203.忘れられるが世の定め

 ある都市の一画、食事処が並ぶ通り。

 メインの道路から少し外れ、路地裏のような狭い道の先、

 薄汚れた空気の中、不釣り合いな少女が立っていた。

 色素の薄い肌、二又の三つ編みを小さく垂らした、黄金色の髪と、純白のシャツ。

 あどけなさの中に美しさを持ち、学校に居ればアイドル的存在に、道を歩けばスカウトに目を付けられるような、アンバランスでアンビバレンスに思わせる、つまり、魅力的な女性にょしょうだ。


 彼女は閉まったシャッターを、そこに貼られた紙を、ただじっと見つめていた。

 何をするでもなく、そこに立っていた。


「エンプレス?何してるの?」


 掛けられた声の元を辿ると、小学生くらいの男児。

 水色のランドセル、男子にしては長い髪は、毛先に行く程濃い青となるグラデーションで、首の横から前に垂らされる。鰭や鶏冠とさかにも見えるアホ毛が後ろ向きに立って、カチューシャが前髪を全て押さえ、額を出していた。


友粋ともき?いつも言ってるでしょ?外では人の名前で呼べって」

「ごめんごめん、ワカヅクリねえちゃん」

「あ゛ん?」

「エンリお姉ちゃん!」

「まったくコイツは………」


 一言で許す自身の寛容さを、心の中で自賛しながら、彼女は本題を促した。


「始まるの?」

「うん!この前のあれ、ばっちり見られちゃったから、抑えが効かないってさ!もうカンカンだったって!」

「ハッピー女がアイツ等を怒らせてるのはいつもの事でしょ」

「いつもより目がマジだったって!」

「そっか、それは、頭が痛いね」

「お大事にね!」

「はぁ……」

 

 まあ、あのプランなら、滅多な事が無ければ、“彼女”が出て来る事もあるまい。

 しかし、あれへの対応に追われている隙を、“環境保全キャプチャラーズ”が見逃してくれるとは、考えない方がいいだろう。

 混乱に乗じ、仕掛けてくる。

 こちらも、用意をしなければ。


「で?どうだった?」

「何が?」


 男児は唐突に目を輝かせて、少女の感想を聞き出そうとする。


「ススム君だよ!直接会って、手まで繋いで来たんでしょ!?いいなー!僕もススム君と話したかったー!」

「ソウナンダー……」


 肩の入れようには困ったものだが、殺すとなれば決定に従ってはくれる。よって、目くじらを立てる事でもなく、こうやって聞き流すのが良し。


「でも、確かに、印象は変わったかな。あのひと……奴は、単なる操り人形じゃ、ないかもしれないね」

「でしょでしょ!頑張り屋で、頭が切れて、でも偶に見せる抜けた所が、とってもチャーミングなんだよ!」


 それは知らない。

 知れないが、彼女の中で、食い違いが起こった事は、否定できない。

 力に溺れた盲人、ずっとそう思っていた。

 虚栄を張った、俗物なのだと。

 しかし、

 それにしては、


「それにしても、スゴかったね!ススム君!あんな方法で“可惜夜ナイトライダー”を呼び込むなんて!普通なら思いついても、心にブレーキが掛かるから、出来ないよ!」

「………そう思う?」

「違うの?」


 興奮する男児に対して、少女は冷静、

 否、畏れと、

 それから、迷い?

 

「あの小童こわっぱの魔力越しですら、私達はの存在を認め、声を聞いた。ある筈もないものを、知覚させられた。それ程の埒外らちがい

 たかが一人の全てを投げ打ったくらいで、あれの祝福への代償たり得るって、そう思う?“羅刹デッター”は間違いなく嫉妬するのに、それでも彼女が小童を助けるのを、その程度で許すかな?」

「じゃあ……ススム君の行動は関係無くて、単に僕達と彼女の間に、大き過ぎる力量差があったから、守りを破られただけ、って事?」

「隔たりがあるのは分かってた。なら、私の防御を破るかもしれない、とは懸念していた。けれど初めのうち、彼女は現れなかった」


 だから、精神干渉も含めて、二重にしたダンジョンは、流石に侵入出来ないようだと、そう判断したのだが、


「もっと早く助けに入れたのに、わざとそうしなかった…?」

「え?ススム君を利用して、こっちに出て来てるのに?」

「小童の行動は、確かに切っ掛けだった。けれどそれは、ローカルがどうこうではなくて、もっと他の捉え方をするべき?奴の何が、彼女の制限を解放した?」

「ススム君は彼女を呼んだけど、それが出来たのは、別の理屈があるの?」

「理屈、なのかな?あの時、あの機に介入し、あの小童を守ったのが、混じり気無しに、彼女の自由意思なのだとしたら——」

「だとしたら?」


 カミザススムに接触して、彼女が抱いた感情が、真に近いのだとしたら、



——妾の勘が正しければ………



 険しい顔で言葉を止める少女。

 男児は、彼女の言いたい事が分からず、首を傾げるだけだ。


「まあいいや。これはまだ決まりじゃないし、確定出来る事でもないから。そんな事より、そっちの首尾は?」


 二人は歩き出し、大通りに出る。

 

「バッチリ!ススム君のお蔭で人気になってたし、順番の繰り上げは楽々だったよ!お迎えは完了!」

「うん、それは良かった。ご苦労様」

「へっへっへー!でも、あそこで良かったの?もっと便利そうなのは、沢山あったのに」

「ヒントが欲しいからね。あそこなら、確実に情報が得れる。なんせ、彼女と出会ったんだから」

「“始まりの地”、ってワケだね……でも、扱いづらそうだよ?」

「今まで扱い易い面子メンツが、一人でも居た?」

「僕とか」

「はいはい」

「ちょっとー!」


 両拳を掲げて、ぷりぷりと抗議を示す男児。

 それに目もくれず、取り合わない少女。

 傍目から見れば、仲の良い姉弟だ。


「彼女、あ、女の子だったんだけどさ、『相応しい呼び方を!』とか言って、辞書とか小説とか漫画とか引っ繰り返してたんだよ?」

「それで?何を選んだの?」

「『お姉様』」

「え?」

「なんと、『お姉様』、だってさ!血縁関係も無いのに!」

「それはあれでしょ、少女漫画的な意味合いでしょ?魂の服従先って意味」


 ああ、確かに、

 随分と曲者であるみたいだ。

 気が重いような、その重みも楽しむような、

 これまで何度も抱いた、不思議な気持ち。


「ところで、あそこで何してたの?」


 男児に聞かれ、少女は足を止め、ポケットから紙切れを一枚、取り出して日にかざすように眺めた。


「?なにそれ?」

「いや……なんでもないよ。ただ、あそこに美味しいラーメン屋さんがあるって、聞いたから」

「へー?口コミ?」

「そんな所」

「どうだった?」

「閉まってた」

「え?」


 彼女は歩き出す。


「店主が病気で急逝。それで閉店だってさ」


 今来た道を振り返らず、


「離れているうちに、知らぬうちに、うなっておった」


 男児を置いて行く早歩きで、


「良くある話じゃよ」


 雑踏の中に、潜って消えた。

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