立ち行かないですから」
「それは結果論であってだなあ……!」
「ニークト様!初挑戦のコーヒーッス!」
「ご苦労」
従者らしき少年——八守とか言ったか——からマグカップを手渡され、尊大な態度で受け取ったニークトは、香りを楽しんだ後に一口含み、テーブルに置いてからキョロキョロと何かを探し出した。
「はい!砂糖とミルクとスプーンッス!」
「む、すまん」
どうやら甘党であるらしい。
「大体予想が出来ますが、宍規はウチについて、何と?」
「漏魔症罹患者が行方不明になったら、警察より先にこちらに駆け込むべきだ、と」
「サボリオヤジめ……」
省エネ気質は相変わらずか。
「私からの依頼は一つ。この男が何処に居るかを見つけ出して頂きたい。見つけるだけで結構です。連れ戻すのは私が担当します。これでも幾ばくかの蓄えがありますので、経費は全て御支払い致しましょう。先払い報酬が必要だと仰るのでしたら、勿論ご要望にお応えします」
「ま、待ってください!そうは言いますが、警察さえ手を引く案件に、一生徒が首を突っ込むというのは、どうにもその、看過出来ません。少なくとも、教員の方とご一緒にお越し頂かない事には……」
「それは出来ません」
ニークトは確固たる意思を持ち、常識的とも言える提案を蹴る。
「な、何故です?」
「教師からすれば、『警察に任せる』、これがベストに見えるからです。それを説得している時間すら、今は惜しい。それに万が一、話をした明胤の教師から、警察か、それとも政府に、私の試みが漏れてしまえば、危険度がより上がる事も考えられます」
「丹本国政府が、明胤生に対して、『口を
「可能性です。しかし現に、国は生徒を一人、自覚的に見殺そうとしている。問題を起こしていない、将来的には化ける可能性が高い、唯一無二の人間を、です」
確かに、内幕を聞いた後だと、到底信用出来るものではない、それは分かる。
それは分かるのだが、
「誰か、信用出来る、口の固い教員は、いらっしゃらないのですか?」
「………一人、いらっしゃるのですが………」
「その方は?」
「戦闘になると、命に危険が及びます」
「明胤の教職であるのに、戦闘能力に不安が?」
「逆です」
——逆?
「その人は強いが故に、命を落としかねないのです」
どういう事か、混乱する六波羅に、しかしそれ以上、教えてくれはしないようだった。
「しかし、それ程に危険だと言うのなら、尚の事、貴方を今のカミザススムに近付けるのは、危険です。貴方には丁都で彼をお待ちいただく、というわけにはいきませんか?」
「説得するには、私自身で行くしかありません。あの頑固者は、こうと思い込んだら最後、自分からは戻らないでしょう。警察の保護も、当てに出来ません」
「ですがそれでは」
「己の身は己で守ります。それに、戦力の調達先にも、心当たりがあります」
なんて事だ、六波羅は胸中で叫ぶ。
この口でよく、カミザススムを「頑固者」と評せたものだ。
「因みに、不躾ですみません、確認なんですけれども……」
そこで恭子が、横から助け舟を出した。
「報酬額は、どのくらいを考えていらっしゃいますか……?こちらも商売ですので、利益が出ない事には、危険なご依頼にお応えするわけには……」
「む、道理ですね……」
ナイスな切り口だ。
大人の理屈を振り翳すようで心が痛むが、子供を伴ってサバンナに行くような暴挙よりはマシだろう。
「そ、そうですね……その通りです。具体的な金額を聞かない事には……」
「取り敢えず100万、と考えていたのですが」
「「はい?」」
「ぬう、足りませんか。申し訳ない。こういった仕事の相場について、不案内なもので。先に200万、発見して頂ければ追加で300万、でどうでしょう?」
「所長!やりましょう!」
一瞬で寝返った。
汚い大人の見本である。
「恭子ちゃん!」
「イヤとは言わせませんよ!日頃から誰かさんの放蕩をやりくりしてるの、誰だと思ってるんですか!」
「それについては日々感謝を絶やした事はないけどさあ…!」
「なあに、ちょちょい、って探して、ばっ、って引っ張ってくれば良いんですよ!危なくなる前に退散して、明胤の中にぶち込んじゃえば、こっちのもん!あそこは下手な軍事施設より安全ですから!」
恭子はそう言うが、六波羅はそんな安直に考える事が出来ない。
本当に、ただの家出人捜索で終わるのだろうか?
国を歪ませる潮流、その只中に、まだ成人してもいない少年を、連れて行って良い物か?
彼が不安視する先で、
いざこざを持ち込んだ本人は、
「ニークト様、どうッスか?コーヒーは」
「悪くない。だが、やはり紅茶には勝てんな」
「ああー、やっぱりそうなるんスね」
といった、
気の抜けるやり取りをしているのだった。
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